第3話

文字数 2,548文字

そこにあったのは、巨大な円形の物体だった。真ん中に据え付けられた円形の液晶パネルから、四本の腕のような、脚のような鉄の棒が伸び、その先にまた鉄でできた円の輪が取り付けられている。「ほし」って、こんなにも奇妙な形をしているのか。魁がそう思ったのも束の間、また奇妙なことが起きた。真ん中の液晶が黒い色を少し薄めたかと思うと、ぱちん、と音を立てて、二つの細長い楕円形のものを映し出したのだ。それはビーズのように小さくて白い円を中に持っており、魁の目にも両の瞳のように見えた。
「ーーーCd-15、Ht-23、Yg-03部、損ン傷ゥ。Hc-08、Sl-24部、オペrrrrえーション不可nオウ。ーーーあラ、こnnnいちは」
奇妙なことの連続で、魁は「ほし」が喋り出しても、ついに驚きはしなかった。ただ最後に挨拶をされたような気がして、「……こんにちは」と言葉を絞り出した。もう目が合ってしまったからには、ここから逃げ出すこともできない。怯えている魁の心情を察してか、「ほし」は液晶の愛らしい顔を微笑みに変えて、優しい声音で話しかけた。
「きミ、すてきなacckkaさをもっっっっtえゐるねゑ」
「あなたは、『ほし』ですか」
「ほし」の言葉を聞き取ろうとする前に、魁は自分の心に燻っていた好奇心を抑えることができなかった。「ほし」は楕円形の目を綺麗な円形にして、瞬きを一つ打って見せた。
「わaaaたしhiわほしだよ。でも、きっっっっtとキみののののぞnだほしでwaない」
「僕の、望んだ『ほし』ではない……?」
「そウ。wqたしたchiiiは、ふぃぃぃとにつuuuくuあっっrえたほし」
「ひとに、つくられた『ほし』」
魁は、「つくられたほし」のいうことを、一つ一つ解読するように呟いていった。そのたびに、「ほし」は優しく瞬きをした。
「わたslいは、ひとぅnおおほしぃなaaaて、うtcゆうをたゔぃiiiiしてkiた。そのたbii
ぃで、ふぉnoとぅのほしwoooみぃっっkえた」
「ほんとうの『ほし』を見つけた……?」
「ほし」の真ん丸の瞳が、嬉しそうに何度も瞬いた。だが、魁の足元の近くで、ぱちぱちと弾けるような音がして、細い鉄の輪と腕の連結部分が崩れていった。赤や黄、青といった虹のような色のコードが何本も剥き出しになり、雨にさらされるたびに火花を散らす。液晶の顔は微笑みをやめ、戻ってきた楕円の瞳には焦燥の色が浮かんできた。
「aァ、あcうなくぃz。あnnnおこcおぐあkぁ……まもるっっkygあ、」
いよいよ、「ほし」の言葉が聞き取れなくなってきた。魁はノイズの走る液晶パネルと、激しく飛ぶ火の粉がなんだか怖くなって、「ほし」から少し離れた。黒い傘が少し揺れて、魁の顔に光が直射する。その熱さと眩しさに、思わず眉間に皺を寄せたとき、液晶の顔は希望を見出したかのように、魁につぶらな瞳を合わせてきた。
「きいいKimみ……そooonおっかっっさでlえ、Ge-10部おっsあcいhtfdて。っみづnいいiitecko、ぬnうhbえnあsだあういyおhgに」
魁には「Ge-10部」も、「htfd」も、「iitecko」のこともまるでわからなかった。それでも、どうやら「ほし」は、苦しんでいる。そして自分の傘を欲しているらしいことは、なんとなく察した。「ほし」に恐る恐る近づいていくと、虹のコードが飛び出しているところの、腕の辺りに傘の柄をかけた。雨粒と一緒に弾けた火花は、水気をなくして少しだけおさまった。魁は胸を撫で下ろしたが、今度は別の部分、魁のちょうど真後ろのパーツが勢いよく弾けた。魁が驚いて振り返った瞬間には、小さな爆発を起こして、魁の体は軽く飛ばされていった。
幸運にも足から着地して、腹から上は地面に少し打ち付けたばかりだった。それでも、足に衝撃的な痛みが走って、立ち上がる気力もわかない。傘を失った今、まだ強く照りつけ続ける光が、守られていない顔をまた刺激し始めた。あつい。痛い。あつい。雨に濡らされた地面に顔を押しつけて、やっと熱さが凌げるくらいだ。汗と涙が混じって落ち、水溜りに流されていく。魁は滲んだ視界で、やっと「ほし」の姿をまた捉えた。「ほし」も、苦しそうに顔を乱しては、声にもノイズを一層走らせる。だが、魁の視線に気づいて、また拙い言葉を紡いだ。
「あぃlいあがっっとう」
ありがとう。魁の耳にはそう聴こえたような気がした。魁は「ほし」の無事が知れるなら、そのさいごの言葉は何でもよかった。だから、そのさいごの一言に、魁も救われたような気がした。だが、「ほし」はまた言葉を続けた。魁はまた耳を必死に傾けたが、その声音は先刻の優しいものではなく、冷たく、機械的になっていた。
『Ge-10部、コアの損傷を確認。診断結果、損傷率十五パーセント。修復可。メモリ部の損傷を防ぐため、コールドスリープモードに移行します……』
この声に、魁は何だか胸のあたりも痛くなるような心地がした。急に寂しくなって、こわくなって、語尾のはっきりしない、掠れた声で叫んだ。
「あのっ……もっと、知りたぃよ。ほんとの「ほし」のこと。お願い……っ、」
『-.-../..-.-/-./..-./.-../../..-.-/.-.--/.-/-.--./-..-./..--/-.../.-.-.-/.--./...-/--./-..-./..--/..--/---./.../-.-./.-.-.-/.--./...-/--./-..-./..--/..--/-../--.-./---./..--/---./.../..--/-/----/..-/-.-./.-.-.-/-../.-.-./..-../..-/..--/---./.../.-../../.-.-.-/-../--.-./.-../../--.--/-.--.』
魁の最後の欲張りに、「ほし」は応えたつもりだった。けれども、魁は「ほし」の不思議な数十回の瞬きが、信号になっているとはわからなかった。液晶は、さいごに底辺のない三角形を二つ描いて、ぷつりと消えた。雨はまた強くなって、魁の熱を帯びた体を、静かに冷やしていった。

小さな魁には、結局、まだまだ知らないことばかりだったのだ。
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