第4話

文字数 3,187文字

【休日】

「すずさん、どっか出かけるか?」
「あ、ごめん。あたし映画観に行ってくる。」
「りょうかーい。んじゃあ気ぃつけて行ってらっしゃい。」
「うん、夕方くらいには帰ってくると思う。また連絡するね。」
「あいよー。」
「行ってきまーす。」

あれ?映画、二人で観に行かないのか!?
そう感じた方も少なくはないだろう。
しかし、すずさんは基本、映画館には独りで行きたい派なのだ。

まあ、家で映画を観るときは二人で観るのだが、
基本、ホラーやグロテスクな作品が大好きな俺に決定権は無い。

以前、面白半分で俺の好きなホラー映画を観たのだが、
開始数分ですずさんは発狂し、懇々と泣きながら説教をされ、
その日の晩は眠れないといって
深夜まで色々と付き合わされた淡い思い出がある。

それからというもの、俺の映像に対する価値観は肩身の狭い思いをしている。
ちなみにその時一緒に観た作品は、
ダリオ・アルジェントの『愛しのジェニファー』だ。

たまの休みくらい一緒に出掛ければ、という意見もあるかもしれないが
俺はどっちでもいい。
とにかく彼女を尊重したい。

そもそも性根が猫のような性格だと揶揄される俺なので、
ある程度放置されても何とも感じないし、
余った時間は時間で制作の研究などに費やす。
と言えば格好いいのだが、
実際のところ、これといった趣味が無いというのが正解である。

…ん、待て。一つ俺の趣味があった。
すずさん観察だ!
いつ見ても飽きないし、面白くて愛おしい。

あまり言うと「莫迦にしているのか?」と怒られてしまうが、
本当にそうなのだから仕方ない。…いや莫迦にはしていない。

彼女を例えるならこうだ。
『猫になりたがっている犬だと勘違いしている狼』
うん、我ながら良い例えだ。

何だかんだで俺の言うことは聞いてくれるし、
寝るときは頭を撫でてくれだとか、手を握ってくれだとか、
尋常じゃ無い程に可愛らしく、
俺にだけなつっこい一面がある。

しかしその反面、会社ではボス雌狼として活躍している。
「だからなのかなぁ」
と、彼女が多くの人間に信頼されていることに納得するのだ。

さてさて、と…う~ん、やばい、何しようかな。

「ニャー!!」

あ、そうか。お前らいたか。すまん、すまん。
んじゃあ、お前らをじゃらしながら海外ドラマでも観るか。
色々と研究にもなるからな。

夕方。

「あ、もうこんな時間か。」

その時ちょうどすずさんからのメールが届いた。

「ちゃんとミケとクロといい子にしてた?
 今から帰るね。お腹すいたー!」

…俺も一緒に猫扱いするな。
さてと、すずさんが腹を空かせて帰ってくる。
買い物に行こう。

昨日はアボカドとサーモンのユッケ、こんにゃくの甘辛煮、キムチ納豆、
鶏肉、レンコン、里芋の煮物。後は、大根サラダか。

…よし、今日は洋食で攻めるとするか!

俺は買い出しに行く。
スーパーに着くまでにある程度頭の中でレシピを考えておく。
もちろん、家にストックされている食材や調味料は全て把握してある。

無駄を省き、一円でも安く買い、美味しく調理し、命を頂き、
明日への活力とする。何て幸せなサイクルなんだ。
しかもそれを世界で一番大切な人と共有できるなんて!

という間にスーパーに着き、
すずさんの美味しそうに食べる顔を想像しながら食材選び。
思わず口元が緩む。

しかし、あんなに美味しい美味しい食べてくれると本当に有難い。
こっちも作り甲斐があるというものだ。

一通り食材を買い終え帰宅。
そして調理に取り掛かる。

「ただいまー!…おお~いい匂い。」
「おかえりー!すぐ食えるぞ。飯にしよう。」
「待て待て待て待てー!」
「ニャー!!」
「ほら、早く手ぇ洗ってきな。」
「はぁーい!」

うん、今日も可愛い。
やっぱり上機嫌の彼女は抜群に可愛い。
でも、少し憂いを帯びている時も、うん、可愛い。

「晩御飯なにぃー?」
「お、おう!」
「…ん?どうしたの?」
「いや、別に…。さ、座って待っててくれ。今用意する。」
「あたしも手伝うよー。」
「ああ、食器、出すの頼むわ。」

あぶないあぶない、俺がすずさんに見惚れているのがバレるところだった。
しかし、可愛いなぁ。

「なんかいいことあったの?ニヤニヤして…」
「あ、ああ!…ミケとクロがさ!面白かったんだ!」
「ふぅん。」

そんなこんなで晩飯の支度を済ませ、いざ実食!

