一の幕
文字数 7,667文字
「これが怪異ってやつ?雪白 くん倒せないの?」
「…物の怪を裁くには…そいつの形と因果と名前を定めないといけない」
「うーん名前なら…なんか殺人おばけとかじゃだめ?」
「…危機感がないな君は」
「だめかー」
「名は存在を縛り、理に沿わせることが出来るもの。適当に考えた名前より、古からなるべく大勢のヒトに使われている名の方が…効果がある」
「えー!適当って!ひどい!」
「…朱音 暴れるな」
色々なことが一気にありすぎてまだ混乱をしているけれど、私は今大変な状況だということだけはわかっている。
急に殺人事件が起きて、クラスで少し浮いている近寄りがたいミステリアスな美少年に話しかけられたかと思ったら、今は妖怪?物の怪?に襲われてるなんて誰に言っても信じてもらえないだろう。
目の前で起こっていることを少し他人事のように眺めながら私は頭の中でゴチャゴチャに絡まってる物事を整理するために思いを巡らせた。
※※※
私は、基本的にクラスではひとりぼっちだった。
クラスで浮いている人は私だけではないけれど、ミステリアスだからとか近寄りがたい雰囲気だからという理由で浮いている美少年とは違って、軽いイジメ…というほどでもなく、なんとなくみんなから距離を置かれているという感じが近いのかな。
髪の色がみんなと違うって理由で浮くのは慣れていたけど、今の学校は校則が緩いせいか私の赤っぽい茶髪も目立たなかった。
ただ、仲良くしている友達が、悪いうわさがあるというなんだかよくわからない理由で、私は特に気にすることなく学校に通っていた。
その私が浮いている原因でもある友達は、たった一人。夕乃 阿隅 。
雪のように真っ白な肌に肩の長さに切り揃えられた艶のある黒い髪。スラッとした長身のモデルみたいな女の子だった。
阿隅とは幼馴染で、幼稚園の男の子に髪の毛の色が変だといじめられて泣いていた私に「夕日の色みたいで綺麗だね」って言ってくれたのがきっかけでそこからずっと仲良しでいる。
彼女は、去年のクリスマスくらいに病気をして学校を休んでいたけど、春になってからは学校に来はじめて、冬休みも目前となった今では悪いうわさも気にせずに元気に学校に来るようになった。
残念ながらクラス替えで別々のクラスになってしまったけど、今でも仲良しで…というか阿隅も友達が出来ずに毎日私の教室に来て、私の席で一緒にお弁当を食べて過ごしている。
クラスで話す人がいないのは少し寂しいけど、それでも大好きな友達の阿隅がいるので辛くはなかったし、阿隅が援助交際をしているとか、男を誑かしていて陰では援助交際で稼いだお金で贅沢をしているといったうわさで盛り上がるなんて嫌だったからそれでよかった。
そんなある日の朝、なんだかざわざわしているなと思いながらも教室に入る。
いつも、よそよそしくも挨拶をしてくれる数人すら私に気が付かないくらい何かの噂に熱中しているようだった。
誰も話しかけてくれないし、私もそんなに人に好かれているわけではないし自分から話しかける気分ではないなーって感じなので、クラスのあちこちで数人で固まって話される噂に聞き耳を立ててみる。
物騒なワードが並んでいることを整理してやっと朝、黄色と黒のテープが阿隅のクラスの前に貼ってあることの合点がいった。
さすがに私も周りに注意し無すぎなのでは?思い出すと、確かに阿隅のクラスの前には異常なまでの人だかりがあって先生たちが大きな声で体育館にいくようにと生徒を誘導していた気がする。
少しして、私たちも先生の指示で体育館に集合になった。
緊急の集会と言われ呼ばれた体育館では、先生たちも顔を真っ青にしてコソコソ話しながら並んでいるし、みんなもソワソワするのかざわざわとし続けている。
そんな中で、校長先生がやけに頻繁に汗を拭きながら何が起きたのかを言葉を選びながら話をしていた。
秋雨 春斗 くん。それが今回、阿隅のクラスの真ん中で死んでいた生徒の名前だった。
聞き覚えがあるなーと思ったけど、多分阿隅の中学時代の元カレだった気がする。
ただでさえ変な噂があるんだから、これ以上阿隅に悪い噂が立たないといいなー。さすがにそれはないかな…と嫌な予感を振り払うように校長先生の話に耳を傾ける。
死に方までは校長先生も話さなかったけど、朝一に登校してきた不幸な阿隅のクラスメイトからの目撃談はとっくに全学年に広まってしまっているようで、特に話す友達がいない私まで秋雨くんが体を縄のようなもので縛られ内臓をぶちまけて死んでいたという凄惨な殺され方をしたことは知っていた。
どう考えても事件だということで、すぐに警察が来るらしい。マスコミなんかも来るかもしれないので余計なことは話さずにいることと釘を刺されて、私たちはホームルームの後すぐ帰宅ということになった。
阿隅はそういえばなにをしてるだろうと体育館を見回していると、ブルブルと携帯用の小型タブレットがブレザーのポケットの中で震えた。
