第42話

文字数 1,107文字

「古代ギリシャにおける妖術や呪術は、ギリシャ語でゴエーテエアというのです。つまり、その言葉のラテン語を、ゴエティア……つまり、それはレメゲトンの一つの書で、もっとも有名なんですね。ゴエティアは儀式魔術を意味しているんですが、同時に喚起魔法ともいわれている魔法が載っています。はい。そして、その喚起魔法とは邪悪な悪霊などを呼ぶ魔法として、人間をゾンビ化できるはずなんです。……恐らく、アルス・ノウァという……レメゲトンにある書なんですが。それは、逆にゾンビ化が治る魔法が載ってあるはずなんです……」
「レメゲトンとはそんな風に?! ああ、アーネスト……無事でいて……」

 オーゼムの言葉に、真っ青な顔をしてアリスを介抱していたヘレンは、レメゲトンに畏怖と不可思議な興味が湧いてきた。
 
「さあ、モートくん。これで方針はだいたい決まったようなものですね! 皆さんを守ると共に、レメゲトンもなんとしてでも奪い返すのです! そして、勿論、黒幕はレメゲトンの近くにいます! ……何かの儀式を、今もしていることでしょう」
「わかった……よ」

 そう言い残したモートは、片隅の質素な椅子から、いつの間にか姿がどこかへ消えていた。

 ヘレンが窓際を再び覗くと、館外にさながら、黒い突風が走っていた。それは黒いロングコートを纏ったモートが一直線に、イーストタウンへと辺りのゾンビを肉片共々吹き飛ばしながら向かっていた。

 モートは考えた。

 街の人々を救うためには、死者となってしまった肉体の活動を停止させることだ。そして、急いでアーネストとシンクレアとミリーも探さないといけなかった。

 イーストタウンまでモートは、激しい落雷と嵐のような赤黒い雹の中。元はホワイトシティという雪の街だった地獄を、ゾンビを突き飛ばしながら数十ブロックも走り通した。

 やっと、イーストタウンのシンクレアが住む中心部にたどり着いた頃には、モートの黒いロングコートは、ゾンビによる汚れた血を吸って真っ黒だった。
 
 モートは、渋々。
 近くの水飲み場でロングコートを洗った。

 辺りは真っ赤なゾンビのうめき声が今も木霊していた。
 スラブ街の方からもゾンビが徘徊し、おおよそ人が住んでいた活気溢れるイーストタウンの面影は木っ端微塵に砕け散っていた。

 そこはすでに、赤黒い雹によって、ノブレス・オブリージュ美術館と同じ阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 モートはロングコートを洗い終えると、水飲み場から、少しだけ慌てながら、シンクレアとミリーを探そうとしたが……。

 その時、馬の蹄の音が路地裏の方からしてきた。モートがそちらをよく観察してみると、それは馬に乗った黒い剣を持つ仄暗い(むくろ)だった。
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