第1話

文字数 1,113文字

 地元の温泉の朝風呂もいいが、夜の露天風呂もまたいい。朝風呂はこれから仕事で時間に追われる感じがするが、夜は1日の疲れが取れて時間を気にせずのんびりできる。
 雪のある晩、露天風呂のぬるい方の湯船にぼ~っと()かっていた。顔に当たる風は冷たく冷蔵庫の製氷室の中の様で、首から下は朝の布団の中の様な温かさだ。
 その時、子連れの親子が湯船に入ってきた。子供の年恰好は5歳と4歳位であろうか。
 「父ちゃん、寒いっ!」
と子供たちは歯をガクガクさせながら湯船に飛び込む。
 「こらっ、ばしゃばしゃさせないで大人しく肩まで浸かりなさい。」
と叱る父親。微笑(ほほえ)ましい風景だ。
 ところが子供たちはじっとはしていない。湯船の中を一応肩まで浸かったままもぞもぞ移動はするは、持ってきた如雨露(じょうろ)でお湯の掛けっこをするは、湯船に潜ってぶくぶく息を吐き出し、その泡を手ですくってキャーキャー騒ぐはで、元気な事この上ない。ピンと張りつめた子供の皮膚には(しわ)ひとつなく、お湯をはじいてつるつるしている。外来で皮膚の掻痒感(そうようかん)(かゆ)み)を訴える老人(自分も含む)の皮脂(ひし)欠乏性皮膚炎(俗にいう「乾燥肌」)の皮膚とは雲泥の差だ。湯船の中で隠しようもない「老い」と「若さ」の違いに愕然とした。
 「庄内のお年寄りは元気だ」は本当だと思う。けれどもいくら元気なお年寄りでも、若い人たちがそこにいるだけで発散する「若さ」「活力」「勢い」はない。この世の権力を全て手にした中国の秦の始皇帝が、忍び寄る老いだけにはどうすることもできずに、不老長寿の薬を探させた気持ちが少し分かるような気がした。
 毎年春になると、当院にも新入職員が入職して、病院が若返りぐっと活気が出る。若い人たちにそっぽを向かれた組織は衰退する。当院も思い切って若い職員たちに任せて若返るのがいいと思う。「Old soldiers never die. They just fade away. (老兵は死なず、消え去るのみ)」これはアメリカ陸軍元帥ダグラス・マッカーサーが1951年4月の退任演説で発した有名な言葉だ。名言だと思う。しかし、「表舞台からは引退する老兵だが、まだまだ死なないぞ」という(じじい)の決意にも解釈できる。若者たち、奮起せよ! (じじい)たちは元気そうだ、んだ。

 さて写真は2016年1月のある雪の夜7時過ぎ、羽越本線北余目(きたあまるめ)駅で撮影した上り鈍行列車だ。

 ダウンジャケットを着込んだ部活動を終えた高校生らが降りてくるかと思ったら、ひとり和服の女性が降りてきた。「若さ」「勢い」とは対極のしっとりとした雰囲気に、庄内の円熟した「風情」「情緒」を感じた。
 んだの。
(2017年3月)*(2021年12月 一部筆を加えた)
 
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