メロンの月
文字数 4,201文字
あの月はメロンかな。
夜空にぽっかり浮かんでる。
月を見てメロンなんていうやつ、なかなかいないよ。
ムードもなにも、ありゃしない。
例えばレモンとかシャインマスカットとか……。
同じか……。
満月を食べ物に例えることがそもそも花より団子っぽくてさ。
* *
隣に住む名波 は、ふわふわの髪の毛をぎゅっとふたつに結んで、頬にはそばかす散らして、スカートは膝を隠して、白いソックスをふくらはぎの真ん中までピシッと上げて……もちろん化粧っ気なんてない。
悩みなんてないんじゃないかってぐらい、いつも小さな目をニコニコとさせている。
要するにイケてるとは言い難い女子高生。
俺は明るく爽やかに、何事もガツガツし過ぎず、それでいておさえるところはおさえる。
青春を満喫しながらも将来だってきちんと見据える、イケてる男子高校生。
を志すちょっとイケてない男子高校生。
俺のイメージでは恋も軽やかに……のはずだった。
俺はクラスの真山さんに告白した。
真山さんとはみんなでわいわい盛り上がる仲間で、気が合うなと思っていた。真山さんもきっとそう思ってる、それはほぼ確信だった。
『つきあってください』
俺が送ったメッセージに、真山さんからは
『む〜り〜』
と、音声メッセージの返事が送られてきた。
告白の行方を見守っていた仲間は大爆笑。
笑えるネタをみんなに提供することとなった。
真山さん、どうして……。
それからも教室では、俺の告白なんてなかったみたいに今まで通りわいわいみんな楽しく過ごしてる。
俺も。
なんなんだーー!!
それからしばらくして、名波が告白されたって噂が流れてきた。
名波に告白したのはひとつ年下の一年生。
なかなかの爽やかボーイ。
こいつ、名波のどこを好きになったんだろう⁈
学校帰りに名波を見つけて顔を見ると、そばかすのほっぺはピンク色に染まって、いつもニコニコの目はポヨンと焦点を失っていた。
あっさり落とされてるんじゃねえか。
名波にも春が来たんだな。
これで少しはおしゃれにも気をつかうようになるかもしれないな。
俺は名波の初めての恋を親心のような気持ちで見守ろう。
そう思っていた。
いつもの仲間で話していると、不穏な話題になった。
「あなたの休日くださいってゲーム知ってる?」
「なにそれ」
「なんか、一年生の間で流行ってるらしくて、デートに誘うんだけど、誘っといて待ち合わせの場所に行かないんだって。それで誘われた子がどれだけ待つかを競うっていう超ゲスいゲーム」
「それってそもそもすきでもない子をデートに誘うってこと?」
「そりゃそうでしょ。ただのゲームなんだから」
「うわ。サイテー」
「ほんとに最低だよね」
みんなのやり取りを聞きながら、俺は嫌な予感がした。
その晩、名波の家を訪ねて名波に聞いてみた。
「一年に告白されたの?」
名波は真っ赤な顔をして俺を見た。
「つきあってんの?」
「つつつつつきあうもなにも、まだそんなに話したこともないし……」
「断るの?」
「今度の日曜日に会うことになってるだけ!」
でも、これだけじゃ名波がそのゲスいゲームのターゲットにされたかどうかはわからない。
一年ボーイは本当に名波を好きなのかもしれない。
「それはデートだろ?」
「……デデデデデッ……!」
真っ赤な顔して太鼓か。
「どこ行くの?」
「篠山公園で待ち合わせ……」
「何時?」
「なんでそんなこと聞くのっ?」
さすがの名波もちょっと怪しんだみたい。
「いや別に。名波の初めてのデートだからちょっと」
「ちょっとって……」
いつものニコニコが少し戻った。
「だから何時だよ」
「1時……」
「ふーん……」
「楽しい日曜日になるといいな」
名波はまた真っ赤になった。
俺は名波のことを仲間にも相談した。
仲間たちも、その待ち合わせを怪しんでいた。
日曜日。
昼過ぎに名波が出かけて行くのが俺の部屋の窓から見えた。
俺も後から追いかけた。
名波には気づかれないように。
篠山公園のベンチで待つ名波を、物陰に隠れて見守った。
時計は12時半。
まだ30分も前じゃねーか。
ちくしょう。
こんなまじめな名波をもし傷つけるのなら許せない。
気がつくと仲間も来ていた。俺と一緒に隠れて、待ち合わせの行方を見守る。
みんないいやつだ。
1時。
名波は待つ。
1時15分。
時計をチラチラ見ながら、名波は待つ。
1時30分。
スマホをカバンから出し、名波は待っている。
精一杯おしゃれした名波。
俺をバッサリ振った真山さんみたいに垢抜けてはいないけど、かわいいよ。
ふたつに結んだ髪も、化粧っ気のない顔も。
あれ……。
俺、名波をかわいいとか思ってる?
