第1話

文字数 4,632文字

 チャンネルを捻ると、ちょうどテレビショッピングが始まったばかりだった。
 青木翔平(あおき しょうへい)は食べ終えたラーメンのカップをゴミ箱に放り込むと、散らかり放題の一人部屋の座椅子に腰を下ろす。
 テレビの向こう側には、お笑い芸人のコガネムシ宮田と、アシスタントの元アイドル、井上早紀の姿があった。そしてこの日のゲストは段田フミヒロ。彼もまた芸人であり、最近見ないと思ったら、こんな仕事を請け負っていて、少し切ない気持ちになった。
 三人の前には小さな台があり、その上に敷かれたマットには小さな針のような物が置かれていた。
「さあ、本日ご紹介するのはこちら! その名もスーパーつまようじ『極彩』です」早紀は高々と紹介すると、派手なファンファーレと共に、つまようじがアップになった。
 つまようじ? 青木は眉をひそめずにはいられなかった。そんなものをわざわざテレビショッピングで紹介したところで、買う人がいるのかと呆れてしまう。
 司会の宮田は、そんな視聴者の声を代弁するがごとく。
「こんなもん要らんがな。百円ショップに行けばぎょうさん並んどるし、店で飯食えばナンボでもただで貰えるやないか」
 もちろん台本通りなのだろうが、さすがにベテランであり、思わず聞き入ってしまう。青木は俄然、興味を惹かれた。
 そこで早紀は当然のように解説を入れる。
「こちらは従来の常識を覆す、全く新しいつまようじなんです。先ずはVTRをどうぞ!」
 突如画面が切り替わり、サラリーマンらしき男性が映し出された。どうやら街中らしく、背後にビルや信号機が映り込んでいる。
「これは最高ですね。今までとは比べものにならない程、食べカスが良く取れます。もう、これまでのつまようじには戻れません」
 続いて四十代の主婦と思われる女性が現れた。
「私はこれまでつまようじなんて使った事がありませんでした。人前では恥ずかしいし、お行儀も悪いでしょう? でもこれなら素敵なデザインだし、セレブの間でも流行りそう」
 すると今度は場面が変わり、畳敷きの和室にシニアの夫婦が座布団に座りながら感想を述べ出した。
「噂には聞いておったけど、これほどまでとは思わなんじゃ。程よい刺激が心地いいし、繰り返し何度も使えるじゃろ。ワシは長年、虫歯に悩んでおったのじゃが、これさえあれば、いくらでも楽に掻き出せる。正に理想のつまようじじゃ」
「ええ、最初は少し高いかもと思ったけれど、夫婦兼用できるし、孫の代まで使えそうね。ほんと経済的で、大助かりだわ」
 今度は白衣を着た男性に代わり、解説を始める。
「この極彩は、我々歯科医療関係者の間でも評判になっているんですよ。正直言って患者が減るのではないかと心配になっています(笑)。ここだけの話ですが、実は私も愛用していましてね。特別な患者さんたちにも勧めています。虫歯だけに留まらず、歯茎へのマッサージにもなりますし、一度手にしたら、もう手放せません」
 そんなバカな。たかがつまようじごときで、ここまで褒めることは無いだろう。
 画面は再びスタジオに戻った。コガネムシ宮田がさっそく毒づく。
「ホンマか? どうも信用ならへんな。段田、お前試してみい」
 言われた段田はつまようじを咥えだした。彼はようじを数回動かすと、驚きの表情に変わる。
「宮田さん、これ、マジですごいですよ。歯に詰まった食べかすが、面白いように取れます。自分も欲しいな。これっていくらですか?」
 少しワザとらしく思えなくもないが、それでも気持ちよさげであることに間違いはない。
 そこで早紀は笑顔でパネルをめくる。
「なんと一本五万円です!」
 スタジオは驚きと感嘆の声に包まれる。
「嘘やろ? なんぼなんでも高過ぎとちゃうか。誰がつまようじごときに五万円も払うっちゅうねん!」
「宮田さんなら楽勝でしょう。総資産が百億を越えてますから」
「越えるかボケ! そないあったら、こないな番組に出とらんわ!」段田のボケに宮田がツッコミを入れ、ひと笑い起きる。ジョークと判っていながらも毎回噴き出してしまうのは、さすがはプロの芸人というべきか。
 早紀は淡々と進める。「先ほども少し触れましたが、これは今までのつまようじの概念をひっくり返す画期的な商品なんです。どうです? 素敵なデザインでしょう?」かわいいだけが取り柄の元アイドルだからいた仕方がないが、いかにも棒読みなのは勘弁してほしい。
「どこがや! 普通のヤツにしか見えへんぞ!!」
「極彩は、これまでの材料である廃材ではなく、NASAの技術を応用した、カーボンナノ樹脂を使用しています。それを熟練の職人が丹精込めて一本ずつ丁寧に仕上げました。正に芸術品と言っても過言ではありません」
 早紀の説明を受ける形で、段田が質問を入れる。
「それで他に特徴はあるんですか?」
 早紀は、その質問を待っていたかのように、大きめの電卓を取り出すと、声を大にした。
「もちろんです。芸術性もさることながら、耐久性にも優れています。開発者である総合東海大学の矢羽井教授によりますと、通常の使い方であれば、理論上は七十万回以上も使用することが出来ます。一日三回使ったとしても、六百五十年です。これを金額ベースで計算すると……」カチカチと電卓を叩く。「何と一日当たりたったの〇.二一円! これは家宝として代々受け継ぐだけの価値はありますよね」
 ちょっと待て。六百五十年って、どれだけ受け継げばいいんだ。茶器や掛け軸じゃないんだから。それに子や孫はまだいいとしても、それを受け継ぐ子孫たちはありがた迷惑でしかないだろう。そもそもつまようじの使いまわしなんて聞いたことが無い。
 当然、宮田がツッコむかと思いきや……。
「マジか? そらええな。段田、お前も一本どうや? 俺は買わへんけどな」
 さらに爆笑が起こる。呆気にとられる青木は、この後の展開に、さらなる衝撃を受けることとなった。
「今なら同じ物がもう二本ついてお値段そのまま。しかも今から三十分以内にお電話をくださった方に、輪島塗の特製ケースもお付けします。さらに今回、一緒にご契約いただければ、超音波式のクリーニング装置も、二万円のところを、何と七千円にプライスダウン。お電話お待ちしています」
 すると画面の下にはフリーダイヤルの番号が表示され、三人はその表示をしきりに指差している。
「よし、俺も買うたるわ。嫁と息子の分もついてくるしな!」ダメ押しとばかりに宮田が叫んだ。
「あれ? 愛人の分は要らないんですか?」すかさず段田が茶々を入れる。
「余計なことは言うなっちゅうねん!」段田の頭を思い切り叩く。
 青木は呆れて物が言えない。いくら何百年も使えて、しかもちゃんとクリーニングが出来たとしても、そもそも同じつまようじなんて何度も使いたくないし、ましてや家族と言えど他人とのシェアは絶対に無理。元々つまようじなんて使い捨てだから価値があるのだ。その方が遥かに衛生的だし、何の気兼ねもない。
 しかし、画面上の注文グラフはどんどん伸びていき、限定百セットが十分もしないうちに残り僅かとなった。

