第6話

文字数 580文字

 喬はトイレに行こうと立った。
 イスから立ち上がった瞬間、うっかり隣の女子の肩に肘が当たってしまった。顔を上げて振り返った彼女は、怒っているふうには見えないけど、目と口を丸くしている。
 思った以上に強く当たってしまっただろうか。それとも、読書を邪魔されたと憤りを訴えているのだろうか。
 でも、原因が明らかになる前に、彼女は顔をもとに戻した。何事もなかったかのように、またページをめくりはじめる。ホッとしたのも束の間、喬はそこでハッと気づいて、急いで開きっぱなしだったノートを閉じた。
 絵を描いていることを知られるのは別にかまわない。他人に見られて恥ずかしいくらいだったら、SNSに自作の絵をアップしたりしない。
 ただ、彼女の絵をこっそり描いていることを、その本人に見られてしまうのは気まずかった。本人の了承も取らず、ジロジロ見ながら姿を絵に起こしているなんて、やっていることは盗撮とあまり変わらない気がする。あなたがあまりにも僕好みだったので、なんて言い訳を述べたところで、変態度は増すばかりだ。
 ひょっとして、絵を見られたのではないだろうか、と思った。でも、それだったら、もっと怒るだろうし、店を出られてしまってもおかしくない。
 もしかしたら、親からさんざん不評のこの服のせいかな、と喬はシャツをつまみながらトイレに向かう。卵柄、ものすごくかわいいのになぁ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み