1時45分。
一緒に隠れて見守っていた真山さんが
「私、ちょっと見て来る」
と、走って行った。何人かの仲間も真山さんについて行った。
名波の方にじゃなくて、名波から離れる方に。
しばらくすると俺と、その場に残った仲間のスマホが鳴った。
『一年のやつら、見つけた』
真山さんからだった。
『ガッツリ説教しとく』
真山さんの頼もしいメッセージ。
俺と一緒に名波を見ていた仲間は言った。
「どうするの?」
「え?」
「名波ちゃんを誘った一年、来ないよ」
「そうだな」
「名波ちゃんの日曜日、悲しいまま終わらせていいの?」
「それはいやだ」
「お前が楽しくしてやればいいじゃん」
「そうだな……」
「名波ちゃんのナイトはお前だろ?」
「えっ??!!」
「あのさ、真山がお前のこと、なんで振ったかわかる?」
「俺のこと、眼中にないからだろ」
「まあそうなんだけど〜」
「それ以外になにがあるんだよ」
「真山、言ってたよ。
アイツはわかってない。自分の気持ちに気づいてない。自分が名波ちゃんの話をする時にどんなにやさしい顔をしているか。どこまで鈍いんだろうね〜
って」
なんだよ、それ。
ちくしょう、なんだよそれ。
俺は既に1時間以上待っている名波を見た。
悔しい。
名波の気持ちがくだらないゲームに使われているのが悔しい。
腹が立つ。
これは恋なのか?
俺にはわからない。
でも、名波の日曜日を悲しいまま終わらせるのはいやだ。
「行ってくる」
俺がそう言うと、仲間は
「よっしゃ! 行ってこい!」
と、俺の背中を押した。
俺は名波に向かって歩きながら、どこかに隠れて名波を笑ってたゲスいやつら見ておけ! と思った。
「名波!」
名波は俺の顔を見て驚いている。
「デートしよう!」
「えっ?!」
「でも私、待ち合わせしてる」
「もう1時間も経つだろ。そんなに待たせるやつは名波の彼氏になる資格なし! 今日は俺とデート!」
名波はアハハと小さく笑った。
もしかしたら、自分に起きたことに気づいたのかもしれない。自分がなにをされたのか。
でもそんなことはもう、どうでもいい。
今日を楽しく過ごすんだ。
俺は小さい頃のように名波と手をつないでグングン歩いた。
名波の好きそうな雑貨屋さんに入った。
小さくてごちゃごちゃした物がたくさん置いてある店内。
名波は品物をそっと手に取っては「かわいい……」と言っていた。
なにを見ても「かわいい……」と言うので、そういうもんなのかなと思いながら俺もズラッと並ぶ色とりどりのキーホルダーを見た。
メロンパンのキーホルダーがあった。
なんだか名波のほっぺみたいで、今日の記念にふたつ買った。
名波は結局なにも買わなかった。
日が暮れてきて、見晴らしのいい高台に行った。
きれいな夕空だった。
「一年生の男の子、私のことなんてすきでもなんでもなかったんだね」
名波が頬を抜ける風に吹かれながらポソっと言った。
「そんなことないよ」
俺はあからさまな嘘をついた。
「ふふっ」
名波は笑う。
「こんなことになるって気づいて、来てくれたの?」
「え……と……」
もう隠しきれなくなって答える。
「うん……。一年の中で変なゲームが流行ってるって」
「ゲーム……」
「気にすることない! そんなの、するやつがどう考えてもおかしいんだ」
「そっかぁ……」
名波は続けて言った。
「よくわからないうちに失恋したみたいだね、私」
俺は思わず言った。
「失恋なんかじゃないだろ。そいつのこと、どんなやつかもよくわからないままだったんだろ。名波はただ悪ふざけに巻き込まれただけだよ。俺なんてこの間、告白したら『む〜り〜』って音声メッセージで返ってきたんだぞ。こういうのを失恋って言うんだよ」