列を外れて廊下の端っこでこっそり通話に応答ボタンを押すと阿隅の声が聞こえてきた。
学校に休む連絡を入れようとして事件があったのを知ったようで私に連絡をしてくれたと聞いて、私は阿隅がこのゴタゴタに巻き込まれていないことにホッとした。
「なんか…大変だね」
「ありがとう。そうやって心配してくれる朱音 がいるから大丈夫」
そういってもらえるだけで、クラスで少し孤立気味でも阿隅と友達でいられてよかったと思える。
すごい事件があって落ち込んでいた気持ちも少し薄れた気がして、少しだけ軽い足取りで教室に戻る。
でも、そこで耳に入ったのは阿隅の名前だった。一気に最悪な気分になる。
「ねぇ!やめようよそういう根も葉もないことで阿隅の名前を出すの!学校にこれなくなったらどうするの?」
最悪な気分になりすぎて思わず大声でそう言った私に一斉にクラスのみんなからの注目が集まる。
いい機会だと思って思ってることをぶちまけようと息を深く吸ったところで急に肩を掴まれて私はそのまま廊下へと連れ出された。
「もう!邪魔しな…月城 くん?」
文句を言ってやろうと勢いよく振り向いたところにいたのは月城 雪白 くんだった。
濡れた鴉みたいに艶々して真っ黒な長い髪は一つに纏められて肩から前に無造作に垂らされていて、動くとサラサラと揺れるその綺麗さと、オシャレな雑貨屋さんなんかで焚かれていそうなお香っぽい香りで怒っていた気持ちがどこかに飛んで行ってしまう。
うちは進学校でもないけれど、校則は緩いほうなのもあって男子でも髪を伸ばしたり、染めている人もいる。そんな中でも月城くんが異彩を放っている理由は、多分さらさらツヤツヤの綺麗な黒髪と、小さいときは女の子に見間違えられたんだろうなと思うほどの綺麗な顔立ちのせいだと思う。
他人に関心がないほうの私ですら月城くんのことは一年生の頃から「近寄りがたい絶世の美少年」として知っているし、家の事情で髪を切らないということも誰から聞いたのかわからないけど何故か知っているくらいの有名人だ。
「日呂 さんさ、夕乃阿隅さんの知り合い?」
「え?あ!あ、うん」
わーやっぱり綺麗な顔だなーなにこのお肌…真っ白だし毛穴も目立たない…ひげとか生えるのかな…。
キッチリと校則通りに品が良く着こなされているブレザーとYシャツの一つだけ開けられたボタンから覗いている紫のツヤツしてる綺麗な不思議な形をした石も、お家の事情で身に着けているものなのかななんて失礼にも彼を凝視して考えていたところに、急に阿隅の名前を出されて驚いてしまった。
「ちょっと心配なことがあって夕乃さんに会ってみたいんだけど、都合付けられるかな」
「心配なこと?」
「確信が持てるまで詳しくは言えない。僕のことを信じてほしい」
怪訝な顔を浮かべた私の手を自然に取りながら、月城くんは私の目を見つめてそう言った。
透き通るように綺麗な灰色の瞳と、綺麗すぎる顔に圧倒されて私はついうなずいてしまった。
今日は阿隅のお見舞いに行こうと思ってたしちょうどいいかな。
でも、よく考えたら阿隅の家にいくのって久しぶりだなぁ。いつから行ってないのかな。もう1年近く行ってない気がする。
「じゃあ、つ…月城くん…?今から行くけどついてくる?」
「ありがとう日呂さん」
美しさに圧倒されたのと、初めて話すこともあって少し挙動不審になる私に、握ったままの手を胸元へ持ち上げてぎゅっと力を込めながら月城くんは微笑んで頷いてお礼を言ってくれた。
なにもしてないのに一気に疲れた気がする。あんな綺麗な顔を間近で見てたらなんか緊張したし。
「あ、あと、雪白 でいいよ」
手を放してスタスタと歩き始めた月城くんは何か思い出したかのようにそれだけいうとまた歩き出した。
「え?」
「僕も、日呂さんのこと朱音って呼ぶから。じゃ、行こう」
特になんの理由も話されないまま、雪白くんは了解は取ったしとでも言わんばかりにどんどん先へ歩いていく。
私は混乱しながら雪白くんの背中を小走りになって追いかけた。
※※※
雪白くんは考え事をしてるのか、難しい顔をしていたこともあって特に会話らしい会話もなく、私たちは阿隅の家であるアパートの一室の前に到着した。
何かを探すように辺りを見回していた雪白くんは、私の視線に気が付くと、気にしないでチャイムを押せと言わんばかりに手の甲でシッシと私にジェスチャーを送る。
さっきから思ってたけど、ミステリアスで王子様みたいだと思ってたけど、たまに行動が雑な部分がある。
ミステリアスで王子様みたいな態度は演技なんだろうか…とつい無駄なことを考えてしまう。
チャイムの音が響き、近付いてくる足音が微かに聞こえる。
ドアから出てきたのは阿隅のお母さんだった。以前は久しぶりにあったおばさんは私の顔を見てとても驚いているようだった。
「お久しぶりです、おばさん。
阿隅って今部屋にいますか?」
「あ…朱音ちゃん…え?阿隅に会いに?
