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文字数 1,427文字

 白い悪魔、と人は呼ぶ。混沌とも、忌み子とも伝えられる、伝説上の生き物を。

 一三XX年、秋の入口だった。冬季間は分厚い雪に閉ざされる山間の村に、旅人が訪れた。日に当たっても焼けることを知らない純白の肌は、北方の呪術師(ドルイド)の血を引いているように見える。女のように腰まで伸びた髪も穢れなき白で、その美丈夫の異容は人目を引く。髪も肌も真っさらな中、瞳だけが唯一の黒点として存在を主張し、どこか人々を見下すような尊大で不遜な眼差しと、野性味のある美貌は瞬く間に、村中の女たちの話題をさらった。

 村にいる男どもは、痩せた土地を耕すしか能のない、不器用で垢抜けない連中ばかり。方々を旅していると宣う旅人とは違い、女房恋人と話すときも、相手の目を見ることなく、ぎこちない。

 冬が長い村に於いて、秋の入口は同時に、外界と閉ざされる季節の到来を意味する。収穫が一段落すれば、すぐに霜が降りて雪になる。日々、同じ作業を諾々と繰り返す女たちが珍しく活気に満ち、上機嫌に話をしている姿を見て、村の首長は旅人に冬の間の逗留を願い出た。

 過ちの始まりだった。

 同年、秋の半ば。収穫を終えようとしていた小麦畑の一角で、凍死した少女の遺体が見つかった。継ぎ接ぎした衣服が破れ、執拗な乱暴の痕跡が残る体と、恐れ慄いて見開かれた両目。他殺であるのは明らかで、彼女の両親は悲嘆に暮れた。

 とても平和な村で、隣人の家族構成も為人もよく知っている同士だからこそ、突然の悲劇に、しばらく誰もが歓談を忘れた。旅人の訪問で沸き立っていた女たちも姦しさを忘れたように沈黙し、黙々と野良仕事に励む。

 そんなある日のことだった。今度は果樹園で、幼い少年が扼死した。先日見つかった少女の凍死体と同様、性的に暴行された痕跡を残す裸体が、麻縄によって果樹の一つにぶら下げられた状態で見つかった。まだ十にも満たない少年の死に、両親だけでなく、村全体が悲痛に染まる。

「あの旅人が来たからだよ」

 立て続けに起こった事件に、閉鎖的な村の誰かが噂し始めれば、それはすぐに事実として、村人に広まる。旅人が異常な殺人者である根拠はなくとも、村の中で素性がわからないのは、彼だけだからだ。

 やがて旅人は村での居場所を失った。外を歩けば後ろ指を差され、逗留する首長の家にいても陰口を叩かれる。

 旅人が冬季間の逗留を辞し、村を発つ寸前で、付近の町から派遣された兵士が、村人たちの証言を元に、彼を拘束したのは自然な流れだった。これまでずっと平和だった村に於いて、素性の知れない不穏分子は、彼一人を除けば存在しない。だから、これは必然だと旅人は受け入れた。何れ、兵士がきちんと調べれば、子供たちを殺したのが誰か、わかるはずだ。

 しかし、旅人の無実も、村人の罪も、白日の下に晒されることはなかった。

 村人は隣人の潔白を頑なに信じている。疑えば、今後、同じ村で住みにくくなる未来のほうが、旅人を無実の罪で裁くことより、恐ろしかった。

 一方的に自白を迫る拷問の日々に、白い髪や肌が、垂れ流しの汚物と血で汚れていく。烈しい鞭打ちの傷で全身を彩り、木の枷で拘束された旅人の、尊大で不遜だった双眸が、憎悪より凄まじい怨念を孕んでいく。

 手の爪を一枚、一枚、ゆっくりと剥がされ、その傷を松明で焼かれ、じゅくじゅくと膿み始めた傷口を鑢で研磨され。旅人は遂に罪を自白した。身を苛む壮絶な痛みからの解放を望んだ。解放の先に待ち受けているのが、死であったとしても。
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