「そんなことあったの?」
名波は俺の顔を見て言った。
「それは辛かったね……」
「いや、辛いって言うか、次の日からなにもなかったように普通で……。今日、その俺を振った子も心配して来てたよ。一年生をとっ捕まえてた」
「えっ。
そうなんだ……。
お礼言わなきゃだね。
もしかしたら……」
ゆっくりひとつひとつ確認するように、名波は話す。
「そんな音声メッセージで返したのは、気まずくならないためなのかもね。まじめに断られたら余計に悲しいかもしれないって」
…………。
なんなんだよ。
なんなんだよ。なんなんだよ。
俺、全然イケてないじゃないか。
なんにもわかってなくて。
ちくしょう。
空を見上げるとぽっかりと月が浮かんでた。
まんまるな月。
名波みたい。
名波も月を見上げて言った。
「なんだかメロンみたいだねえ」
メロン……。
こんなロマンチックにいくらでも転びそうなシチュエーションで、メロンって……。
「おいしそうだよ」
名波はそう言いながら、ポロリと一粒、涙をこぼした。
ちくしょう。
悲しい日曜日にしないはずだったのに。
俺は思い出してポケットから袋を取り出した。
「メロンじゃないけど」
名波に差し出す。
「私にくれるの?」
「今日はメロンの日! メロンみたいな満月だから今日の記念に!」
すごいこじつけだけど。
名波は袋を開けて、中からキーホルダーを取り出した。
「メロンパンだ」
名波のほっぺがメロンパンみたいにふくふく膨らんだ。
やっぱり名波は笑ってなきゃ。
俺は名波のその笑顔が大好きだよ。
メロンパンみたいなほっぺの、その笑顔。
「メロンのお月さまに、メロンパンのキーホルダー」
名波は月にキーホルダーをかざしながら言う。
「ありがとう」
俺はポケットからもうひとつキーホルダーを取り出した。
「おそろいだね」
名波は笑って言った。
涙が頬に光って、悲しい気持ちを胸にしまって。
俺のこの気持ちが恋なのかまだわからない。
でも、名波の今日の思い出が、どうかメロンの月とメロンパンのキーホルダーでありますように。
山際だけほんのりピンクを滲ませた空にはメロンの月。
そよそよと風を受けながら、名波と俺はどうにもこうにも進まない。
メロンの月は、そ知らぬ顔をして空に浮かんでいた。
夜空にぽっかり浮かんでる。
月を見てメロンなんていうやつ、なかなかいないよ。
ムードもなにも、ありゃしない。
例えばレモンとかシャインマスカットとか……。
同じか……。
満月を食べ物に例えることがそもそも花より団子っぽくてさ。
* *
隣に住む
悩みなんてないんじゃないかってぐらい、いつも小さな目をニコニコとさせている。
要するにイケてるとは言い難い女子高生。
俺は明るく爽やかに、何事もガツガツし過ぎず、それでいておさえるところはおさえる。
青春を満喫しながらも将来だってきちんと見据える、イケてる男子高校生。
を志すちょっとイケてない男子高校生。
俺のイメージでは恋も軽やかに……のはずだった。
俺はクラスの真山さんに告白した。
真山さんとはみんなでわいわい盛り上がる仲間で、気が合うなと思っていた。真山さんもきっとそう思ってる、それはほぼ確信だった。
『つきあってください』
俺が送ったメッセージに、真山さんからは
『む〜り〜』
と、音声メッセージの返事が送られてきた。
告白の行方を見守っていた仲間は大爆笑。
笑えるネタをみんなに提供することとなった。
真山さん、どうして……。
それからも教室では、俺の告白なんてなかったみたいに今まで通りわいわいみんな楽しく過ごしてる。
俺も。
なんなんだーー!!