「さあ、食おう!召し上がれ。」
「いただきまーす!」
「いただきます!」

昨日買った鶏肉でカチャトーラを。
ちなみに隠し味で醤油をいれるのが俺のこだわりだ。
付け合わせはフランスパン。
それと、クリームチーズといぶりがっこの和え物。

いぶりがっこはみじん切りにして、
同じくみじん切りにした万能ねぎを一緒に和えて、
最後に鰹節をかけると更に美味い。

何かもう一品と思ったので、ポテトサラダを作った。
ベーコンやハムではなく、炒めたコンビーフを一緒に混ぜる。
そうすることでコクが増し、
大人向けの酒に合う味付けになるのだ。

「んん~!美味しい美味しい!」
「そうか!良かった!いっぱい食いな。」
「うんうん、太っちゃう太っちゃう!けど美味しいからいいよね!」
「今日くらいいいさ。いつもお前だって節制しているんだし。」
「うんうん!」

大切な人のために作る料理。そしてそれを幸せそうに食べてくれる光景。
感無量だ。
すずさん、いつまでも元気でいてくれよ。
俺は…

「ん?ほうしたお?」
「…ぷっ!パン頬張りながらしゃべるなよ!面白すぎるだろ!」
「だってぇ~美味しいんだもん~。」

いや、やめておこう。
今この瞬間、幸せを噛み締めるんだ。

「ところでさ、今日何観てきたの?」
「うんとね、イエスタデイ。」
「ああ、あのビートルズがなんちゃらっていうやつか。」
「そうそう!面白かったよぉー!」

いつになく上機嫌だ。可愛すぎる!

「そっか、そいつは良かった!」
「ああ、あなたは最近ので何か観たいのあるの?」
「ん?う~んとね、てっど…」

ヤバい!

「て?」
「あ、ああ、うん、っと、って~っと、あんましないかなぁ~…うん!」
「ふ~ん。そうね、あなた最近ドラマばかりだものね。」
「そうそう。いい研究にもなるしね!」

あっぶねぇ~!口が裂けても『テッド・バンディ』なんて言えねぇ!
いつの日か、うっかり晩飯中に『グリーン・インフェルノ』の話をしちゃって
本気で怒られたものなぁ~!

「ビール、もう少し飲むか?俺、ワインにするけど。」
「あ~ワインかぁ。」
「白なら少しいけるだろ?それとも日本酒?」
「お!気を使って白にしてくれたんだ!うんうん!飲む~!」
「あいよー。」

か、可愛いすぎる…。40近くになってこんな感情が持てるなんて!
そして何より、日に日にすずさんへの想いが激しくなってくる!

「なんかさぁ、今日やけに機嫌良くない?
 ニヤニヤしちゃって…。」
「そりゃあ…」
「ん?そりゃあ?」
「世界で一番大切な人と、美味い飯と酒を飲んでいるからさ。」
「…えっ?」
「…ん?ほんとのことだろ?」
「…み、」
「み?」
「…ミケとクロもね、一緒だからね…」
「あっ…ははは!ああ、そうだな。あいつらも一緒だな!はははは!」
「おかしくないでしょ!?」
「すずさん、顔真っ赤だぜ?」
「うっ、…飲みすぎただけー!」

なあ、すずさん、知ってるかい?
今この瞬間でさえも、
どこかで人間同士は殺し合ってるんだって。
でもね、そんなことはどうでもいいんだ。

あなたさえ笑っていてくれるのならば、
俺は悪魔にだって魂を売ることが出来るよ。
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