プロローグ

文字数 604文字

「救済者に救済を。救いの主に救いを」

 篠突く雨の中でその友人はそういい放ち、静かに息を引き取った。血は雨で洗い流され、
雨粒が藍色を放って地面に降り注いでいる。炎の中で消えた命はもうよみがえることはな
いのだ。
 彼の体は力なくうなだれて、生気を失って空っぽになった人形のようである。燦然と輝
く炎が友の顔を美しく照らし出していた。盟友を失ったことは私の心の内側を暗澹たるも
のにした。彼はこれから歩むであろう人生の全てを失ってしまったのである。
私は彼の手を握りしめる。あの陽だまりのような温かみはない。あまりにも残酷な末路
に、目から止めどなく感情が溢れだすのを感じる。全てがないまぜになり、混沌の海に変
貌していくかのように。

 そうだ、このような状況下にあってもその数式は不変だった。
 時代の動乱と混乱の中でも、その数式は不変だった。
 その数式はなぜこんなにも美しいのだろうと、多くの物理学者が思った。
 その数式のためなら、全てをなげうっていいと感じるほどに。
 ああ、わかっているとも。
 その数式を追い求めることは、私と友人の確かな夢である。
 だからこそ、私たちは求め続けたのだ。
 究極の数式を、宇宙の事象を記述しうる究極の数式を。

 私の体を重たい灰を含んだ風が、静かに吹き抜けていく。それは時代の趨勢に翻弄され
ながら生きる私たち自身を暗喩しているように思えてならなかった。
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