…今なんて?」
「阿隅になにかあったんですか?」
最初はわけがわからないといったような顔をしていたおばさんの顔が徐々に険しくなっていく。
なにか機嫌を損ねるようなことをしてしまったんだろうか…と心配になり、「ただ今日病欠してる阿隅さんのお見舞いに来ただけです」と伝えようとしたが、言葉の途中でおばさんの剣幕に遮られた。
「冗談のつもりならやめてちょうだい!二度と顔を見せないで」
おばさんはそう怒鳴ると怒っているのか泣いているのかわからないような顔でドアを思い切り締めた。
バァンという大きな音が響きわたり、私は呆然と立ちつくす。
「ごめんね雪白くん。阿隅に会えそうもないよ」
「こうなるのは予想出来てたし、謝らなくていいよ。
とりあえず落ち着いて話せるところにでも移動しようか」
ショックを受けている私とは対照的に冷静な雪白くんに連れられて駅前の少しオシャレでリッチな喫茶店に向かう。カフェというよりも喫茶店。
ミステリアスな美少年と、そのあとをトボトボと項垂れてついていく平凡な女子高生の私というちぐはぐな組み合わせのせいか、やけに視線を感じる気がして、さっきのおばさんに怒鳴られたショックも相まって余計顔をあげられなくなる。
「あれ?朱音、どうしたの?」
聞きなれた声に、項垂れていた頭をピョコっと持ち上げて立ち止まった私は、辺りを見回した。
先を歩いていた雪白くんが急に止まった私のせいでつんのめったあと少し後ろによろけるのを横目に見ながらキョロキョロしていると、こっちを向いて小さく手を振っている背の高い女の子が目に入った。
「阿隅ー!心配してたよー」
私はそう言って可愛らしい白いマフラーと淡いピンクのコートに身を包みながらニコニコと微笑んでいる阿隅に駆け寄っていく。
彼女は、病院に行った帰りになんだかすごく項垂れながら歩いている私を見かけたのでつい声を掛けてしまったと笑いながら話してくれた。
元気そうでよかったと少しホッとしながら私はさっきの出来事を阿隅に話す。
「おばさん怒らせちゃったみたいで…。ごめんね」
「いいのいいの。最近機嫌悪いんだ。更年期かな。お母さんにはあとで私から話しておくよ」
風邪も大したことがないようで、いつも通りの笑顔を向けてくれる阿隅にほっとする。
少し談笑して一息ついたところでコホンと咳払いが聞こえる。そうだ雪白くんがいたんだったと思い出して帰路につこうとする阿隅を引き留める。
「あ!あの、こっちクラスメイトの雪白くん。阿隅と話したいんだって」
「…初めまして。日呂さんのクラスメイトの月城雪白です。
少し気になることがあったので彼女に紹介を頼んだんですが、お話しをさせていただけますか?」
何かを警戒しているかのように私の後ろから一歩も動かないまま雪白くんは丁寧に自己紹介を始める。
三人で喫茶店かーと呑気に思って阿隅を見たが、三人で喫茶店に行くことはなさそうだと瞬時に悟ってしまった。
なぜなら阿隅は、さっきまでの笑顔とは打って変わって、見たこともないくらい冷たい目で雪白くんのことを睨み付けていたからだった。
「きっとどうでもいいことだもん。興味もない。話さない」
冷たく言い放って背を向ける阿隅の手を取って私はなにかを言おうとするがうまく言葉が出てこない。
きっと勘違いをしてるんだ。悪いうわさばかりをされて、今日だって学校では阿隅の名前がささやかれていた。
私も今日ちゃんと話しただけだけど、でも、雪白くんは教室で噂話に加担するようなことは見たことがなかった。だからそんなことしないと思うって伝えたくて、阿隅に説明をしたかった。
「阿隅のことが噂になってて…それで雪白くんが力になりたいって…」
「私はそんなやつなんかの助けはいらない!朱音が話してくれればそれでいいの。余計なことはしないで」
やっとのことで絞り出した言葉も、感情的になった阿隅に遮られてしまう。
その勢いで振りほどかれ行き場を失った手は、どうしていいかわからない私の気持ちと同じようにぶらんと力なく垂れた。
私のことを涙ぐんで見つめる阿隅の誤解を解きたくてなにかいわなきゃと口を開こうとした瞬間グイっと手を引かれ体がよろめく。
「わかった。行くぞ朱音」
よろけるのを受け止めるようにするっと雪白くんは、私の肩に手を回す。そのままぐるっと強制的に体を回れ右された私は、成すすべもなく阿隅に背を向けて雪白くんとその場を離れた。
