第8話

文字数 2,024文字

【一家団欒】

家事分担の話を以前綴ったと思うが、
それ以前主に買い物担当は俺だ。
理由は簡単。荷物が重たいからだ。

そこまで重くなく、
俺には解らないすずさん拘りの品や、
女性専用の製品などは無論彼女が購入するが、
基本は俺が買い物をして帰宅する。

すずさんは帰宅すると猫に餌をやり、
行き成りビールを空けるか、シャワーを浴びてから空けるか
はたまた風呂を沸かしている間に一本空けて、
などとまあ、お酒が大好きなのである。 
…可愛い。

俺の母はどんなことがあっても父の帰宅を待ってから
一緒に晩酌、夕飯を食していた。
…だから何だ。 
うちらはうちらだ。

俺は敢えてすずさんに
「お前の好きなようにやれ」
と言っているし、無論、二言はない。

そしてそれは、俺の本音でもある。
変な気遣いはお互いの心を疲弊させるだけだ。
あるがままに互いを認め、受け止めあうことが最良である。

余談だが、そんな両親の先に述べた遣り取りは、
特に気遣いして行われているのでは無く、
互いに自然体で行っているらしい。
故に今尚彼らはラブラブだ。

さて、俺が帰宅をすると大体ほろ酔いのすずさんがお迎えを、
してはくれず…
ソファーでふんぞり返っているか、
猫に執拗なちょっかいを出している。

しかし、俺の所までお迎えには来ないが、
威勢よく「おかえり」「お疲れ様」などと労いの言葉をかけてくれる。
俺は「ああ、ただいま お前もお疲れ様」と返事をしながら心の中で呟く。
構わない、お前の威勢の良い声が聞けるのであれば、と。

「ニャー!!」
…お前は呼んでいない。 
が、ありがとう。 
猫よ、ただいま。

そしてここからが俺の出番でもあり、
お楽しみの始まりでもある。
まずは手洗いうがいをした後、
すずさんの健康を気遣った酒の肴を数品こしらえる。

帰りの電車の中で色々と献立を考えることが日課だ。
もちろん同じ料理は二日と続けない。
美味いは前提であり、低カロリー、低脂質、
ビタミン群、ミネラル豊富、そして何よりも身体に良い物。

主に野菜や発酵食品、青魚をベースに仕立てる。
和洋折衷、何でもござれだ。

一通り肴を出し終え
「ありがとう!いただきます!」
のすずさんの声を聴き、
「めしあがれー」
と相槌を打ちながら風呂の支度をする。

風呂から上がり、改めて二人で乾杯。 
至福の瞬間だ。

「で、今日はどうだった?」
「ねぇ聴いてよ、あれがさぁ…」

などとすずさんは喋り始める。
すずさんはずっと俺に語りかけ、
猫は俺にじゃれついてきて、何とも落ち着かない。
が、これが至福なのだ。

何度も心の中で呟く。
「アラン、お前は間違っている。」
自分の幸福とは自分で得るもの。 
確かにそうかもしれない。 
それが幸福なのだと決めるのは自分だ。

しかし、その決めるであろう事象を持ち込むのは他人なのだ。
故に自分以外の何かがなければ、
自己肯定しようが、何をしようが、独りよがりで終わってしまう。 
実にそれは、虚しいも悲しい、幸福という名の虚構だ。

だから俺は彼女と猫らに心底感謝をし、
全てを受け入れ、受け止める。 
嫌なことが一つもあろうものか。

俺はこの世の地獄を味わった。
それらに比べれば、
一件他人から見たこの窮屈こそ生きた心地がする最高の幸せだ。

と、思いふけっていると

「おい、今聴いてなかったろ…」
「…ん?あ、いやぁ聴いてたよぁ!」
「ふぅん、まあいいけどさ!…いつもありがとね。」

そういうとすずさんは急に黙りだした。
機嫌が悪くなったのではない、
お気に入りのドラマが始まったのだ。

食い入るようにテレビを観ているすずさん。 
俺はその横顔をチラ見しながら酒を嗜む。

「こいつ、何考えながら見てんだろうなぁ…」 

…面白い。
  
とはいえ猫はまだじゃれてくる。 
適当にあしらう。

不条理と不平等という人間に架せられた定めに対し、
唯一絶対的に存在するものがある。
それ即ち、「死」だ。

これだけは人間だけではない、万物に与えられた唯一の平等だ。
しかし、問題はそれがいつ訪れるのかが解らぬ事だ。
構わぬ。

人はどう死ぬかではない。
どう生きたかが大事なのだ。

俺の遺伝子、Y染色体には、
川中島の合戦で討ち死にした先祖の記憶が書き記されている。
故に、俺は戦って死ぬことに拘っていた。
…彼女と出逢うまでは。

今は違う。死など、どうでも良い。
彼女と精一杯、笑って生きていたい。
ただそれだけだ。
…あ、あと猫二匹も。

「…ひ、ひぐっ」
「…えっ?すずさん?な、泣いてるの?」
「…そう、だったんだねぇ…」
「…う、うん 大変だねぇ…」

すずさんの涙を拭いながら、ここ泣くところか?
と感じつつ、今日という幸せを噛み締める。

おい、死神よ。
俺はお前が来るまで笑い続けるさ。
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