第7話 それぞれの想い(後編)

文字数 3,339文字

「着いたー♪」
初夏の太陽にも引けを取らない春臣の陽気な声がそう告げた。
青子はそんな春臣を物問いたげに見上げる。
「ん?」
「あれ?嬉しくない?」
おっかしいなー、と言いながら春臣は困惑顔になったが 何処か作った顔の様にも思える。
きっと本心は違う そう感じた。
「梅雨もまだ明けたばっかだしさ」
「ニュースとか見てねーだろうし」
「うっかり出て来るんじゃね?蛙の姫様」
酷い言われようだ。
此の山にはもう二度と戻らないと心に誓って出て来たのに。
「周がオバケにすげー興味あるっぽい、って聞いたんだけど」
「何か違った?」
周に憐れみの目を向けられた春臣は流石に心地が悪そうだった。
「春臣も見たいのか?」
青子見たさに山に登って来る者は大勢いた。
蛙の姿となって尚果てずにいる憐れな女がそんなに面白いのだろうか。
「見たいよ」
「だってさ、女好きでろくでもない亭主に見捨てられたってのに、ずっと帰って来るのを待ち続けてるんだろ?」
本当の事も 夫のことも 何一つ知らないのに 何と酷いことを ― 
余りの暴言にカッとなった青子は何をか言い返そうと口を開き
「絶対可愛いコに決まってんじゃん」
其の儘開きっ放しになった。
「病気の妻を置き去りにするとかマジありえねーよな」
「其れなのに
「そんな事されてもまだ好きでいられるとか 姫様スゲーわ」
「どんだけ好きなんだよって話」

「 ―  阿呆な亭主の事なんか忘れて
「どうせなら、俺のこと好きになってくれたらいいのに」

そうだ
お前が俺を好きになれば良いのだ 青子

「俺なら 絶対放さないのに」

そうすれば 俺は

春 ―
「捕まえたらぐるぐる巻きにして籠ン中に入れて閉じ込めて
… 
「… まぁ、其れは冗談だけど」
周がどん引きしているのを見て取ると 我に返った春臣は失言を取り繕った。
「出て来ないかなー、姫様」