よくわからないけど、今はきっと何を言っても無駄だろうし、雪白くんが止めてくれてよかったな。
それにしてもなんで阿隅はあんなに怒ったんだろう。いつもはどんな人にもあんな態度取らないのになー。
小さいときに一回、私と仲良しだった男の子と大喧嘩したときくらいかな…。
暗い気持ちを振り払いたくて懐かしい楽しい思い出を思い起こそうとする。
そういえば、あの男の子いつの間にか会わなくなったけど元気かな…お守りだってかわいい木で出来た狐のキーホルダーをくれたっけ…。
そんなことを考えているともう目的の喫茶店に着いた。
店員さんに促されるまま店の奥へと足を進めていく。
私がぼーっとしてる間に雪白くんが注文まで済ませてくれていたみたいだということを店員さんが私の目の前にかわいらしい葉っぱの模様が描かれたマグカップを置いたことでやっと気が付く。
辺り一面に広がるココアの甘い香りと可愛らしい食器、そして添えられたカラフルなマカロンというオシャレのフルコースに思わず目を輝かせてしまう。
私はこっちを見ている雪白くんに気が付き、お礼を慌てて言うと、雪白くんは口の端だけふっと持ち上げて笑い、「どうぞ」でもいいたげに手を差し出した。
そしてマグカップに口をつけほっと一息ついた私を見て満足そうに目を細めるのだった。
「…阿隅と話せなくて残念だったね。力になれなくてごめん」
「いや、色々実りはあったよ。ありがとう。
ここに来たのはそのお礼も兼ねてるから心配しなくていい」
ホッと一息ついたところで、私のせいで二度も怒鳴られることに巻き込まれてしまった雪白くんに謝罪をするが、そんな私に雪白くんはやわらかく微笑みながらそう言って目の前のティーカップに口をつける。
目を伏せると長いまつげが目の下に影を落とす。
雪白くんは、紅茶で喉を潤すと口元を白いハンカチで拭ってまた話し出した。
「僕は怪異絡みの事件を調べてるんだ。人以外の存在を見張るのが家の仕事で…ってさすがにここら辺は嘘っぽいか。…別に信じてくれなくてもい」
「かっこいい!お家の事情で髪を伸ばしてるって言ってたけどそういうことだったんだ」
「…ありがとう」
かっこいい!と思ってしまって反射的に雪白くんの言葉を遮ってしまったことに気が付き我に返ると、彼は目をまんまるにして驚いた後、呟くようにお礼を言った。
そして、コホンと小さく咳払いをして、いつものような落ち着いた表情に戻るとそのまま話を続けた。
阿隅が関係しているかもしれないことや、おばさんの様子が変だったことも怪異ってやつの仕業の可能性があると、私にもわかりやすく説明してくれた。
「出来るなら君にもう少し協力をして欲しい」
「よくわからないけど、いいよ。
それで阿隅が、助かったり変な目に遭わなくなるのなら」
即答した私を雪白くんは驚きの表情で見つめていたが、私の言葉を最後まで聞くと「ありがとう」と優しく微笑んで手を差し伸べてきた。
私はそのまま雪白くんと握手を交わし、明日の朝に図書室で会おうと約束をして帰路につく。
家に着いてお母さんに学校のことを色々聞かれたりしてなんとなく誤魔化しながら「なんか大変みたい」と雑な会話を交わす。
お風呂にも入り、ふかふかのベッドに横たわると携帯用の小型タブレットを確かめる。
あんなことがあったからか、阿隅からはなんの連絡もなかった。
私から連絡するのも気まずくて端末を枕の下に押し込み天井を見る。
「阿隅…大丈夫かな」
私の声に返事もあるはずはなく…そのまま真暗な空間に吸い込まれていく。
ぐるぐると今日会ったことを考えながら私は目を閉じた。
「…物の怪を裁くには…そいつの形と因果と名前を定めないといけない」
「うーん名前なら…なんか殺人おばけとかじゃだめ?」
「…危機感がないな君は」
「だめかー」
「名は存在を縛り、理に沿わせることが出来るもの。適当に考えた名前より、古からなるべく大勢のヒトに使われている名の方が…効果がある」
「えー!適当って!ひどい!」
「…
色々なことが一気にありすぎてまだ混乱をしているけれど、私は今大変な状況だということだけはわかっている。
急に殺人事件が起きて、クラスで少し浮いている近寄りがたいミステリアスな美少年に話しかけられたかと思ったら、今は妖怪?物の怪?に襲われてるなんて誰に言っても信じてもらえないだろう。
