第9話 旗揚げ

文字数 5,243文字

「そのような。」
 カーペンターは、絶句したように見えた。しかし、ロジャーには彼が驚いているとは思えなかったし、この小男が考えあぐねるとは思えなかった。そのため、
「カーペンター殿。貴殿のことだ、なにがしかの策なりは、準備していたのではないか?」
と尋ねた。
 カーペンターは驚いたように、体を大きく動かした。エレナが、促すような視線を向けると、
「お恥ずかしながら、大したことは出来てはおりませんが。」
と前置きをして説明を始めた。エレナの家臣や使用人も彼女の失脚とともに解雇されたり、罪を問われて逃亡した者が出た。彼女の元に行くつもりだった者達を保護し、彼女の失脚に反対して追われた者達を密かに匿った。ロジャーの領地から逃亡し、彼に合流しようとしていた魔族や家臣や使用人も保護し、領地内に残る使用人や魔族達の世話するよう、人を介して依頼していた。
 200人以上の人数を、これで調達できる。実際に戦力になり得るのは数十人、後は後方支援等にしかならないが、それはそれで必要不可欠である。武器は、この戦いでの敵方の戦死者が身に着けていたやつから引っ剥がしたものを充当すれば、取りあえず何とかなる。しかし、糧食、資金の方はというと、“あそこでため込んだ分とその他…。雀の涙か。カーペンターに出させようとしても、十分なものは無理だろうな。”ロジャーは、今さらながら悩んだ。“兵力”を予想外に得たが、それがかえって負担になった。計画では、ロッカが集めた人数を含めた人数で、まずは旗揚げをするつもりだった。自分の領地を取り戻してから…、これは自分一人でもできる、そこから次第に…、そううまくいくとは・・・。
「バディ。」
 マリアが彼の考えを読んで声をかけた。
「現地調達しかあるまい。兵力が多くなった分、一気に進めればよかろう。今は、ことを早く進めなければならないだろう。」 
“綱渡りになってしまうが。…。”マリアも彼と同様不安ではあったが、どちらかを選択しなければならないのだ。
「時こそが最大の利点だからな。ここで予想外の物を得た、兵の見込みもできたわけだからな。」
 自分自身に言い聞かせるように言った。マリアも頷いた。彼女も同じ思いだった。ロジャーは、ジョナサンとエレナの方を見た。
 エレナはジョナサンの手を握った。
「座して待っても、家臣達も、使用人も、国も救えません。」
 厳しい表情で答えて、少し不安そうにジョナサンを見上げた。
「妻を助けるのが夫の役割ですから。それに、このまま侵略されるのも我慢できませんし。」
“仕方がないですよ。まあ、仕方がないですよ”と思いつつ、エレナの顔を見た。“ふん。あなたらしいわね。でも、ありがとう。”微笑みを返した。そして、彼女は、禿ねずみを睨むように見た。彼は驚いた風で、
「出来るだけのご助力をさせていただきます。」
 立ち上がって、大きく彼らに頭を下げた。“最小限にしかならないだろうがな。”と4人は思った。彼の立場上、それ以上のことは求められないことも理解できたし、彼が今の地位を失っても困るとも思った。情報源も、国への足がかりを失うからだ。
「それでは、直ぐに!」
数日後。二隊に分かれて、禿げねずみの管轄領域をでて、一隊は魔界との境界辺りに沿ってエレナ王女の元直轄領、ロジャーの領地の方向に進んだ。ロジャーとマリア達と、魔獣が徘徊する辺境を強行軍できる面々。もう一つは、戦闘力のある者達と荷物を運ぶもの達などで構成され、商隊を装って通常の街道を進む。エレナ王女の元直轄領内などにいる、禿げねずみが保護している連中には彼から伝令が送られた。ロッカにも、事前に打ち合わせを行っていた方法で連絡した。マリアの直轄領へも連絡を送っていた。
 元々エレナの直轄領であり、城も、中にいる役人も将兵も、元々は彼女のものであったから、どこから侵入しやすいか、侵入を手引きしてくれる人間を探すのには苦労はしなかったし、カーペンターが事前に作っていた連絡網があり、実行すればいいという状態だった。代官には、少数のその近臣達、護衛隊しか頼りになる者はいなかった。ロジャー達が援護しながら、エレナが先頭になって進んだが、殆ど抵抗する者はいなかった。かえってひれ伏し、中には積極的に加わった。中央の大広間に、代官とその近臣達、それを囲み、守るように、護衛隊が待ち構えていた。