「次はこの商品です」
 続けざまに出された別の台には、小さな紙製の箱のような物が置かれていた。一見マッチ箱のようであるが、まさかそんな訳がない。
「ウルトラファイヤーマッチです!」
 マジかよ。つまようじに続いて今度はマッチ。ライターが主流の現代において、少し古すぎる感は否めなかった。
「今時マッチかい! 馬鹿にするのもええ加減にせえ!」そこで宮田は段田を叩く。
「どうして僕なんですか。関係ないのに」
 だんだん読めてきた。これはきっと先ほどと同じく、何度も使えるマッチに違いない。
「これは特別な配合の火薬を使用しており、使い捨てではありますが、その分、強力な炎が起こせます」
 青木の予想は外れた。しかし、強力な炎とは、いったいどの程度のものであるか、気にならない訳がない。
「どれくらいのモンや。一回試してみい」
 すると段田はゴーグルを掛けると、マッチ棒を一本だけ取り出し、おののきながら擦った。
 すると高さ一メートルはあろうかと思えるほどの炎が舞い上がり、しばらく燃え続けると、やがて鎮火し、段田は燃えカスになったマッチ棒をバケツに入れた。
「これはすごい。まるでキャンプファイヤーやないか。段田、お前さては?」
「違います。ウチの火事とは関係ないです。ただの不審火でした」段田の家は数年前に火事に合っている。宮田はことあるごとに、それをネタにしていた。もちろん段田もである。
「まさか浮気相手の女に、火ぃつけられたとちゃうやろな?」
「宮田さん。少し黙っていてもらえますか。いくら先輩でも言って良いことと悪いことがありますよ」
「そんなこと言うたってやな。ホンマのことやさかい、どないもこないもあらへんやろ」
 このくだりはもう、何度見たことかしれない。だが、丁々発止のやり取りに、毎回吹き出してしまう。
 そこでまたVTRに変わった。
 先ほどと同じ風景が見え、つまようじの時と同じ男性が現れた。どうしてもエキストラではないかと疑ってしまう。
「自分は元々ライターじゃなくてマッチ派なんですけれど、面倒臭くて最近はライターを使っていました。でもこのマッチに出会ってからは、これ一筋ですね。ライター派の方にも是非お勧めです」
 今度は山の風景に変わり、ボーイスカウトの隊長らしき男性が映る。
「これは本当に重宝しています。おかげで火を起こす手間も大幅に軽減したし、小雨でもキャンプファイヤーが簡単にできるようになりました。正にウルトラファイヤー様々です」
 また別の場所に移る。背後には何もなく、何処かの会議室のような印象だった。
 椅子に座る男性らしき人物は、顔にモザイクが掛かり、機械のような甲高い声が聞こえてきた。画面下にはテロップで『プライバシー保護のため、音声を加工しております』と表示されている。
「まさかこれほどのものとは思いませんでした。以前は普通のマッチを使っていたんですが、途中で消えることも多くてね。灯油を撒かなくても一瞬で燃え広がります。私たちのような業種の者にとっては必需品と言って良いでしょう」
 おいおい、これはさすがにヤバいだろう。これって仕込みなのだろうかと思わざるを得ない。
 だが、スタジオではその事について、誰も触れようとしない。どうやらマジのようだ。
「このウルトラファイヤーの特徴はそれだけではありません。火力もさることながら、燃焼時間もニ分続きます。その上、体に害はありませんので、お子さんがうっかり口にしても大丈夫。いざという時の非常食にもなります」
 非常食って……。
「それはええやないか。ところでなんぼや?」
 そこで早紀はパネルをめくると、そこには三万円の表示があった。
「ひと箱五十本入りでこのお値段! さらに三十箱セット、九十万円もございます。今すぐお電話を!」
 マッチひと箱で三万円? しかもセットでも割引なしかよ。
 こんなものを買う奴がいるとはとても思えないが、つまようじと同じく申し込みの電話がひっきりなしにかかっているらしい。

「さて、続いてご紹介する商品はコレ!」
 今度は何かと思いきや……。
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