目の前で起こっていることを少し他人事のように眺めながら私は頭の中でゴチャゴチャに絡まってる物事を整理するために思いを巡らせた。
※※※
私は、基本的にクラスではひとりぼっちだった。
クラスで浮いている人は私だけではないけれど、ミステリアスだからとか近寄りがたい雰囲気だからという理由で浮いている美少年とは違って、軽いイジメ…というほどでもなく、なんとなくみんなから距離を置かれているという感じが近いのかな。
髪の色がみんなと違うって理由で浮くのは慣れていたけど、今の学校は校則が緩いせいか私の赤っぽい茶髪も目立たなかった。
ただ、仲良くしている友達が、悪いうわさがあるというなんだかよくわからない理由で、私は特に気にすることなく学校に通っていた。
その私が浮いている原因でもある友達は、たった一人。
雪のように真っ白な肌に肩の長さに切り揃えられた艶のある黒い髪。スラッとした長身のモデルみたいな女の子だった。
阿隅とは幼馴染で、幼稚園の男の子に髪の毛の色が変だといじめられて泣いていた私に「夕日の色みたいで綺麗だね」って言ってくれたのがきっかけでそこからずっと仲良しでいる。
彼女は、去年のクリスマスくらいに病気をして学校を休んでいたけど、春になってからは学校に来はじめて、冬休みも目前となった今では悪いうわさも気にせずに元気に学校に来るようになった。
残念ながらクラス替えで別々のクラスになってしまったけど、今でも仲良しで…というか阿隅も友達が出来ずに毎日私の教室に来て、私の席で一緒にお弁当を食べて過ごしている。
クラスで話す人がいないのは少し寂しいけど、それでも大好きな友達の阿隅がいるので辛くはなかったし、阿隅が援助交際をしているとか、男を誑かしていて陰では援助交際で稼いだお金で贅沢をしているといったうわさで盛り上がるなんて嫌だったからそれでよかった。
そんなある日の朝、なんだかざわざわしているなと思いながらも教室に入る。
いつも、よそよそしくも挨拶をしてくれる数人すら私に気が付かないくらい何かの噂に熱中しているようだった。
誰も話しかけてくれないし、私もそんなに人に好かれているわけではないし自分から話しかける気分ではないなーって感じなので、クラスのあちこちで数人で固まって話される噂に聞き耳を立ててみる。
物騒なワードが並んでいることを整理してやっと朝、黄色と黒のテープが阿隅のクラスの前に貼ってあることの合点がいった。
さすがに私も周りに注意し無すぎなのでは?思い出すと、確かに阿隅のクラスの前には異常なまでの人だかりがあって先生たちが大きな声で体育館にいくようにと生徒を誘導していた気がする。
少しして、私たちも先生の指示で体育館に集合になった。
緊急の集会と言われ呼ばれた体育館では、先生たちも顔を真っ青にしてコソコソ話しながら並んでいるし、みんなもソワソワするのかざわざわとし続けている。
そんな中で、校長先生がやけに頻繁に汗を拭きながら何が起きたのかを言葉を選びながら話をしていた。
聞き覚えがあるなーと思ったけど、多分阿隅の中学時代の元カレだった気がする。
ただでさえ変な噂があるんだから、これ以上阿隅に悪い噂が立たないといいなー。さすがにそれはないかな…と嫌な予感を振り払うように校長先生の話に耳を傾ける。
死に方までは校長先生も話さなかったけど、朝一に登校してきた不幸な阿隅のクラスメイトからの目撃談はとっくに全学年に広まってしまっているようで、特に話す友達がいない私まで秋雨くんが体を縄のようなもので縛られ内臓をぶちまけて死んでいたという凄惨な殺され方をしたことは知っていた。
どう考えても事件だということで、すぐに警察が来るらしい。マスコミなんかも来るかもしれないので余計なことは話さずにいることと釘を刺されて、私たちはホームルームの後すぐ帰宅ということになった。
阿隅はそういえばなにをしてるだろうと体育館を見回していると、ブルブルと携帯用の小型タブレットがブレザーのポケットの中で震えた。
列を外れて廊下の端っこでこっそり通話に応答ボタンを押すと阿隅の声が聞こえてきた。
学校に休む連絡を入れようとして事件があったのを知ったようで私に連絡をしてくれたと聞いて、私は阿隅がこのゴタゴタに巻き込まれていないことにホッとした。
「なんか…大変だね」
「ありがとう。そうやって心配してくれる
