第1話 帰宅部にはバイトを

文字数 2,386文字

 チューリップが散る季節。
 肩を並べて歩く二人。くるぶしがぶつかるのを恐れて近すぎないようにしていた。人と比べてもいないのに、自分のくるぶしが人よりも出てる気がしていた。私がコマだったら強かったのに、私は人間だった。
 生まれ変わったらくるぶしはそのままでコマにして下さいって神様にお願いしようとした。そしたら、厳密には神様にはその権限はなく、第三天使が来世の生まれ変わりに関する決定権を持っており、神様はその決定に対して承認を出しているだけという難しい話をされた。じゃあ、第三天使とお話させて下さいと頼もうとしたら、「第三天使は顧客とのやり取りをしていないので、何か要望や苦情がある場合には天界受付窓口の方で仰ってください」と言われた。
 その天界受付窓口は腐敗していた。天界案内所の施設の中に入ってすぐのところに整理券の発券機が設置されている。画面に表示された相談と書かれた箇所を押下したら、トイレットペーパーみたいな整理券が出てきた。出てきた整理券には呼び出し番号の欄に999999というカンストした数字が記載されていた。何かのバグかと思い、もう一度同じ工程を繰り返したが、千の位の9が少し緑がかっただけで、何も変わっていないのと一緒だった。私は天界窓口の人に直接声をかけることにした。天界窓口の人は皆「忙しない、忙しない」と言いながら動き回っていた。忙しないかどうかはこっちで判断したかった。ある者はその場でぐるぐる回っていて、幸運にも私は人が回る姿を客観的に見ることができた。そして来世でコマにはならなくていいという判断に至り、窓口を後にした。
 
 こんな話がしたいんじゃなかった。私は松島と並んで歩いた。日が沈み始めているのに、無駄に暑くて、額から汗が噴出した。まだ夏でもないのに汗をほとばしらせるのは恥ずかしかったが、幸い松島はそれを見ていなかった。
 松島とは小学生の頃に出会って、中学と高校まで、その友情の紐を伸ばし続けている。こんなに紐が伸びたのは私にとっては貴重なことだった。伸びていく紐とは対照的に、私と松島のお互いの家は徒歩5分圏内にある。私も松島も部活には所属していないため、いわゆる帰宅部に該当し、帰るタイミングは基本的に一致する。放課後に討論や潜入捜査がない日には、二人で帰るのが常だった。
「田宮がバイト始めたらしいよ」
 田宮というトランプ以外何をしているか分からない男がクラスメイトにいる。
「ええ。何のバイト?」
 失礼だが、田宮がバイトをそつなくこなしている姿が想像できない。私はバイトと言われてもファミレス、塾講師くらいしか思いつかなかった。ビールの売り子とか、選挙の開票とかは思いつかなかった。
「マジックバーでマジシャンの助手しているらしい」
「ああ、いいの見つけたね。トランプもあるだろうし」
「そうそう。でも、トランプの使用頻度があんまり高くないらしくて、コップばっかり使うって文句言ってた」
「下調べが甘かったのか」
 そのマジックバーに行って田宮の姿を見に行きたいとも思ったが、自分がバイトをしたら、バイト先に友だちが来てほしくないと思って、自分が嫌なことは人にはしないという掟が発動してしまった。
「私もバイトしよーかな」
「やっちゃうの?」
 私たちの高校はバイトが禁止されておらず、バイトも部活もしていない生徒は5パーセント未満しかいないとされている。この前高校のパンフレットを見てその事実を知った。
「帰宅部には生き辛い世の中だからな」
 帰宅部に厳しい先生がうちの高校には跋扈していた。その先生は足が八本あって人間であることをやめながら、帰宅部なんて部活はない、と皆分かっていることを大声で叫んでいた。それに松島は食らってしまったらしい。私たちの中で帰宅部という呼称は禁句になった。その代わりに、「より早く、より美しく、家に帰りたい私たち」という呼称及び属性に変更することを松島に打診したが、却下された。却下理由は呼称に読点が入っているため。読点くらい自分の頭の中で消してくれればいいのに。しかし、松島曰く、その行為は考案者の私に不誠実らしい。
 私も改めて冷静に考えた。高校卒業後に出会う人から高校時代の部活を尋ねられた時に「より早く、より美しく、家に帰りたい私たち」でした、と答えると、私たちって他に誰だろうと余計な思考が生まれて負担をかけるのは避けた方がいいと思い、この案には見切りをつけた。
「松島は勉強できるんだし、それでバランス取れてるでしょ。そんなこと言ったら頭の悪く、運動もできない私こそ隙間バイトを今すぐに始めないといけないじゃないか?」
 クラスメイトの森本環奈は、高校の部活には入ってないが外でスピードスケートをしており、それで学校側から許されている節がある。その理論で言うなら高校内で学力が上位5パーセントの松島も見逃してあげてほしいものだ。
「みいこは小説書いてるからいいだろ」
 私はやりたいことをやりたいので、部活かバイトかそれ以外の有用性のある実績を求めてくる学校の圧力は、私の疲れを取るマッサージ機くらいに考えている。
「まだバイトやりたくない。まだ自分でお金を稼ぐことの大変さ知りたくない」
 珍しく感情を剥き出しの松島は、皮を剥いたスイカみたいだった。スイカの皮を先に剥くタイプなのかな。
「でも、そうだよな。やらないといけないか。ああ、面倒くさいな。でもお金もらえるなら悪いことばっかりじゃないか」
「じゃあ、とりあえず探すだけ探してみる?」
「まあそうするか。いいバイトなければやらなくてもいいんだし」
 松島はこの時判断を誤った。結局、物事を始める時にカロリーを使うのは最初の一歩であり、その一歩さえ踏み出してしまえば、その後は意外とすんなり事が進んでいくパターンは珍しくない。つまり、松島はもうバイトを始めたに等しい。


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