恨みの回想

文字数 2,160文字

夏の日の放課後、球技室にテニスボールが散乱していた。それが発端だった。テニス部の部長が乗り込んできて「ボールで遊ぶな」。卓球部の部長は「ボールを捨てるな」。押し問答で、もめ始める。
「まただよ」と思った私は練習しながら成り行きを見ていた。

昨日、テニス部の顧問が大量に届いたテニスボールの置き場所に困って、球技室に置きに来た。男子部女子部の両方だったから箱が山積みになっていた。のを帰りに見た。
今日球技室を開けたら、その山積みされてた箱が崩れて、壊れた箱からボールが転がり出ていた。
黄色い床になってて驚いたのなんのって。それ踏んでこけたら漫画みたいで面白いんだけど、こけた人は居なかった。
部活始めに女子部の方に転がってたのは皆で回収して箱に入れて戻した。男子部のほうはほっといた。

だから今の状況になっている。
言い合いが終わりを見せないから、頭にきていた私は返球を二人の間に叩き込む。

「いい加減にしなさい! あっ! 避けて!」

怒鳴りながら渾身の力を込めて打ち込んでいた。ボールが飛んでいくのを見て私は慌てる。その先で卓球台の下から顔が出てきたからだ。見事、ボールは額に命中。

「うわっ!」

命中したボールが下に落ちる前に、その人の手がキャッチした。
どこかから黄色い声が飛んできた。それどころじゃない。小さくて軽くてもスピードの乗ったボールは当たったら痛い。

「ちょ、ちょっと! 何でこんなタイミングで出てくるのよ! だ、大丈夫? 怪我は?」

部長達を押しのけて、私はぶつけちゃった人に向かって突進していく。ボールが当たった額を見る為、前髪を上げる。丁度しゃがんでるから額が見やすい。

(しまった。折原君じゃないか。怪我させたら何言われるか)

期待のテニス部二年生。試合に出せば必ず勝って帰ってくる。
顔と名前は知っている。毎度の部長同士のもめ合いで部長を引き取りにくる人だ。

(何でここに居る…あ、ボール拾ってたのか)

左手にテニスボールが握られていた。
前髪を私に上げられてる折原君の顔が目に入る。

(こうすると何か間が抜けて…いや、こう。こうすると笑えるな)

「あ、あの。額、どうなってますかね?」
「え? あ、あら」

両手で前髪をオールバックにしてた。当の折原君は驚いて私を見てる。私は大慌てで両手を離す。

「ごめんね。赤くなっちゃってる。保健室で見て貰って」
「なら、加害者が保健室迄同行してくれるんですよね」
「え? ぁ…はい」
「部長、もう皆コートで待ってますよ。さて、僕は保健室、保健室」

折原君が左手に持ってたテニスボールを箱に入れて立ち上がる。
折原君に腕を引っ張られる。背後から声が届く。テニス部長の声だ。

「おい、折原。お前、鹿島にちょっかいだすんじゃねぇぞ」
「はいは~いっと。部長も早く移動して下さいよ」

球技室を出ようとしたら、二年の女子達が集まってきた。私の腕が離される。そもそも、私なんかは近寄れない壁が出来てる。

「大丈夫?」
「赤くなってるよ」
「部長のスマッシュ強烈だから痛いよねぇ」
「可哀想~」

「心配してくれてありがとう。保健室行ってくるから、練習に戻って大丈夫だよ」

折原君が言うと、それだけで素直に皆、練習に戻っていく。

(凄い)

唖然としてた私に声が掛かる。

「鹿島先輩、行っきますよ~。保健室~」
「はいはい。あ。皆、ゴメン。加害者になっちゃったから保健室連れて行きます。練習続けててください」

折原君の後について球技室を出た。

「あっ、これ持ったままだった。はい。ボール」

歩きながらボールを渡された。

「ごめんね」
「ボールは人に打ち付けるもんじゃないですよ。先輩」
「人に打ってない。折原君がそこに出てきちゃったから」
「僕のせい?」
「いや…私のせい。打ったのは私だから」
「僕も避けれなかったから。すみません」
「ごめんね」
「まぁ、こんなのは保健室行かなくても大丈夫だから」
「折原君が保健室って連れ出したんじゃない」
「大丈夫ですよ」
「額、もう一度見せて。大丈夫か見るから。ちょっとしゃがんで」
「はいはい」

さっきのように前髪を上げる。額に赤い痣がある。血は出ていない。

「ここに痣ができちゃってる。血は出てないから。ごめんね」

軽く痣の部分に指を当てた。ふと折原君の視線と合った。パッと折原君が赤くなったと思ったら、スッと立ち上がる。

「痣だけだったら大丈夫」
「ごめんね」
「今日で懲りて人に打ち付けないように気をつけて下さいよ。先輩」
「うん」
「まぁ、鹿島先輩が加害者になったから、暫くは卓球部ともめないと思いますよ」
「どうして?」
「うちの部長、鹿島先輩の事、好きみたいですから」
「え? 私?」
「そうですよ。で、鹿島先輩はうちの部長が好みのタイプだったりして」
「…全然意識したことないけど」
「鹿島先輩だったら、引っ張ってくれる人じゃないとダメでしょうね。僕なんかどうです?」
「はぁ? 折原君?」
「僕、結構、そのタイプですよ」

そう言って笑う顔に一瞬…おっと、それは気づかなかった事にしましょう。

「そう。なら考えておきましょう。戻るよ」
「・・・」

戻ろうと歩き始めたのに、折原君の気配がしないから振り向く。折原君が固まっている。

「折原君? どうしたの?」
「え? あ、あははは。ラッキーだ」
「はい?」
「あはははは」

誤魔化す様に笑ってる折原君を後ろに私達は部活に戻った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み