そういってもらえるだけで、クラスで少し孤立気味でも阿隅と友達でいられてよかったと思える。
すごい事件があって落ち込んでいた気持ちも少し薄れた気がして、少しだけ軽い足取りで教室に戻る。
でも、そこで耳に入ったのは阿隅の名前だった。一気に最悪な気分になる。
「ねぇ!やめようよそういう根も葉もないことで阿隅の名前を出すの!学校にこれなくなったらどうするの?」
最悪な気分になりすぎて思わず大声でそう言った私に一斉にクラスのみんなからの注目が集まる。
いい機会だと思って思ってることをぶちまけようと息を深く吸ったところで急に肩を掴まれて私はそのまま廊下へと連れ出された。
「もう!邪魔しな…
文句を言ってやろうと勢いよく振り向いたところにいたのは
濡れた鴉みたいに艶々して真っ黒な長い髪は一つに纏められて肩から前に無造作に垂らされていて、動くとサラサラと揺れるその綺麗さと、オシャレな雑貨屋さんなんかで焚かれていそうなお香っぽい香りで怒っていた気持ちがどこかに飛んで行ってしまう。
うちは進学校でもないけれど、校則は緩いほうなのもあって男子でも髪を伸ばしたり、染めている人もいる。そんな中でも月城くんが異彩を放っている理由は、多分さらさらツヤツヤの綺麗な黒髪と、小さいときは女の子に見間違えられたんだろうなと思うほどの綺麗な顔立ちのせいだと思う。
他人に関心がないほうの私ですら月城くんのことは一年生の頃から「近寄りがたい絶世の美少年」として知っているし、家の事情で髪を切らないということも誰から聞いたのかわからないけど何故か知っているくらいの有名人だ。
「
「え?あ!あ、うん」
わーやっぱり綺麗な顔だなーなにこのお肌…真っ白だし毛穴も目立たない…ひげとか生えるのかな…。
キッチリと校則通りに品が良く着こなされているブレザーとYシャツの一つだけ開けられたボタンから覗いている紫のツヤツしてる綺麗な不思議な形をした石も、お家の事情で身に着けているものなのかななんて失礼にも彼を凝視して考えていたところに、急に阿隅の名前を出されて驚いてしまった。
「ちょっと心配なことがあって夕乃さんに会ってみたいんだけど、都合付けられるかな」
「心配なこと?」
「確信が持てるまで詳しくは言えない。僕のことを信じてほしい」
怪訝な顔を浮かべた私の手を自然に取りながら、月城くんは私の目を見つめてそう言った。
透き通るように綺麗な灰色の瞳と、綺麗すぎる顔に圧倒されて私はついうなずいてしまった。
今日は阿隅のお見舞いに行こうと思ってたしちょうどいいかな。
でも、よく考えたら阿隅の家にいくのって久しぶりだなぁ。いつから行ってないのかな。もう1年近く行ってない気がする。
「じゃあ、つ…月城くん…?今から行くけどついてくる?」
「ありがとう日呂さん」
美しさに圧倒されたのと、初めて話すこともあって少し挙動不審になる私に、握ったままの手を胸元へ持ち上げてぎゅっと力を込めながら月城くんは微笑んで頷いてお礼を言ってくれた。
なにもしてないのに一気に疲れた気がする。あんな綺麗な顔を間近で見てたらなんか緊張したし。
「あ、あと、
手を放してスタスタと歩き始めた月城くんは何か思い出したかのようにそれだけいうとまた歩き出した。
「え?」
「僕も、日呂さんのこと朱音って呼ぶから。じゃ、行こう」
特になんの理由も話されないまま、雪白くんは了解は取ったしとでも言わんばかりにどんどん先へ歩いていく。
私は混乱しながら雪白くんの背中を小走りになって追いかけた。
※※※
雪白くんは考え事をしてるのか、難しい顔をしていたこともあって特に会話らしい会話もなく、私たちは阿隅の家であるアパートの一室の前に到着した。
何かを探すように辺りを見回していた雪白くんは、私の視線に気が付くと、気にしないでチャイムを押せと言わんばかりに手の甲でシッシと私にジェスチャーを送る。
さっきから思ってたけど、ミステリアスで王子様みたいだと思ってたけど、たまに行動が雑な部分がある。
ミステリアスで王子様みたいな態度は演技なんだろうか…とつい無駄なことを考えてしまう。
チャイムの音が響き、近付いてくる足音が微かに聞こえる。
ドアから出てきたのは阿隅のお母さんだった。以前は久しぶりにあったおばさんは私の顔を見てとても驚いているようだった。
「お久しぶりです、おばさん。
阿隅って今部屋にいますか?」
「あ…朱音ちゃん…え?阿隅に会いに?
