一章-01 「ぶつかったのはわたしの方だ。悪いね」

文字数 1,303文字

「――しりとり!」

 不意に単語が耳に入って、出海いつきはぴくりと肩を揺らした。
 ぼうっとしていたつもりはないのに、我に返った気分だった。何にそんなに気を取られていたのだろう、と自分でも不思議に思う。
 朝の、通学路でのころだった。
 校則にかからない程度に短くしたスカートを、春終わりの風がなぶっていく。もう少しで夏が来るのだ。
 夏が来たら、いつきたち高校三年生は最後の大会がある。バレーボールの弾む体育館を、連鎖的に思い浮かべた。
「りんご!」
「ごりら!」
「らっぱ!」
 子どもたちの声が近づいてくる。そうそう、といつきは少しだけおかしくなった。
 りんご、ごりら、らっぱ。この辺りまでは、いつきが子どもの頃からお決まりのフレーズだった。
 そのあとぱんだと続くのか、ぱんつと続くのかで派閥が分かれたりしたっけ――。子どもの頃を懐かしく思いながら、なんとなしに言葉をおいかける。
 ぱんだ、だっぴ、と続く。声が近づいてくる。



「っ、」
 がさっ、と声が

。レコードをおかしな風に引っ掻いたみたいに。
 驚いて、びくりと体ごと揺れた。ただの気のせいか、子どもたちは気づかなかったのか、何ごともなかったように子どもたちがいつきを追い越していく。
 不自然にどきどきと鳴る胸を、そっと押さえた。ただの気のせいだ、と思い込む。
 おかしな経験をしたからか、そういえばといつきは思い出した。どこの本で読んだのかも忘れてしまったけれど。

 しりとりというのは結んで繋ぐものだから、不思議なものに対して結界の役割をするのだ――。

 不自然に途切れたしりとりが、まるで結界でも壊れたように感じていつきはそっと苦笑いした。少しばかり、夢見がちな思考だった。
 高校三年生。大学には行くつもりだけれど、そろそろ将来を本格的に考えるべき時期だ。不思議なことなど、今さら信じる信じないの話ですらないのだから――。
 
 自宅から一番近い高校を選んだから、家から高校までは徒歩十五分ほどだ。いま歩いている住宅街を抜けて、信号を幾つか渡って、馴染みの図書館を通り過ぎて少し歩けば高校が見えてくる。
 横道と合流する交差点で、いつきは一人の少女と肩がぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
 咄嗟に謝ってから、顔を上げた。相手は可愛らしい顔立ちの、長めのおかっぱ頭の少女だった。
 少女はきょとんと瞬いてから、ふるりと首を振る。
「ぶつかったのはわたしの方だ。悪いね」
 思いがけず砕けた言葉で話しかけられて、いつきは内心ちょっとびっくりした。初対面の人間に敬語以外で話しかけることは、いつきにはあまり馴染みのないことだ。
 見ると、少女は同じ年頃のようだった。平日に制服も着ていないけれど、どうしたのだろう。
 学校が休みか、何か事情があって学校に行っていないのだろうか。さっさと立ち去っていく後ろ姿を見ながら、いつきはちょっとだけ考えた。
 首を傾げるいつきの後ろから、キンコーン、と聞き慣れたチャイムの音が聞こえてくる。高校の予鈴だ。
「いけないっ」
 予鈴は朝礼の五分前で、いまいる場所から学校までも同じく五分ほどだ。遅れるわけにはいかないと、いつきは慌てて足を速めた。
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