それからしばらくして、名波が告白されたって噂が流れてきた。
名波に告白したのはひとつ年下の一年生。
なかなかの爽やかボーイ。
こいつ、名波のどこを好きになったんだろう⁈
学校帰りに名波を見つけて顔を見ると、そばかすのほっぺはピンク色に染まって、いつもニコニコの目はポヨンと焦点を失っていた。
あっさり落とされてるんじゃねえか。
名波にも春が来たんだな。
これで少しはおしゃれにも気をつかうようになるかもしれないな。
俺は名波の初めての恋を親心のような気持ちで見守ろう。
そう思っていた。
いつもの仲間で話していると、不穏な話題になった。
「あなたの休日くださいってゲーム知ってる?」
「なにそれ」
「なんか、一年生の間で流行ってるらしくて、デートに誘うんだけど、誘っといて待ち合わせの場所に行かないんだって。それで誘われた子がどれだけ待つかを競うっていう超ゲスいゲーム」
「それってそもそもすきでもない子をデートに誘うってこと?」
「そりゃそうでしょ。ただのゲームなんだから」
「うわ。サイテー」
「ほんとに最低だよね」
みんなのやり取りを聞きながら、俺は嫌な予感がした。
その晩、名波の家を訪ねて名波に聞いてみた。
「一年に告白されたの?」
名波は真っ赤な顔をして俺を見た。
「つきあってんの?」
「つつつつつきあうもなにも、まだそんなに話したこともないし……」
「断るの?」
「今度の日曜日に会うことになってるだけ!」
でも、これだけじゃ名波がそのゲスいゲームのターゲットにされたかどうかはわからない。
一年ボーイは本当に名波を好きなのかもしれない。
「それはデートだろ?」
「……デデデデデッ……!」
真っ赤な顔して太鼓か。
「どこ行くの?」
「篠山公園で待ち合わせ……」
「何時?」
「なんでそんなこと聞くのっ?」
さすがの名波もちょっと怪しんだみたい。
「いや別に。名波の初めてのデートだからちょっと」
「ちょっとって……」
いつものニコニコが少し戻った。
「だから何時だよ」
「1時……」
「ふーん……」
「楽しい日曜日になるといいな」
名波はまた真っ赤になった。
俺は名波のことを仲間にも相談した。
仲間たちも、その待ち合わせを怪しんでいた。
日曜日。
昼過ぎに名波が出かけて行くのが俺の部屋の窓から見えた。
俺も後から追いかけた。
名波には気づかれないように。
篠山公園のベンチで待つ名波を、物陰に隠れて見守った。
時計は12時半。
まだ30分も前じゃねーか。
ちくしょう。
こんなまじめな名波をもし傷つけるのなら許せない。
気がつくと仲間も来ていた。俺と一緒に隠れて、待ち合わせの行方を見守る。
みんないいやつだ。
1時。
名波は待つ。
1時15分。
時計をチラチラ見ながら、名波は待つ。
1時30分。
スマホをカバンから出し、名波は待っている。
精一杯おしゃれした名波。
俺をバッサリ振った真山さんみたいに垢抜けてはいないけど、かわいいよ。
ふたつに結んだ髪も、化粧っ気のない顔も。
あれ……。
俺、名波をかわいいとか思ってる?
1時45分。
一緒に隠れて見守っていた真山さんが
「私、ちょっと見て来る」
と、走って行った。何人かの仲間も真山さんについて行った。
名波の方にじゃなくて、名波から離れる方に。
しばらくすると俺と、その場に残った仲間のスマホが鳴った。
『一年のやつら、見つけた』
真山さんからだった。
『ガッツリ説教しとく』
真山さんの頼もしいメッセージ。
俺と一緒に名波を見ていた仲間は言った。
「どうするの?」
「え?」
「名波ちゃんを誘った一年、来ないよ」
「そうだな」
「名波ちゃんの日曜日、悲しいまま終わらせていいの?」
「それはいやだ」
「お前が楽しくしてやればいいじゃん」
「そうだな……」
「名波ちゃんのナイトはお前だろ?」
「えっ??!!」
「あのさ、真山がお前のこと、なんで振ったかわかる?」
「俺のこと、眼中にないからだろ」
「まあそうなんだけど〜」
「それ以外になにがあるんだよ」
「真山、言ってたよ。
アイツはわかってない。自分の気持ちに気づいてない。自分が名波ちゃんの話をする時にどんなにやさしい顔をしているか。どこまで鈍いんだろうね〜
って」
なんだよ、それ。
ちくしょう、なんだよそれ。
俺は既に1時間以上待っている名波を見た。
悔しい。
名波の気持ちがくだらないゲームに使われているのが悔しい。
腹が立つ。
これは恋なのか?