…今なんて?」
「阿隅になにかあったんですか?」
最初はわけがわからないといったような顔をしていたおばさんの顔が徐々に険しくなっていく。
なにか機嫌を損ねるようなことをしてしまったんだろうか…と心配になり、「ただ今日病欠してる阿隅さんのお見舞いに来ただけです」と伝えようとしたが、言葉の途中でおばさんの剣幕に遮られた。
「冗談のつもりならやめてちょうだい!二度と顔を見せないで」
おばさんはそう怒鳴ると怒っているのか泣いているのかわからないような顔でドアを思い切り締めた。
バァンという大きな音が響きわたり、私は呆然と立ちつくす。
「ごめんね雪白くん。阿隅に会えそうもないよ」
「こうなるのは予想出来てたし、謝らなくていいよ。
とりあえず落ち着いて話せるところにでも移動しようか」
ショックを受けている私とは対照的に冷静な雪白くんに連れられて駅前の少しオシャレでリッチな喫茶店に向かう。カフェというよりも喫茶店。
ミステリアスな美少年と、そのあとをトボトボと項垂れてついていく平凡な女子高生の私というちぐはぐな組み合わせのせいか、やけに視線を感じる気がして、さっきのおばさんに怒鳴られたショックも相まって余計顔をあげられなくなる。
「あれ?朱音、どうしたの?」
聞きなれた声に、項垂れていた頭をピョコっと持ち上げて立ち止まった私は、辺りを見回した。
先を歩いていた雪白くんが急に止まった私のせいでつんのめったあと少し後ろによろけるのを横目に見ながらキョロキョロしていると、こっちを向いて小さく手を振っている背の高い女の子が目に入った。
「阿隅ー!心配してたよー」
私はそう言って可愛らしい白いマフラーと淡いピンクのコートに身を包みながらニコニコと微笑んでいる阿隅に駆け寄っていく。
彼女は、病院に行った帰りになんだかすごく項垂れながら歩いている私を見かけたのでつい声を掛けてしまったと笑いながら話してくれた。
元気そうでよかったと少しホッとしながら私はさっきの出来事を阿隅に話す。
「おばさん怒らせちゃったみたいで…。ごめんね」
「いいのいいの。最近機嫌悪いんだ。更年期かな。お母さんにはあとで私から話しておくよ」
風邪も大したことがないようで、いつも通りの笑顔を向けてくれる阿隅にほっとする。
少し談笑して一息ついたところでコホンと咳払いが聞こえる。そうだ雪白くんがいたんだったと思い出して帰路につこうとする阿隅を引き留める。
「あ!あの、こっちクラスメイトの雪白くん。阿隅と話したいんだって」
「…初めまして。日呂さんのクラスメイトの月城雪白です。
少し気になることがあったので彼女に紹介を頼んだんですが、お話しをさせていただけますか?」
何かを警戒しているかのように私の後ろから一歩も動かないまま雪白くんは丁寧に自己紹介を始める。
三人で喫茶店かーと呑気に思って阿隅を見たが、三人で喫茶店に行くことはなさそうだと瞬時に悟ってしまった。
なぜなら阿隅は、さっきまでの笑顔とは打って変わって、見たこともないくらい冷たい目で雪白くんのことを睨み付けていたからだった。
「きっとどうでもいいことだもん。興味もない。話さない」
冷たく言い放って背を向ける阿隅の手を取って私はなにかを言おうとするがうまく言葉が出てこない。
きっと勘違いをしてるんだ。悪いうわさばかりをされて、今日だって学校では阿隅の名前がささやかれていた。
私も今日ちゃんと話しただけだけど、でも、雪白くんは教室で噂話に加担するようなことは見たことがなかった。だからそんなことしないと思うって伝えたくて、阿隅に説明をしたかった。
「阿隅のことが噂になってて…それで雪白くんが力になりたいって…」
「私はそんなやつなんかの助けはいらない!朱音が話してくれればそれでいいの。余計なことはしないで」
やっとのことで絞り出した言葉も、感情的になった阿隅に遮られてしまう。
その勢いで振りほどかれ行き場を失った手は、どうしていいかわからない私の気持ちと同じようにぶらんと力なく垂れた。
