陽の当たる切り株

文字数 800文字

 ブランコに座ったまま寝てしまっていたようだ。嫌な夢だった。心臓がバクバクと鳴っているのに気づく。思わずため息をつく。脚が痺れて地面に長く根を張っているかのように動かない。そして根はこの場所から思い出を吸い上げ、機械的に脳裏に運び続けている。頭痛がする。立ち上がれるようになるまで前屈みの体勢になっておこう。

 あふれ出る記憶を反芻してみる。決していい味ではない。あの時の僕は、T君の不器用な優しさには気づくことができなかった。たぶん高校生くらいまで優しさを受け取る器ができていなかったと思う。人が優しさから行動するとき、その人は無防備にならなければいけない。そして僕は無防備なT君を攻撃し、深く傷つけた。

「すみませーん。」

 声がして、感覚が戻ってきた足にサッカーボールがぶつかった。顔を上げると男の人が子供の手を握って駆け寄って来るのが見えた。

「こいつ、リフティング下手くそで。」

「いえいえ。僕なんて2回しかできませんから。」

 立ち上がってボールを蹴り返したとき、あることに気づいた。再び心臓が鳴り始めた。

 その人は帽子を逆に被っていた。

「ありがとうございます…こちらにお住まいで?」

「いえ、ちょうど帰省で。高校の同窓会があるんです。」

「へえ、いいですね。集まるの、久しぶりなんですか?」

「ええ、ちょうど15年ぶりで。ちょっと緊張してます。」

「15年前に高3ですか。たぶん私と同い年かもですね。」

 気づいているくせに相変わらず不器用だ。

「奇遇ですね。よかったら連絡先でも交換しますか?」

 僕はそういってあの切り株を指さす。

「何言ってるんすか。そんなに何個も同じ連絡先いりませんよ。」

 彼の声は震えている。

「パパ早くサッカーしようよ。おじさんも混ざる?」

 子供が言う。

 山辺第四公園。無邪気にはしゃぐ影が3つ。子供と、過去を取り戻したかつての子供たち。その風景を見守る切り株には陽が当たっている。
 
 終
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