「罪人の売女だ、捕まえろ!」
 代官の叫び声が虚しく響きわたった。代官の家族を含めても50人程度である。後ろから、魔道士らしき男が1人現れた。ひときわ大きいオーガの戦士2人と聖剣を持った護衛隊長が前に出た。彼にとっては特大のはずの火球が簡単に中和され、気がつくと、魔道士は炎に包まれて断末魔の悲鳴を上げており、護衛隊長はその聖剣ごと真っ二つにされ、オーガの戦士の一人は壁にめり込んで、もう1人は床にめり込んで、潰されていた。それを見て、エレナが抵抗を止めれば殺しはしない旨の提案をした時には、もう全員が抵抗する気力は失われていた。
 彼をとらえると、エレナはその場で自分が決起した理由を、よく通る声で、その場にいる者に説明した。それが終わり、城内が制圧されたことが確認できると、城を出て政庁に向かった。勿論、そこでの抵抗などはなかった。そして、バルコニーに立ち、その頃にはなにか異変があったことに気がついた市民達が、バルコニー下の広場に集まりはじめていた。エレナは、ここでも自分の決起理由を蕩々と説明した。その時、群衆の中で、2人が切り裂かれて死んだ。1人は、半弓に矢をつがえていた。もう1人魔道士で、詠唱を始めていた。ロジャーとマリアの警戒魔法に引っかかり、飛び込んできた2人に瞬殺されたのだ。
「やるな。なかなかの役者だ。」
 マリアが、返り血を拭いながら、エレナの演説の感想を言った。民衆は、彼女の言葉に興奮していた。ロジャーも、バルコニーを見上げて、
「まあ、味方であれば、頼もしい女だ。」
 彼も、返り血を浴びていた。多分、こういう連中が既に送り込まれている、と考えて用心して警戒魔法を展開していたが、それが役にたった。
 あまり豊かではなく、魔界に近い辺境といえる、さほど大きい領地ではないが、彼女の母方代々の領地であり、彼女もその縁で統治に注意し、嘆願等も根気よく聴いていた。彼女は良き領主と言えた。彼女の生活費等の主要な部分が、国庫や他のもっと豊かな領地(収入だけを受け取るだけで、国の直轄領)。そういう関係だから、そうではない異母妹とは、領民の思いが異なる。このため、彼女の復権は歓呼の中て迎えられた。それが成功するのを見て、ロジャーとマリアは、飛翔魔法でロジャーの領地に飛んだ。魔力を消費するため、あまり使いたくないが、時間が勝負だったからだ。大した兵力がいなかったために、短時間で全ては終わった。事前に兵を配していたこと、ロジャーへの忠誠心が強く残っていたこと、そして、代官が元エレナ王女領の代官を頼ろうと、早々に逃げ出してからだ。途中で捕縛して、取り調べが終わった後、牢にぶち込んでいる。
「趣味のいい風呂だな。」
 数人で入っても、ゆったりとできる浴槽に浸かりながら、マリアが言った。奪還したロジャーの館の風呂に、2人は入っていた。領内の把握、彼の家臣、使用人達の行方の確認、救出、訴えごとの聴取、兵の整備、統治体制の再建やら、忙しく動きまわっていた。マリアは、ロジャーを手伝いつつ、魔界の自分の配下との連絡などもしていた。その間、執務室で仮眠、食事するという状態だった。その間に、使用人達が、彼の寝室や浴室の掃除などをして、何時でも使えるように準備しておいてくれていたのだ。
「魔界にもあるだろう?」
 彼女の向かい側に、ロジャーは湯に浸かっていた。
「あるが、何ごとにも大雑把でな。とにかく体を洗う、湯に浸かるためだけという感じで、それでいて、ゴテゴテと彫刻やらを彫りまくってな。」
 体を洗うにも、浴槽に浸かるのも、採光も、彫刻も、壁画も、全て気持良くなるようになっている、ここは。
「まあ、人間は、と言っても、シルバーランドの王宮の風呂は、趣味は悪かった。一応、ここは入念に、私自身が手を入れたからな。」
「そうか。」
 それから、彼女は少し睨んで、
「1人で入るのには、広すぎるのではないか?」
 ロジャーは、ギクリとしたが、
「残念ながら、それ程前に完成したわけではないから、私自身もさほど使っていない。」