俺にはわからない。
でも、名波の日曜日を悲しいまま終わらせるのはいやだ。
「行ってくる」
俺がそう言うと、仲間は
「よっしゃ! 行ってこい!」
と、俺の背中を押した。
俺は名波に向かって歩きながら、どこかに隠れて名波を笑ってたゲスいやつら見ておけ! と思った。
「名波!」
名波は俺の顔を見て驚いている。
「デートしよう!」
「えっ?!」
「でも私、待ち合わせしてる」
「もう1時間も経つだろ。そんなに待たせるやつは名波の彼氏になる資格なし! 今日は俺とデート!」
名波はアハハと小さく笑った。
もしかしたら、自分に起きたことに気づいたのかもしれない。自分がなにをされたのか。
でもそんなことはもう、どうでもいい。
今日を楽しく過ごすんだ。
俺は小さい頃のように名波と手をつないでグングン歩いた。
名波の好きそうな雑貨屋さんに入った。
小さくてごちゃごちゃした物がたくさん置いてある店内。
名波は品物をそっと手に取っては「かわいい……」と言っていた。
なにを見ても「かわいい……」と言うので、そういうもんなのかなと思いながら俺もズラッと並ぶ色とりどりのキーホルダーを見た。
メロンパンのキーホルダーがあった。
なんだか名波のほっぺみたいで、今日の記念にふたつ買った。
名波は結局なにも買わなかった。
日が暮れてきて、見晴らしのいい高台に行った。
きれいな夕空だった。
「一年生の男の子、私のことなんてすきでもなんでもなかったんだね」
名波が頬を抜ける風に吹かれながらポソっと言った。
「そんなことないよ」
俺はあからさまな嘘をついた。
「ふふっ」
名波は笑う。
「こんなことになるって気づいて、来てくれたの?」
「え……と……」
もう隠しきれなくなって答える。
「うん……。一年の中で変なゲームが流行ってるって」
「ゲーム……」
「気にすることない! そんなの、するやつがどう考えてもおかしいんだ」
「そっかぁ……」
名波は続けて言った。
「よくわからないうちに失恋したみたいだね、私」
俺は思わず言った。
「失恋なんかじゃないだろ。そいつのこと、どんなやつかもよくわからないままだったんだろ。名波はただ悪ふざけに巻き込まれただけだよ。俺なんてこの間、告白したら『む〜り〜』って音声メッセージで返ってきたんだぞ。こういうのを失恋って言うんだよ」
「そんなことあったの?」
名波は俺の顔を見て言った。
「それは辛かったね……」
「いや、辛いって言うか、次の日からなにもなかったように普通で……。今日、その俺を振った子も心配して来てたよ。一年生をとっ捕まえてた」
「えっ。
そうなんだ……。
お礼言わなきゃだね。
もしかしたら……」
ゆっくりひとつひとつ確認するように、名波は話す。
「そんな音声メッセージで返したのは、気まずくならないためなのかもね。まじめに断られたら余計に悲しいかもしれないって」
…………。
なんなんだよ。
なんなんだよ。なんなんだよ。
俺、全然イケてないじゃないか。
なんにもわかってなくて。
ちくしょう。
空を見上げるとぽっかりと月が浮かんでた。
まんまるな月。
名波みたい。
名波も月を見上げて言った。
「なんだかメロンみたいだねえ」
メロン……。
こんなロマンチックにいくらでも転びそうなシチュエーションで、メロンって……。
「おいしそうだよ」
名波はそう言いながら、ポロリと一粒、涙をこぼした。
ちくしょう。
悲しい日曜日にしないはずだったのに。
俺は思い出してポケットから袋を取り出した。
「メロンじゃないけど」
名波に差し出す。
「私にくれるの?」
「今日はメロンの日! メロンみたいな満月だから今日の記念に!」
すごいこじつけだけど。
名波は袋を開けて、中からキーホルダーを取り出した。
「メロンパンだ」
名波のほっぺがメロンパンみたいにふくふく膨らんだ。
やっぱり名波は笑ってなきゃ。
俺は名波のその笑顔が大好きだよ。
メロンパンみたいなほっぺの、その笑顔。
「メロンのお月さまに、メロンパンのキーホルダー」
名波は月にキーホルダーをかざしながら言う。
「ありがとう」
俺はポケットからもうひとつキーホルダーを取り出した。
「おそろいだね」
名波は笑って言った。
涙が頬に光って、悲しい気持ちを胸にしまって。
俺のこの気持ちが恋なのかまだわからない。
でも、名波の今日の思い出が、どうかメロンの月とメロンパンのキーホルダーでありますように。
山際だけほんのりピンクを滲ませた空にはメロンの月。
そよそよと風を受けながら、名波と俺はどうにもこうにも進まない。
メロンの月は、そ知らぬ顔をして空に浮かんでいた。