私のことを涙ぐんで見つめる阿隅の誤解を解きたくてなにかいわなきゃと口を開こうとした瞬間グイっと手を引かれ体がよろめく。
「わかった。行くぞ朱音」
よろけるのを受け止めるようにするっと雪白くんは、私の肩に手を回す。そのままぐるっと強制的に体を回れ右された私は、成すすべもなく阿隅に背を向けて雪白くんとその場を離れた。
よくわからないけど、今はきっと何を言っても無駄だろうし、雪白くんが止めてくれてよかったな。
それにしてもなんで阿隅はあんなに怒ったんだろう。いつもはどんな人にもあんな態度取らないのになー。
小さいときに一回、私と仲良しだった男の子と大喧嘩したときくらいかな…。
暗い気持ちを振り払いたくて懐かしい楽しい思い出を思い起こそうとする。
そういえば、あの男の子いつの間にか会わなくなったけど元気かな…お守りだってかわいい木で出来た狐のキーホルダーをくれたっけ…。
そんなことを考えているともう目的の喫茶店に着いた。
店員さんに促されるまま店の奥へと足を進めていく。
私がぼーっとしてる間に雪白くんが注文まで済ませてくれていたみたいだということを店員さんが私の目の前にかわいらしい葉っぱの模様が描かれたマグカップを置いたことでやっと気が付く。
辺り一面に広がるココアの甘い香りと可愛らしい食器、そして添えられたカラフルなマカロンというオシャレのフルコースに思わず目を輝かせてしまう。
私はこっちを見ている雪白くんに気が付き、お礼を慌てて言うと、雪白くんは口の端だけふっと持ち上げて笑い、「どうぞ」でもいいたげに手を差し出した。
そしてマグカップに口をつけほっと一息ついた私を見て満足そうに目を細めるのだった。
「…阿隅と話せなくて残念だったね。力になれなくてごめん」
「いや、色々実りはあったよ。ありがとう。
ここに来たのはそのお礼も兼ねてるから心配しなくていい」
ホッと一息ついたところで、私のせいで二度も怒鳴られることに巻き込まれてしまった雪白くんに謝罪をするが、そんな私に雪白くんはやわらかく微笑みながらそう言って目の前のティーカップに口をつける。
目を伏せると長いまつげが目の下に影を落とす。
雪白くんは、紅茶で喉を潤すと口元を白いハンカチで拭ってまた話し出した。
「僕は怪異絡みの事件を調べてるんだ。人以外の存在を見張るのが家の仕事で…ってさすがにここら辺は嘘っぽいか。…別に信じてくれなくてもい」
「かっこいい!お家の事情で髪を伸ばしてるって言ってたけどそういうことだったんだ」
「…ありがとう」
かっこいい!と思ってしまって反射的に雪白くんの言葉を遮ってしまったことに気が付き我に返ると、彼は目をまんまるにして驚いた後、呟くようにお礼を言った。
そして、コホンと小さく咳払いをして、いつものような落ち着いた表情に戻るとそのまま話を続けた。
阿隅が関係しているかもしれないことや、おばさんの様子が変だったことも怪異ってやつの仕業の可能性があると、私にもわかりやすく説明してくれた。
「出来るなら君にもう少し協力をして欲しい」
「よくわからないけど、いいよ。
それで阿隅が、助かったり変な目に遭わなくなるのなら」
即答した私を雪白くんは驚きの表情で見つめていたが、私の言葉を最後まで聞くと「ありがとう」と優しく微笑んで手を差し伸べてきた。
私はそのまま雪白くんと握手を交わし、明日の朝に図書室で会おうと約束をして帰路につく。
家に着いてお母さんに学校のことを色々聞かれたりしてなんとなく誤魔化しながら「なんか大変みたい」と雑な会話を交わす。
お風呂にも入り、ふかふかのベッドに横たわると携帯用の小型タブレットを確かめる。
あんなことがあったからか、阿隅からはなんの連絡もなかった。
私から連絡するのも気まずくて端末を枕の下に押し込み天井を見る。
「阿隅…大丈夫かな」
私の声に返事もあるはずはなく…そのまま真暗な空間に吸い込まれていく。
ぐるぐると今日会ったことを考えながら私は目を閉じた。