“まあ、共に入ることを想定していたし、相手は誰にするかと考えた、勝手に悩んでいたな。”その時のことを思い出すと、甘酸っぱい思いの次に、苦い思いが浮かび上がった。自分と湯に浸かる二人の女が、そのどちらかが、恥ずかしながらも彼の前で体を洗う姿や彼女の肩に腕をまわし、並んで湯に浸かる光景が、交互に脳裏に浮かんだ。それを思いながら、この大きさを指示したことを思い出した。それをかつて、悩みながらも、嬉しそうに考えていたことも思い出した。
「共に入るのは、お前が初めてだ。」
“これで納得してくれるかな?”不安だった。“どうだか。”とマリアは思ったものの、また、“魔界の風呂ではどうだったんだ?1人で入っていたのか、それとも、誰かと一緒だったのではないか、侍女以外に?”と切り返えされかねないので、それ以上追及するのは止めた。“こいつは焼き餅を焼き過ぎだからな。”2人は心の中で、溜息をついた。
「明日、出発するのは我だけでもよいぞ。ここでやらねばならぬことも多いしな。」
「確かに、やっておきたいことは、まだいっぱいあるが…。」
 接っしている魔王、マリアの元直轄領、彼女の元に集うグループが、決起の準備をしていたが、いよいよ機が熟した、それもあるが、そろそろばれそうだ、統治体制を固められる前に、という条件が大きかった。他方、ロジャーの領内でのことはいっぱいあるが、特に武備が不足していた。代官の護衛隊から捕獲した分や館の奥の倉庫の分があるが、代官が反乱などを恐れて、没収、放棄したためだ。一応はある、しかし、矢の予備等が不足していた。手配しているが、時間がかかりそうだった。
「一緒に行く。私とお前の一緒になっての戦力は大きい。それを半減以下にするのは危険だ。一つ、一つ、二人で目の前の敵を潰していこう。」
「そうだな。お前と我が共にいるというのが、あいつらには予想外のことなのだからな。」
 二人は肯きあった。
「そろそろあがるか、のぼせてしまう。」
「そうだな、あ!何をする!」
 ロジャーは、マリアを素早く抱き上げた。マリアは、言葉とは裏腹に、抵抗はしなかった。
「このまま、寝室に連れて行く。」
「誰かに見られたら、恥ずかしいではないか?」
「構うことはない。彼らも、お前を奥様と言っていただろう?」
「馬鹿!」
 彼女を抱いて、ロジャーは浴室を出て、廊下を歩き、寝室に入った。ベッドの上にそのまま飛び込んで、二人は直ぐに唇を重ね、長い間、舌を絡ませあい、互いの唾液を流し込んだ。そして、時間をかけて、念入りになめ合い、撫で回しあってから、一体となり激しく動き始めた。大きな声で喘ぎながら、マリアは、
「お前と共に、一緒に、何時までも、な!」
 一段と激しく動き、大きな叫びをあげる、それをなんどか繰り返したり後、ぐったりとして、荒い息をしながら抱きしめあいながら、
「行きつくところまで、二人で手に手を取って行こう、戦おう。」
二人は肯きあった。
「本当は、全部取り替えて、奴らの臭いを消したかったんだけど、そういうわけにもいかないし。」
 武骨な城の中の一角に、エレナの寝室、読書室、浴室があった。飽くまで、城の中に作って、別の館を作らなかったところが彼女らしい。大きくない、城内であるから当然であるが、趣味のいい、豪華な品をやたらにはめ込むことはしていない。彼女に代わって領主になった異母妹とその母親は、ここには来ていないから、当然使っていないが、代官が彼女の空間を使っていたらしい、本来はそれは許されないことなのだが。かなり質の悪い男だったらしい。彼女達も事後処理で苦労した。この部屋に入ることなく、現場でジョナサンと共に仮眠して過ごしてきた。不足することだらけ、時間がほしいことばかりである。武備の不足が痛い。鎮圧軍が来ることが予想されるから、緊急課題だ。魔界が近いというのに、代官は何をしていたのか、エレナが整えていた武備をかなり廃棄というか、どこかにやっていた。手配しているが時間がかかる。それをしばし忘れて、ジョナサンはエレナの寝室をしげしげ見まわした。その手を引いてエレナがベッドに誘った。
「ゆっくり、本当の初夜を。あのエルフ女のことを完全に忘れさせてあげるわよ。」
「その言葉、そっくり返すよ。」
 そう言って、唇を重ねた。エレナは自らベッドに倒れた。
 二人が、ベッドを軋ませて激しく動き、エレナが喘ぎ声を大きく上げ始めるのは直ぐだった。
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