イカれ恋人(R15)

文字数 1,784文字

 元々人助けって性にあわないんだよ。でもあの日は何故か余計なことをしてしまった。

 電車内で男女が喧嘩していた。いや、喧嘩じゃなかったのかもしれないな。だって男の方ばかり怒ってたから。女はやけに顔色が悪くてブルブル震えている。
 別に他人のことだし、その女性がこんな人前で怒鳴り散らすクズとどうなろうが関係ないからしばらく放っておいた。他の乗客もそうだろう。しかしその日の僕は寝不足。死ぬほど忙しかった仕事がひと段落して、ようやく家に帰って寝られるっていう日。当然心身ともに最低なコンディションだ。

「うるさい、よそでやれ」

 思わず男の方に言ってしまった。彼は突然黙り込んで、小さな声で『………すいません』と謝った。なんだ思ったより素直な奴じゃないか。単に彼女にしか、でかい顔のできないチキン野郎なのかもしれないが。

 そんなことを考えながら、数駅行ったところで降りた。

「あの!」

 声をかけられた。振り向くとさっきの男だ。女はいない。

「さっきは、その……すいませんでしたっ!」

 勢いよく頭を下げた男を、僕は呆気に取られて見ていた。「あの。お詫びと言ってはアレなんですけど」と言いながら、取り出したのが映画のチケット。

「彼女と行くはずだったんですけど……」

 さっきは恋人に浮気されて、カッとなって怒鳴りつけたらしい。なんで僕に?とは思ったが、気になってた映画だし週末は久しぶりに休みだ。特に予定はない。

 深く考えずに、笑顔を浮かべて受け取る。

「じゃあ日曜日。そうだ。LINE交換、しましょ?」

 男はその手を強く掴んで引き寄せた。そして微笑む。悪魔のような笑顔で。
 まぁそんな感じで、彼は僕に「友達から始めよう」と言って毎日連絡してくるようになった。始めるって最終地点はなんだと聞いたら、「親友」と答えた。多分こいつも友達居ないんだな。僕もそんなに人付きあいする方じゃない。地元から離れても、友達と呼べる人は皆無。さらに仕事が時期によって死ぬほど忙しいから、休息取って生きていくのがやっと……みたいな生活をしていた。

 最初はなんか変な奴だし笑顔怖いなって思ったが、付き合っていくと面白い奴だなという結論に落ち着く。明るくて爽やかでイケメンという僕の苦手なタイプだ。しかしこれが案外上手くいくもんで、インドア派の僕を色んな所へ連れ出してくれた。ほんの少し押し付けがましい。
 最初の頃。書店で少し怪奇モノ小説を見ていただけでオカルト好きだと勘違いし、大量に渡されたその手の書籍。こういうのはもういいからと言えば今度は彼本人が好きな恋愛物の漫画を大量に渡してきて、『勉強しろ』って言われた。さすがにブチ切れた。

 付き合って数ヶ月すると、少しおかしな事を言い出すようになった。僕のことを女性扱いするのだ。『好き』とか『可愛い』とか『綺麗』とかやたら女性に使う褒め言葉をかけてくるし、あいつの方が背が高いから頭をポンポンと軽く叩かれたり壁ドンされたりは当たり前。すぐ家にも来るようになった。やめろ気色悪い、と文句言っても笑っている。そしてまた繰り返す。
 こいつゲイなのか?と思ったが、確か前の恋人は女性だったよな。バイってやつか。
 別に誰を愛そうが勝手だけど、その対象として僕を見るのは辞めてほしい。………と、そう言えれば良かったのだが。さすがに、そこまで毒舌になれないから態度で示すことにした。

 昨日のこと。あの日は僕もあいつも酔っていた。外で飲んでいたんだけど、いつもよりすぐに酔いが回ったらしい。あいつに抱えられて、家に帰った。

 今思えば本当に酒で酔っていたのだろうか。気が付けば衣服をほぼ剥ぎ取られている所だ。抵抗しようにも、頭は靄かかって思考がまともに出来ない状態。動きの悪い四肢を必死にばたつかせても、大きく筋肉質な肉体が乗り上げ抑えつけたらどうしようもない。唯一自由になる首を必死に振って拒否を示したが、あいつは微笑むだけだった。そう、初めてあった日の悪魔みたいな笑み。

 意識は喪失したり浮上させられたりとめちゃくちゃだった。記憶も曖昧だ。ただ痛みと屈辱、相手以上に自分を責め罵倒する言葉が次々と浮かんでは消えた。

 ………何故こんな男を家に入れたんだ。どうして一緒に飲みに行ったりしたのか。もっと警戒していれば。

 身体はあいつに傷つけられ穢されて、心を更に自分で傷付けていく。
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