第3話

文字数 731文字

 翌日。早速依頼が一件あった。
 同じ県内に住む二十代の男性で、話し相手が欲しいとあった。
 『聞くだけでよければ』と返信すると、『それでもかまわない』とのことだった。
 初めての依頼に不安を憶えつつ、それでも一歩を踏み出すために、俺は依頼者から指定されたマンションに出掛けた。

 依頼者の男性は、「今から愚痴を言うから、黙って聞いて欲しい」と断りを入れてから話し出した。内容は本当に愚痴ばかりで、正直聞くのもつらい。
 それでも時々相槌を打ちながら黙って話を聞いた。
 たまに「あなたはどう思いますか?」と感想を求められたが、「よく判りません」と素直に答えた。
 それでも相手は満足したらしく、報酬である交通費をきちんと支払ってくれた。

 その後も依頼は続いていく。
 一緒に犬の散歩に出かけては人生相談をされたり、カラオケなどにも同行する。
 依頼者が作詞作曲した歌を聞かされたり、料理の感想を訊かれたりした。
 時には自作のマンガや小説を読まされ、困惑したこともある。
 マンガはまだよかった。元々趣味だったので、さほど負担はなく、俺なりの忌憚(きたん)のない意見を述べ、妙に頷かれたりもした。
 厄介なのは小説の方であり、そっちは今までほとんど読んだことが無い。しかも相手はシロウトであり、文章など上手いわけがなかった。
 それでも何とか読み終えては、「よく判りません」と本心を言った。

 時には変わった依頼もあった。
 とある会社の会議に呼ばれた時のことだ。
 俺はただ椅子に座っているだけで、当然何もしない。意見を言う訳でもなく、出されたお茶やお菓子を頬張るだけ。
 依頼者の話によると、重い空気の会議の中に、部外者がひとりいるだけで、円滑に回るらしい。そんなものかと俺は妙に納得した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み