第4話 人と自分のなかで

文字数 989文字

 そう、いのち… それは、なまなましいものだと思う。
 こどもだった僕がおとなになり、一児の父になったりもした。妻の出産に立ち会った時は、ぬめぬめと、何やら怪奇な物体── それがいのちだったのだが、を目の当たりにした気もする。でも、それより、ただ嬉しいというか、妻がたいへん苦しがっていたので、ああ、よかったと思った。
 祖母の死のさいは、その口に脱脂綿のような含まれていて、ああ、おばあちゃん、これじゃ苦しいだろうな、と思った。
 生まれた時も、死ぬ時も、当の本人には、きっとその記憶はないだろう。生きている最中に、その記憶はつくられる。
 そして老い、死にさいせば、その記憶も失われていく。うまれてきて、まもなかった時と同じように。

 もし魂というものがあるとしたら、… それが受け継がれていく記憶の一種のようなものであるとしたら、つまり忘れたくない、忘れてはいけない、いのちがあらわし、いのちにあらわされる何かであるとしたら… 今生きているものとして、死んだ後も、あとの生に、無形に埋め込まれていてほしいものがある。
 生きる意味、うまれた意味は、平和な世をつくるためにあるということ。これが、ワガママでどうしようもないこどもだった僕の、今のところの結論めいたものだ。
 それには、個々ひとりひとりがまず、穏やかなこころで、日々を暮らすことだ、と、いつも書いているようなことをまた言う。
 すぐ忘れてしまう自分への戒めもある。忘れなければ、生きにくいことも、知ったつもりでいる。でも、自分のいのちの訴え、ぼくが訴えるのでない、ぼくが訴え

もの── 自分を自分として立たせてきたようなもの、それをいのちと呼びたい、それは正体不明で、わけのわからないものだけれど、僕はそれ以外に、あまりアテがなさそうなのだ。

 もし神やら悪魔がいるのなら、どうしたところで人間のなかに在るとしか思えない。あとは、きっと理解のできないものばかりだ。そしてそれが、この世をつくった創造者、何か大いなる自然、のような気がする。
 たぶん僕も、もうすぐ自然に還る。それまで、なるべく、できる限り静かな、穏やかな気持ちでいたいと思う。
 何となく、自分の今までしてきた悪いことを書こうと思って始めたが、時効になったものが多かったように思える。あとは、それを引きずっていくのか、引きずられていくのか、野となれ山となれ。
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