第3話 人々の本質の向こう側には

文字数 1,690文字

 そう,途方になんか暮れている時間はないのかもしれないけれど,新たな問題がまた社会を激しく波立たせている。
 新型コロナウィルス禍に世界中が巻き込まれ,蹂躙されて1年余りが過ぎた。
 人々を不安と恐怖のどん底に叩き落とし,尚もその姿を変異させながら,人々の暮らしを脅かし続けている。
 ワクチンがようやくできたのに,まだ疑心暗鬼な思いは払拭されずにいる。
 〝緊急事態宣言〟が発令されても、
「だからどうしろって・・・!?」
と人々は開き直り,自らの日常の暮らしを最優先にする。
 一時期パチンコ店をやり玉に上げ,これ見よがしにマスコミが取り上げていたニュースのことが蘇えって来る。
 自分はちゃんとしているのに・・・。
 その、ちゃんと、がどういうところから来るのかわからないが,自らを優位な立場に置いて,誰か・・・を批判し始める。
 自分は大丈夫,という根拠のない裏付けを盲目に信じて,マスクさえしていれば・・・という行動を取り続けて行く人々・・・。
 政治家や官僚や行政の人たちの安易で軽率な行動が報じられ,またあきれ返って白けてしまう人々の感情がそれに拍車をかけ,空しい空気ばかりが醸造されて行く。
 〝しっかり準備〟しているはずなのに,後手後手に回る政策。〝連携〟して取り組んでいるはずなのに,報国・連絡・相談などの基本的なことが為されないから,食い違いばかりが生じて行く行政。
 失敗しても成功しなくても,スポーツ選手のコメントのように,
「次に繋げられる」
という言葉で,何でもかんでも着地してしまう。
 マスク2枚の配布さえおぼつかなかった国の行動が,ワクチン接種への取り組みに重なってしまうのは私だけではないはずだ。
「そのうち届きますから・・・」
というなんとも薄っぺらな対応が,
「やがて順番は来ますから・・・」
に変わっただけのように思えてならない。そしてそのワクチンに効果があるのか,というとになると,明確な答えはまだ明らかになってはいない,というのが現実のようだ。
 イギリスとイスラエルではワクチン接種によって画期的に新規感染者の数が減少した・・・ということが光明のように伝えられるだけ。
 噂の鳥ばかりが飛び立って行く。
 そのうち特効薬も出来、いつしかインフルエンザのような存在になって行くだろう・・・という勝手な推測が,勝手な行動に繋がってしまっているような現実を,このまま看過していていいのかどうか・・・それさえ明確な答えを見つけられないまま,変異株に席巻され,逼迫する医療現場の現実を憂い,私たちは途方に暮れていないような演技をして見せ,マスクを2枚重ねる程度の防御策しか持ちえないまま,不要不急かどうかもそっちのけにして,街中に出かけて行ってしまうのだ。
「オレは大丈夫・・・」
「私は運が強いから・・・」
 なんていう呪文を唱えながら・・・。
 人々の心の中に潜む如何ともし難い業は,ハンセン病やコレラや赤痢やエイズなどの患者や家族に向けられた視線とやっぱり同じ視線で,コロナに罹った人やその家族に向けられ,ヘイトな感情を剥き出しにしていく本能を刺激し,あやしく蠢き始めたりしてしまうのだ。
 この機会を通して,それらのことを詳らかに解析し,そうならないような心の治療ができるプロセスも,ワクチンや特効薬の開発と同時に手掛けてもらいたいものだと思う。
 その最初の行動は,やはり私たちが私たちを律して行くしかないのだと実感している。
 でもどうやって・・・!?
 そんな壁にすぐ突き当たってしまう。
 叩いても叩いても壊れないような,そんな壁に・・・。
「助け合って行こう・・・」
 谺健二さんの,無言の内に秘められた,そんな言葉に尽きるのかもしれない。
 今こそ助け合わないと,何者かの思う壺に陥ってしまうのかもしれない。
 それだけは避けたい。
 いや,避けなければならない。
 なにがなんでも・・・。


[文献]
谺雄二・福岡安則・黒坂愛衣,2009『栗生楽泉園入所者証言集(抜粋)』創土社
映画「熊笹の遺言」(監督今田哲史・2004年)
NHKドキュメント「人間として」(国立療養所星塚敬愛園入居者取材:黒坂愛衣)
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