第2話

文字数 1,241文字

あれから五年ほどが経過した。
匠希は立派な体つきになり、夏休みの日は毎朝浜辺に出ては海の景色と、空の青さを眺めていた。
匠希には小学校で知り合った友達も出来ていた。
その一人が拓真である。
拓真の父親も漁師をしていて、匠希の住んでいる街では腕のある漁師として有名だった。
「俺も父さんみたいになれればなぁ」
匠希との会話の中で、拓真がこう語っていた。
拓真はまだ六歳だが、自分の将来は漁師しかないと決めているらしい。
もう船に乗って漁の様子を見ていたり、実際に手伝いもしたことがあるそうだ。
それに比べて俺は、という気持ちが匠希の心の中で生まれていた。
三郎は匠希が産まれた時点で、後継ぎにすることを決めていた。
ただ匠希の中には漁師になりたいという強い思いはなかった。
でも目の前に広がっているこの海が嫌いなわけではない。

悩む時はいつも海を見つめた。
飛び交うカモメと果てしなく広がる海が自分の可能性について教えてくれている気がした。

しばらく海を眺めてから匠希は家へと戻った。
今日は玄関の靴の数がいつもよりも多い。
奥からはおそらく酔っ払ったであろう、三郎やその従兄弟の声が聞こえてくる。
匠希が部屋に入ると三郎の従兄弟である、富仁一家が訪れていた。
三郎たちは昼からビールを飲んで、気分は上々のようだ。
その隣には三郎に頭を撫でられている、富仁の息子である保志の姿があった。
自分と同い年なのに、全く顔つきや体つきが違う。
凛々しくまっすぐ見つめる瞳には、小学生である匠希にもしっかりとわかるほどの秀才の雰囲気が感じられた。
奥の方では義子と富仁の妻である香穂美が何やら菓子折りを挟んで雑談していた。
「これは鎌倉の鳩サブレいうものでな、まあフランスの高貴な香りがするんですわな」
「あ、そうそう。夫が今度パリへ視察へ行くんやわ」
義子は少し気まずそうな雰囲気で会話を続けている。
「まあ最近は事業もうまく行っとって、私らも海外ですわ」
明らかに愛想笑いなのに、香穂美は嬉々として話を続けている。
おしゃべりな性格なのだろう。
「義子さんとこは上手くいってはります?」
急に問われたので義子は少し驚いた風だった。
「おかげさまで匠希も元気にしておりますし、幸せに暮らしております」
ここで義子と目が合った。
こっちへ来なさい、と目くばせされた。
「あら噂をすれば匠希さんやないの。勉強頑張っとる?」
「私の保志は継がなかんもんですから、良い大学に行ってもらわなかんわけやな」
見下されていると感じないこともなかった。
しばらくしていると富仁と香穂美はいつのまにか去っていた。
三郎は酔っ払ってまともに会話もできない。
これだから、という表情を義子は浮かべた。

富仁は大阪で問屋業を営み、大きな財を成していた。
三郎とは従兄弟の関係にあり、昔は家も近くよく浜辺で遊んでいた。
しかし、地元を出ると起業したいと思うようになり、大阪で起業して瞬く間に急成長した。
来るたびに義仁は大阪の話を匠希にしてくれた。
まだ見ぬ都会の話は幼い匠希の心を言うまでもなく惹きつけた。
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