導きと門

文字数 1,778文字

 ボーン……。
 地の底から音がこだまする。深く長く響いて……。ううん、違うわ。あれは一階の柱時計の音……。



『レナ……』



 誰か呼んでる?
 その声はくぐもっていて、男か女か区別がつかない。よく知ってる声のような、初めて聞く声のような不思議な感じ。



『レナ……』

 私はふっと目を開けた。

『レナ……』



 薄暗い部屋の中で半身を起こす。妙に頭がすっかりしている。昼間の熱っぽさが嘘みたい。もしかしたらこれは夢かもしれない。だって……ほら。



『レナ……』
「誰?」

 そっとベッドを降りると、声を追って廊下を出た。電気をつけないまま、軋む階段を下りる。
 居間に降りて柱時計を見上げると、針は十二時と少しを指していた。さっきの柱時計の音は、やっぱり十二時を知らせる音だったんだろう。

『レナ……』

 また声が聞こえる。

「……こっち?」

 微かな声は、物置部屋の方から聞こえる気がする。導かれるようにして、ただ声を追った。
 そっと物置部屋のドアを開けると、埃にワックスやゴムが混じった雑多な匂いがする。ここには窓がないから……流石に電気をつけないと真っ暗。
 中に入ってドアを閉めてから、電気をつけた。白茶けた明かりが物置部屋を照らす。掃除用具やペンキのカン、お母さんの旅行用のカバンなんかが仕舞われている。
 ……ここに入るのは数年ぶり。家のことは全部アーウィンがやってくれるから、私は物置部屋に用がない。自分で掃除しようにも、いつも綺麗で掃除する場所がないっていうか……。
 そんな我が家の優秀なお手伝いさんの性格を反映しているのか、物置もきちんと整頓されていた。

「あれ?」

 物置の奥の壁を見て、首を傾げる。突き当たりの壁に、鉄製の引き戸があった。……こんなところにドアなんてあった?

「?……」

 思い出せない。あったような気もするし、無かったような気もする。何のドアだったかな……。

 好奇心にかられてドアをそっと引っ張った。鉄の引き戸は重くて、ドアとレースが擦れる音が響く。そっと、そっとね。こんな時間にベッドを抜け出してることがバレたら、怒られちゃう……。

 扉が開いて、湿った風が吹き込んだ。扉の向こうには、黒く細い空間が下へと伸びている。コンクリートの階段が下へと続いていた。
 びっくり。うちに地下があるなんて。ちょっと覗いてみようかな。いいよね、お家の中には違いないもの。それにまだ夢かもしれないという思いも捨てきれない。

 寝ぼけていた頭は次第に冴えてきたけれど、体がいつになく軽くて変な感じなのだ。もう熱があって身体が重いのに慣れっこだから、今の状況の方が少し違和感がある……。こんなに調子がいいなら、少しくらい動き回ったってきっと大丈夫。
 棚から小ぶりの懐中電灯を取ると、慎重に階段を降りていった。

 背後のドアを開けっぱなしにしてあるので、この辺りはほんのり明るい。こんな通路があるなんて知らなかった……。何のための通路なんだろう?
 懐中電灯で照らすと、木組みや石畳が見てとれる。お母さんやアーウィンはこの地下道のこと知ってるのかしら?危ないから二人で私に内緒にしていたのかな?

 地下道は緩やかに下っている。足を止めた。何だか思ってたよりも先が長い。
 振り返って今来た方に懐中電灯を向けてみる。暗い通路はゆっくり下りながらグネグネ曲がっているため、振り返っても物置の明かりは見えない。
 あんまり遠くには行けないわ。こんな時間にベッドにいないことが分かったら、アーウィンが心配するもの。
 流石にこれが夢でないことは、もう分かっていた。戻ろうかな……でも……。
 迷いながら前を向き直すと、懐中電灯の光が何かをとらえる。

「?」

 さっきは気づかなかったが、壁際に何かある。何の気無しに、歩み寄った。

「!?……何これ」

 壁の両脇に一人ずつ、二人の人間が向かい合って座り込んでいる。膝を抱え深くうなだれた首には、赤いロープが巻かれていた。それは緩やかに垂れ下がって、二人を結びつけている。呆然とそれを見つめていた。これは……何?

 懐中電灯に浮かび上がる二つの人影。それが紛れもなく本物のヒトだと分かった時、悲鳴をあげて身を翻す。足がもつれて何度も転がった。
 懐中電灯が放り出されガシャンという嫌な音がした。それを気にしている余裕はない。パジャマを泥だらけにしながら、必死に地下道を駆け戻った。
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