第一話

文字数 1,002文字



「そ~ら、たかいたか~い。たかいたか~い」

子供の頃 私はこの遊戯が大嫌いだった
肉体労働者であった父は自分の息子の都合など考えもせずに
事あるごとに 力任せに 私が喜んでいるものだと勝手な解釈をして
私の体を放り投げた

その不安定さに 私は足をばたつかせる
あまりの恐怖に 泣きじゃくる

それを面白がるように
父は一層 力の限り 
上へ 上へと 
私を投げる

空は
私にとって
恐怖の対象でしかなかった



囲いのない空を眺めては 自分の限界を思い知る

西洋の国々が
大航海時代なるものにうつつを抜かしていた頃
新たな文明の夜明けと神々しいばかりの光を放つ富に魅せられ 躍起になっていた頃

同じように
日本では 小さな人間達が 小さな覇権を争い 小さな富に夢中になっていた

己の欲に敏感な者達による争いは
いつの時代でも どこの国でも 共通にして尽きぬものであるらしい

「持っていないのなら 奪えばいい」

だが そうやって手に入れたものも
いつかは手放す時がやってくる

あのうつけ者と呼ばれた者も あの禿ネズミと呼ばれた者も
そして あの無敵を誇った艦隊を所持していた国でさえ 
最後は全てを手放すことになってしまったではないか
より強大な運命の渦には抗うこともできずに

強欲から生まれた あはれ

果てのない空の広さに
目が眩む



全世界が
月面着陸だの 
ロケット打ち上げなどに躍起になっている

人々の夢を 希望を 乗せて

その夢とは一体何だろう
前人未到の挑戦 研究目的の冒険
人々の心を躍らせるキャッチフレーズの数々

だが 忘れてはならない
好奇心は猫をも殺す

神々は辟易してはいないだろうか
私達の傲慢さに

どこまで上を目指せば 私達は満足できるのだろう

遥か昔 神に魅せられし者達の手によって建造されたあの尊大な塔も
やはり 崩壊の憂き目を見た ※『バベルの塔』

「お空の上には神様がいてね。私達を見守っているんだよ」

居場所を失くした神が
人間に罰を下そうとしても
何ら不思議な事ではないのではないだろうか

もし 何らかの事故が起こり
あの広大な空間の中に一人、取り残されてしまったら

そう考えるだけでも 私は身が竦む

それ故 私は下を向く
自分のつま先だけを見つめる
一歩 一歩 バランスを取り
躓かないように慎重に歩を進める

だが そうやってやっと手に入れた安定も
永く続くとは限らないものだ

時には
小さな振動が
大地を引き裂くこともあり 

一瞬にして
一人の人間を
奈落の底へと突き落とすことだってあるのだから

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