第1輪 薔薇の宴

文字数 2,192文字

イナンナ族の吸血鬼、エドガーは、妹のイシュタルと共に放浪の旅を続けていた。



旅立った二人はやがて、ケイオーンの村に辿り着いた。



ここに住みたい!

イシュタル!

頼むよ!

はい、兄さん。

今お屋敷を魔法で建てますね!

イシュタルはそう言いながら、村外れの空き地に巨大な洋館を一瞬で建てた。


豪華な豪邸とも言えるそれを見て、エドガーは金切り声を上げた。

そうじゃないでしょ!

なんでこんな、如何にも吸血鬼が住んでますって感じのデザインにしたの!

ここは最新の高層マンションでしょ!

兄さん!

この西洋風の世界観が分からないの?

景色に馴染むように洋館にしたよ。

高層マンションなんて建てたら、余計に怪しがられるよ!

村人が一挙に押し寄せて、胸に杭を打ってくるかもしれない!

え!

ぼく、灰になって消えちゃう?

そうだよ!

大人しくこの洋館に住もうよ。

羊羹作ってあげるから。

森の羊羮なんてさもしい事言うんじゃないよ。
一つしか手に入らないレアアイテムだろう……。
レアだって?

分かった!

ここに住む!

渋々文句を言いつつ、二人は洋館の中に入っていく。


適当に家具を調達し、リビングにて寛ぎ始める。


血!

血をくれ!

血液が欲しいの?

それは智を欲する現れだと思うよ。

鉄を含む血液と知の内面性を意味する鉄を混同しているね。

エドガー兄さん、落ち着いて勉強しよう。

分かんない!

学校に行けってこと?

学校に行って、吸血鬼だとバレたら……。

昼間の日の光の下を歩ける?

歩けない!

世間様に顔向け出来ない!

恥ずかしくて顔から火が出るようだ!

死しかない!

では駄目だ。

ここに引き籠もって隠れていてね。

嫌だ!

退屈!

あーそーんーでーー!!

なんて兄さんだ。
暴れるエドガーを宥めながら、イシュタルは血の滴るようなステーキを作り、彼に提供した。


エドガーは文句を言いながら、ステーキにかぶりついた。

ガッコーカッコー!

カッコーのなく森!

カッコーのなく森か。

どんな話だったかな?

なんで忘れるの!

大事なイナンナじゃなかったの?

まずポーツネル一家がアランの住む街に引っ越すね。

エドガーは危ない橋を渡ってアランに惹かれ、なんだかんだでメリーベルと養父母を失う。

そしてエドガーはアランに血を与える。

アランの目が覚めるのを待ちつつ過去編が始まる。

過去編だよ!

メリーベル!

生きていた頃!

メリーベルは引き取られ、4つ違いの年齢が1つ違いになった頃に迎えに行くんだよね?

エドガー兄さんがもしメリーベルに年齢を越されちゃったらどうするつもりだったの?

そんな事は絶対にさせない!

メリーベルは永遠にぼくの妹だ!

……物凄い執念だ。

同い年を許さないってか?

絶対に年下だ!
分かったよ。

そうなんだね。

イシュタルは適当に返事をし、真っ赤なワインをグラスに注ぐ。

エドガーは一気に煽ると、クダを巻きながらイシュタルに更に絡む。

やはり外に出たい!

許可を!

勝手に出ればいいだろう?

変なところで坊っちゃんだな。

何?

村人に灰にされるって!

それはまた違うよ。

高層マンションを建てたら怪しまれて村人が襲いかかってくると言った。

しかしそれは日中の日差しの強さに耐えられるかどうかとは、また別の滅び方だし。

微妙にニュアンスが違うからね。

滅び方だと!

やはり!

ぼくを滅ぼす気だな?

そうは言ってないだろ!
うるさい!

ぼくは外に出るぞ!

そう言いながら、エドガーは走り出し玄関ドアを開けた。


外は闇に包まれており、星が光っている。

猛ダッシュで家から飛び出す彼を、イシュタルは遠い目で見送った。

すぐに帰ってくるでしょう。

今の内に掃除しとこ。

イシュタルはハタキ、箒とチリトリを手に取ると、家の中の掃除を始めた。



床磨きが終わる頃、エドガーは両手に赤い薔薇を山と抱えて帰宅する。

これを!

エッセンスに!

おかえり。

薔薇を摘んできたの?

トゲは大丈夫?

血塗れだ!

痛い!

早く薔薇を!

そのまま食べてもいいみたいだよ。

エロガーくんはそうしているよね。

!!

ジョニー・ウォーカーくんの赤い薔薇を食べる話?

そうだよね!

食べるよ!

エドガーは薔薇をテーブルに雑に置くと、赤い薔薇を鷲掴みにしてそのままかぶりつく。
う、美味い!

情熱の赤い薔薇ー!

とりあえず落ち着いたようだね。

しかし、血液かバラのエッセンスか。

スクナはどうやって作っていたのかな?

頭から被っていたよね。

スクナ?

辞めろ!

ぼくは腹いっぱい薔薇を食べたい!

少ないのは嫌だ!

そういう言い方をすると、スクナに殺されるよ。

神出鬼没だし。

知らない!

スクナとは!

よく知りもしないのに、他人を勝手にイジるんじゃないよ。

そういうところがヴァンパイアたる要素、と気付かないのかな。

他人の心のエネルギーを身勝手に消費するところ。

血を吸う!

それがヴァンパイア!

そういうことじゃない。

物理的現象と抽象的現象の相似象を混同させて考えるのは、未だ神霊領域に侵入するに値しない認識だ。

火竜の加護がないんだね。

如何にもイナンナという感じだ。

イナンナ!

ぼくはここにいる!

イナンナじゃない!

イナンナを居ない!という言葉とかけているらしい。

エドガー兄さんは、間違いなくアーネちゃんのイナンナだ。

良かった。

アーネちゃんが解脱して。

げだつだと?

知らん!

一番のミソッカスちゃんが出たみたいだなあ。

アーネちゃん、元気かなあ。

騒ぎ立てるエドガーに手刀を食らわせ、イシュタルは彼をベッドまで運んだ。


目を回すエドガーを見ながら、イシュタルは今後の憂鬱な生活について想いを馳せた。

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登場人物紹介

ロク

ヒチ

エドガー

イシュタル

マリーベル

アーネトルネ

キウメロ

パティコ

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