第3輪 薔薇の間
文字数 2,202文字
魔法陣を描いたイシュタルは、手を組むと陣の中心に立ち、呪文を唱え始めた。
白いイカヅチと共に、イシュタルは紫色の煙に包まれた。
やがて紫雲はヒトガタに形取り、梵字のキリークを核とし、イカヅチを吸収しつつそれは姿を現した。
イシュタルはマリーベルと共に、エドガーのいる部屋へと戻る。
彼は乱雑に薔薇を食い散らかしていた。
二人が熱い抱擁を交わすのを、イシュタルは優しい目で見守った。
エドガーとマリーベルが寄り添って座るのを横目に、イシュタルはそっと部屋から抜け出す。
炊屋に行き、肉料理の支度をする。
準備した食事を、エドガーとマリーベルは並んで食べ始めた。
二人が和やかな様子で過ごすのを、イシュタルは無表情で見守る。
イシュタルは炊屋へ行くと、ピッチャーに冷水を汲む。
それぞれのグラスに水を注ぎ、イシュタルは部屋の隅の椅子に座る。
彼らの食事風景を見ながら、ため息を吐いた。
シュメール神話の女神・イシュタル。
彼女と同一視されることもある、妹のイナンナ。
イシュタルとイナンナは、夫のドゥムジを巡って争ったり冥界くぐりを競ったりと、仲が良いとはとても言えなかった。
神話内で語られることはないが、イシュタルはイナンナとの距離感に悩んでいた。
そしてそれは、永遠に埋められないものだということも。
食事が終わるのを待ってから、イシュタルは片付けに入った。
それから数日、エドガーとマリーベルは屋敷内で穏やかに過ごしていた。
抱き合う二人を、イシュタルは無表情で眺めていた。
紅茶を淹れ、薔薇のエッセンスを3滴落とす。
熱い抱擁を交わす二人を見守った後で、イシュタルはそっと館を出た。
霧の深い朝であった。