そうすれば 俺は悲しまずにすむ

あの人は 青子にそう言った
けれど 青子が此程までに悲しんでいても 自分は出て来てはくれないではないか
何と勝手なことか
何とずるいことか

春廻様 青子は

「周?」
「 ―  そんな
「そんな我儘は許さん!!」
「!?」
猛然と熱り立った周に春臣は顔色を失った。





「結構来てるな」
日曜日と言う事もあっていつもより混雑している。
海花里は余程観たい映画だったのか そんな事などまるで気にしていない様子で 上映時間の書かれたパネルを熱心に見ている。
半時間程で次の回だ。何の下調べもなく思い立って出て来た割には運が良い。
「俺、何か買って来るわ」
「何か欲しいもんある?」
何でも良いよ、と気もそぞろな海花里が答えると 春宮はOKと笑いながら売店に向かった。
体は体で行きたがるが 観る前に知りたくないのでパンフレットはまだ買わない。
ポスターを眺めながら空想の世界に浸っていると
「海花里じゃん」
「あんたも此の映画観るの?」
きびきびとした印象で歯切れの良い声の主は 本人の性格とは真逆のゆるふわなウェーブヘアのツインテールにギャルと言うよりはヤンキーに近い様な目力のある女で
「誰と来たの?ちょっと真逆 ― !
と言い掛けて 女は海花里の後方で売店の行列に並んでいる春宮に気が付いた。
春宮は背が高く 加えて周りの女達の視線を追えば直ぐに所在が知れる。
「ミヤじゃん」
「あんた達デキてたの?」
「あたしはてっきりあんたはオミが好きなんだと思ってたわ」
は  ?  な … 何で
其の台詞を聞いた海花里は顔面蒼白になった。今迄ずっと恋心がバレない様にと必死の思いでやって来たのに ― 何で  頭の中がぐるぐる回る。目眩までしてきた。
言葉も出ない海花里を他所に
「隠してるつもりだった?いや、バレバレなんだけど?」
バレバレ? ― 噓。誰に?誰にバレてるって言うの?
「まぁ、良いけど」
「オミの好みは黒髪のロングヘアで巨乳のお姉様系だし」
「よーするに、あんたとは全っ然違うから」
要するに月風だ。知らない癖に。
「はあ?あんただって全っ然違うじゃん!」
僻みと思われようが言わずにはいられなかった。此の自称春臣のカノジョを名乗る女達に。
でも あんた達だって ― 月風にはなれない
「あたしはね!大量生産の女にはなりたくないの!」
馬鹿ね、と女は威丈高に叱咤する。
「おんなじパーツで作った姿なんか好きになられたって虚しいだけでしょ」
「全然違うから良いんじゃ無いの。其れで好きになってくれたなら
「あたしの魅力勝ちって事なんだから」
「あたしはちゃんと自分を磨いてるし 量産品になんか負けないわ」
「何にもしないでウジウジしてるだけなんて、バッカみたい」
最後の台詞に此の女らしさが見える。誰にでも啖呵をきるような豪胆な性格。海花里のクラスの女王様。
「やめなよ華瑠(はる)、あんたまた海花里に絡んでんの?」
「何やかんや言って面倒見が良いよねー、あんたは」
後方からの不意打ちに 華瑠は猫の様に飛び上がった。
「ちょっと!」
「何よ其の言い方!芙由(ふゆ)の癖に!」
「…あんたこそ何よ、其のキレかた」
芙由と呼ばれた少女はポテトを頬張りながら揺るがない平常心で答える。
「気にする事ないわよ、海花里」
「今日だってオミとデートの予定が此の性格でしょ?」
「喧嘩してダメになったから、唯の八つ当たりよ」
「序でに挫けてるライバルを見つけたから、もれなく激励しに来たってワケ」
「芙由!」
もうアンタは余計な事ばっかり、とぎゃーぎゃー騒ぎ立てながら華瑠は芙由を引っ張って人混みの中に消えて行った。
ライバルって…あたしが? 何でよ。あんたは あたしなんかより全然綺麗なのに。
「お待たせー、 … どうかした?」
戻って来た春宮は また海花里に陰りが見え始めたので何と声を掛けたものかと躊躇した。
周りの女達の視線が海花里に刺さる。どうせ
真逆 あの女がカノジョ?
とか囁いてるんだろう。光も届かない鬱蒼とした山の中の大木女。派手な化粧は病に冒された葉の様に不快で 脱色し過ぎた髪が枯れて垂れ下がっている。
「!?」
海花里は春宮が手にしていた紙トレーからハンバーガーを引ったくると 固まった春宮を他所に 頬張るやいなやガツガツと勢い良く食らった。
「めっちゃ食ってんじゃん」
「まだ映画始まってないだろ、ちょっと早くね?」
二人よりも更に背の高い少年が苦笑しながら声を掛けて来た。
「夏生(なつお)、今日部活は?」
救世主が来たと言わんばかりの安堵の顔で春宮が返答したのは クラスメイトでバスケ部に所属する源本夏生だ。
「休まされた。もうガキ共が煩くてよ」
夏生に男女三人の子供達が張り付いていて アイス買ってだの何だのと服を引っ張り喧しく騒ぎ立てている。
背の高い男二人と蝉の様に鳴く子供達 海花里は本当に自分が山の中の木になった様な気がした。
山から見下ろせば 気分もそう悪くない。
「よーし!食うぞー!!」
海花里の雄叫びに子供達は目を輝かせて共感の声を上げた。

ウジウジした気持ちも 駄目な自分も全部まとめて
「食って食って食いまくってやるんだから!」

「ええー?!」
子供達は大はしゃぎだったが 既に空の紙トレーを手にした春宮は驚愕の声を上げる。
「何だよ、それ」
夏生はおかしそうに笑った。
「買って来る!」
財布を握り締めて勢い込んだ海花里を
「よっしゃ、任せとけ!俺が奢るよ」
夏生が遮って売店に向かう。

「お前、見所あるな!」
「ナンバー2にしてやるよ」
一番年長の腕白そうな少年がふん取り返る。
「そう?ありがと」
海花里が返事をすると
「ナンバー1は夏兄ちゃんだよ!」
おませな感じのする少女が黙ってはいられないとばかりに口を挟む。
「ブラコン女」
少年と少女で喧々囂々の言い合いになった。
末っ子らしい少年がブラコンって何?と兄姉に聞くのだが二人は其れ処では無い。
「はい、其処まで!静かにする!」
海花里がぱーん!と両手を打ち鳴らすと三人は総毛立ち瞬時に黙った。

初めて会う海花里に三人はすっかり打ち解けて色んな話を聞かせてくれた。
海花里の外見に臆することもない。

あたしにはあたしの ―

ばし、と音がして
「いってー!」
春宮が頭をさすりながら悲鳴を上げた。
「何だよ、夏生」
恨めしげに夏生を見る。
「うっせー、バカミヤ」
赤くなった夏生の一声に、冷めた春宮が言い返し口論となった。
「…
海花里と子供達は大人げない二人を呆れた目で眺めた。


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