第3話 無人島に花を咲かせよう係は活動するのか

文字数 2,058文字

 この街に無人島はない。私もいるし、あの人もいる。だから無人島ではない。他の生物から見たら何も変わらない人間が無数に存在している。だから無人島ではない。これは、人が多くいても無意味という暗示ではない。むしろその逆である。1人いれば、どこかの無人島を有人島にできる。それだけで生きている価値がある。
 無人島に花を咲かせよう係の活動は動いていなかった。倉持が非協力的なことも要因の1つではあるが、そもそも何をすればいいのかが、私も丹原も分かっていなかった。
 無人島に花を咲かせようというのは比喩である。無人島には既に花が咲いている可能性があることは一旦置いておくとして、クラスの為に何か新しい試みを仕掛けることが我々の使命だった。ゼロからイチを作るのが私たち。そのイチから具体的に現実の形にするのが、一部屋に時計は二つ要らない係。その形になったものを第三者視点で修正するのが、双眼鏡を割って単眼鏡にしたら二人が嬉しいとは限らない係だった。行き過ぎた分業体制ではある。
「さっき廊下でワンツーの久住から今の活動状況について聞かれたんだけど、何もしてないから、そろそろ何か活動した方がいいのかな?」
 無人島に花を咲かせよう係(別名:無花果係)が動き出さないと、後続の一部屋に時計は二つ要らない係(別名:ワンツー)と双眼鏡を割って単眼鏡にしたら二人が嬉しいとは限らない係(別名:ツーワン)の活動ができないという構図になっている。
「ワンツーはそうやって、たまに確認するのが唯一の仕事だからな。ほっときゃいいよ」
 丹原は売店で買ったあんぱんを食べるのを止めて答えた。
「この前先生に聞いてみたんだけど、今まで歴代の無花果係もほとんど活動してないらしいんだよね。結局、何か新しいことを始めるのって生徒会の役割だし、クラスの規模且つ他のクラスには影響しない範囲で活動するのって難しいのかもね」
「だろうな。結局俺たちがスケープゴートになるしかないんだろうな」
 歴代の無花果係は活動をしていない。つまり、歴代のワンツーもツーワンも活動ができていない。できていないという扱いになっている。恐らく、ワンツーもツーワンも活動意欲はない。けれど、彼らには言い訳がある。無花果係が何もしないから、自分たちも何もできなかったという言い訳が。その言い訳の正当性を高めるために、ワンツーは時々無花果係の進捗を確認してくる。これは、「私たちワンツーは、無花果係が活動するように働きかけていた。自分たちが活動したくないのならこんな行動は取らないだろう」という見せかけの振る舞いだ。実際に私たちに活動してほしいとは、これっぽっちも思っていない。
「情報弱者の末路だな」
「たしかに、こんなシステムって知っていたら、無花果係にはなってなかったね」
「あ、倉持だ」
 丹原の視線の先には教室に入ってきた倉持賢がいた。倉持は無花果係のメンバーの一人であるが、母子家庭を理由に係の活動に不参加を表明している。
 倉持は気まずそうな顔をしてから、自分の机まで歩いていくと、何かのファイルを取り出した。白いファイルで中身は見えない。忘れ物だろうか。卒業したら、いやクラス替えをしたら、倉持にとって私たち二人は忘れ者にされるのかな。私だって倉持を忘れ者にする可能性があるのに被害者面したのは、少なくとも今被害を受けていることも影響しているだろう。
 丹原があんぱんを食べているせいで時間軸が分かりにくいかもしれないが、今は部活動が活発な時間。そう、夕方だ。丹原はあんぱんを口に入れていることを口実に何も喋ろうとしなかった。
 だから私が何かを言わないと。
「倉持って兄弟いるの?」
「兄弟? 姉貴がいるよ。それが何だよ」
「いや、それなら良かった」
「意味分かんね」
 倉持はぼそぼそと何かを言いながら、廊下に消えた。彼がいなくなった教室は棘が抜けたみたいだった。
「倉持のこと心配したわけ?」
 さっきまで一生懸命にあんぱんを口に運んでいたのが嘘みたいに、口火を切ってくる丹原。
「心配っていうか、支える人を支える人がいるか確かめたくて」
「お前ってそんな感じなんだ。自分に敵意を出してくる奴にも優しくして。それで何か報われる?」
「ええ、この前はどこに花を咲かせるかは人それぞれって言ってたのに、この発言には引っかかるの? 勘弁してよ」
「ああ、そんなこと言ったか。それは倉持に関心がないから言っただけ」
 もう。丹原ってば暗すぎる。なんておふざけがしにくい相手だ。
「ねえ、話変えるけど、教室で観葉植物育てるのはどう?」
「観葉植物か。悪くないな。どうせ育てるのはワンツーだし」
「じゃあ、久住に伝えとくね」
「そうだよな。意味がない生なんだから意味のないことしないともったいないよな」
 丹原は私がいないみたいに喋る。
 いい加減にしてほしい。丹原が暗すぎるがゆえに夜行性の動物が活動を始めちゃうし、コンビニ店員に夜勤時給が適用されちゃうじゃないか。
 私は仕方なしに丹原をイメージして目を閉じる。そして丹原を発光させた。

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