祈り

文字数 2,172文字

 
 旧王都の西の森。

 陽当たりの良いソルカ妃の庭園より、こちらの蜜柑の木の方が、少し遅くに結実する。
 今年最後の蜜柑をもぎに、少年は森へ踏み入る。

「あれ?」
「あら」

 何ヶ月振りかに会う、空色の巻き髪の女の子。
 木の上で、脱いだ上着一杯にくるんだ蜜柑を抱えている。
 その上の梢に、有翼の妖精が鷹のように立っている。

「こ、こんにちは……」
 何となく苦手意識をあらわにする少年に、無表情に一瞥くれて、カワセミは梢を蹴って少年の斜め横に降り立った。

「ユユ、全部は採るな。木守りの実は残しておくんだ」
「はぁい」

「採っちゃうの?」
「持って帰るのは、キミだ」
「……」

 相変わらずこちらがリアクションに困る棒読み台詞で、カワセミはサラリと呟く。
「あの蜂蜜漬けは、絶品だ」

 そういえば、アイスレディに渡した蜜柑の蜂蜜漬けは、蒼の里へ戻るツバクロにもお裾分けされていた。

「また宜しくと、ソルカ殿に伝えておいてくれ」
「は、はい……」

 樹上で蜜柑採りに専念しているユユを確認して、カワセミは静かに少年に問うた。
「で、分かったか?」
「何を、ですか?」
「自分が何の役割を持って生まれて来たか、だ。一番最初に聞いただろ」
「あ、ああ」

 シリギはちょっと唾を飲み込んで、顎を上げて答えた。
「僕、ちゃんと意味を持って生まれて来たんです。おこがましいけれど」

 カワセミは水色の深い瞳で少年を見つめながら、黙って続きを待っている。

「トルイが心ならずも残してしまった、ちょっとずつの曇りを拭(ぬぐ)って……いろんなヒトを、ちょっとずつ幸せにする為に、この世に来たのかなあ、と。多分これからも」
 本当におこがましい。
 どうせまた怒らせるんだから、遠慮せずに思った通りを言おうと思った。

 少しおいて、カワセミが静かに
「ああ、そうだな……」
 と頷いた。

 えっ、いいのっ!?

 カワセミはもう一度ユユがこちらを向いていないのを確認してから、ポケットから何かを取り出した。
 小鳥の卵よりもう少し細長い、鈍い銀に光る石。トルイの瞳と同じ色だ。

「これを持っていろ」
「……? これは?」
「握って強く思えば、何処に居てもボクに伝わる」
「??」
 シリギは、角度によって半透明にも見える不思議な石と、カワセミの顔を見比べて、キョトンとした。

「キミが『本来の力』を使いたいと思ったらボクを呼べ。封印を解いてやる」
「ぇ……ぇっ、ええっ?」

 カワセミは更にシリギに顔を近付けて囁いた。
「キミは、多分そこそこの術力を持っている。素で地の記憶に入れた位だから。大長は眠ってる間にキミに封印を施した。それは正しい。誰だってキミに命を縮めて欲しくはない」

「え……僕? そうなの?」
 いきなりな話……

「だけれど、キミがその能力を持って生まれたのには意味がある。その意味を見つけたら、ボクを呼べ。ボクの責任に置いて封印を解いてやる」

 シリギは少しの間石をじっと見つめてから、カワセミを見た。
「いいの? 妖精って掟とか厳しいんじゃ……」
「大長の言う事は絶対だ。でもキミの意志は、別の次元で絶対だ。それがボクの『摂理』だ」

 シリギは暫く、この祖父の親友というヒトを見つめた。
「分かりました、頂きます。……ありがとうございます」
 石を大切に懐にしまう。

「カワセミ様――」
 樹上のユユが叫んでいる。
「もう一杯。重くて持てないわ。もういいでしょう?」

「ああ、偉いぞユユ」
 カワセミは何事もなかったように、また無表情に戻った。


 ユユはシリギから袋を受け取って、わざとかと思える程ゆっくりと、丁寧に蜜柑を移し始めた。
「適当でいいよ」
「だって、カワセミ様ばっかりシリギとお喋りしてズルイ。あんまりお気軽に会えないんだから、アタシの事忘れられたら嫌だもん」

