第1話

文字数 869文字

 俺は桃から生まれた。本当の親が誰かはわからない。川を桃の中に懐胎して流されていた。老いた女が桃を見つけて俺を家に連れ帰った。果実の内側に刃が切れ込んでくるのが見えた。俺は身を翻してそれを避けた。奴らは俺を殺す気だったのだろうか。中から現れた俺を老いた男女は抱きかかえた。俺はその老いた男女に育まれた。
 いつの頃だったか、俺は鬼を殲滅する人間なのだ、と教え込まれた。あらゆる戦闘に対する訓練と知識を、老いた男から叩き込まれた。
 十歳の時、鬼を倒すための装備を与えられた。鎧、刀、名を示す旗。俺は刀の切れ味を試した。まず老いた女を斬った。老いた女は目を見開いたまま絶命した。次いで老いた男に刃を向けた。
 しばらくは老いた男女の家にあった野菜や干した魚を食った。尽きると老いた男女の死骸を貪った。何も食う物が無くなって俺は家を出た。
 町に出る道中は腹を空かせていた。畑の野菜を食っては腹の虫を慰めた。ある日、大根をかじっていると農民の男がやって来て、いきなり拳を俺の頭部に叩きつけてきた。男は泥棒め、と言った。俺は刀を振り抜いて殺した。
 町では至る所に鬼退治の有志を求める張り紙があった。鬼を退治し、首を持ち帰った者には一生涯に渡って食うに困らない生活と財力を与える、と。
 俺は鬼が住む、鬼ヶ島についてあらゆることを調べ、道行く人々、鬼ヶ島に渡って帰った者に話を聞いた。鬼ヶ島まではさほど遠くはないが、島に住む鬼の数は子鬼を含めて約500体あまりということ、鬼退治に向かって帰って来た人間はわずかだということ、など。しかし、鬼と対峙した人間の記憶が鬼に対してだけは曖昧なこと、を聞いた。
 鬼ヶ島に出向くにあたって海岸に向かう際、犬、キジ、サルを団子で誘って殺し、肉をさばいて干し肉にした。海岸では小舟を有する漁師を小刀で脅し、鬼ヶ島へ案内させることにした。陸地が見えなくなって漁師が帰らせて欲しいと懇願したが俺は許さなかった。それでも漁師は反抗する態度を見せた。ちょうど鬼ヶ島の姿が見えたころだった。俺は漁師を斬った。漁師の死骸を海に捨てた。
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