「忘れないよ」
 シリギは目を細めて、自分と同じ色の瞳を見つめ返す。

「人生で、ずっと一緒に居ても記憶に残らない者もいる。ほんのちょっとしか居なかったのに一生残る者もいる。何があっても君の事は忘れようがないよ、ユユ」
 巻き髪の少女はちょっと目を丸くして、はにかみながらまた作業を続ける。

「腕が、ちょっと太くなったな」
 いきなり真後ろからカワセミに腕を掴まれて、シリギは飛び上がった。
「び、びっくりさせないで下さい。えと、剣を、習い始めたんです。本格的に」
「ほお」

「トルイの剣を帯びる為に。あんな立派な剣を下げていてヘボかったらカッコ悪いじゃないですか。あと、えっと……色々なモノを護れるように、です」
「……うん、そうか」

 水色の妖精は静かに頷き、少女は蜜柑を詰め終えて、しっかり目を見て少年に差し出した。

 蜜柑の木の清しい香りが風に舞う。





 風出流山(かぜいずるやま)の神殿。
 女性は一人、地平に掛かる三日月を眺めていた。
 季節が替わり星も替わる。今宵は早くに月が沈んで、冬の星座が鮮やかに浮かび出した。

「あの子、そう、この星のようだわ」
 月の光に隠れていたけれど、本当はちゃんと其処にあって、一生懸命地上を照らしてくれていた。
「トルイが月の子、シリギは星の子……ね」

 星はこれからも数奇な運命を辿るだろう。
 どんな時世(ときよ)に翻弄されようと、揺るがずそこで光り続けてくれますようと、女性は静かに祈る。
 大昔、大王(ハーン)やその息子の為に祈ったように。




       ~ 月の子星の子・了 ~







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登場人物紹介

シリギ:♂ 人間

家系的には、テムジン→四男トルイ→長男モンテ→四男シリギ

王家の一員だが親戚が多過ぎて、表舞台には無縁だと思っていた。

カワセミ:♂ 蒼の妖精

当代蒼の長の三人の内の一人。ユユの師匠。

鎮守の森で出会ったトルイの子孫がヘッポコだったので、イラッとしている。

トルイ:♂ 人間

テムジンの四男坊。ソルカの夫。シリギからは祖父。物語開始の二十年前に鬼籍。

すべてにおいて人間離れしていたというレジェンド。

ソルカ妃:♀ 人間

トルイの妻。シリギの祖母。フビライの母。

王都が引っ越ししても、トルイとの思い出の庭園に住み続ける穏やかな人。


ユユ:♀ 蒼の妖精

カワセミの弟子。ナナの妹。ツバクロの娘。

ヘッポコのシリギに同情して声をかけてしまった為、最後まで責任持てと師匠に怒られる。

ナナ:♂ 蒼の妖精

ユユの兄。ツバクロの息子。蒼の里の次期長として、大長から英才教育を受けている。

自分の役割に誇りを持っているが、たまには自由奔放な妹が羨ましい。

ナナ:♂ 青年Ver

双子なのに成長が早く、ユユと外見年齢がどんどん離れてしまう。

フビライ:♂ 人間

シリギの叔父。ソルカ妃の次男。帝国の大王(ハーン)。

テムジンやトルイに憧れ、結局届かない事でいろいろこじらせている王様。

バヤン:♂ 人間

先祖代々、帝国の武将の家系。シリギの子供時代の剣の先生。後にフビライの右腕に。

別の主君に仕えていたのにフビライに運命を感じてトラバーユ。自分の感情に一番正直な人。

赤い狼:?? ???

ヒトの欲望を糧に生きる戦神(いくさがみ)。

めっちゃ強い将軍がいたので大喜びで憑り付いていたら、また邪魔な妖精の娘が現れやがった。

大長:♂ 蒼の妖精

先代の蒼の長。今は後継の三人に表を譲って後方支援。アイスレディの兄。

大昔、中途半端に術の才能のあった少年トルイを里に引き取り、きちんとした術の手解きをした。

ツバクロ:♂ 蒼の妖精

当代蒼の長の三人の内の一人。ユユとナナの父親。

里で一番高く速く飛べるので外回りを担当しており、滅多に里にいない。

アイスレディ:♀ 蒼の妖精

雪に閉ざされた高山の、風の神殿の巫女。

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