第14話

文字数 1,450文字

 舞鶴での自然を体感したのち、一行は再び市内へと戻った。UFO出航時のすさまじい光も、三回目となると少し慣れてくるから不思議だ。
 腕時計のようなもののボタン一つで、自由自在に出現させられる乗り物。すごい文明だ。火星では地球が到底追いつけないような技術が発展しまくっているのかもしれない。
「便利ですね」
 阿久津が感心して言うと、火星人は身も心も外国人になりきっているのか、肩をすくめてみせた。
「便利だけどね、愉快ではないよ。今回は佐倉のリクエストに応じてスペシャルだよ」
 しゃべるとルー語になってしまうのが、なりきれていない証拠だ。なりきられたら阿久津と意思疎通できていないが。
「愉快?」
「火星はなにもない。舞鶴よりずっとずっとリアルにナッシング。景色を楽しむ必要もないなら、利便性を求めるしかない。朝も言ったけど、文化は一つ。オンリーワン。便利なほうを選ぶなら、ほかはなくなる。例外はナッシング」
 わかるようなわからないような。阿久津は混乱した。しかし、淡々としゃべる火星人はどこか寂しげで、便利だけの現状を憂いているように見えた。
「お、ちょうど来たぞ」
 閑静な住宅街の側に線路が延びている。京福電鉄、通称嵐電だ。京都市内を走る路面電車。市街地から嵐山まで均一料金で行ける。
 やってきた二両編成の電車はゆっくりと駅に入っていく。駅は【帷子ノ辻】。北野線と嵐山本線をつなぐ中継点だった。
 阿久津は嵐電に数えるほどしか乗ったことがない。【帷子ノ辻】の読み方を覚えたのも、京都に来てずいぶんと経ってからだ。京都にはこういう難読地名が数多く存在する。きっといまだに読めないものもあるだろう。案の定、火星人たちは首をひねりながら佐倉に読み方を問うていた。
「次は中川んとこに行くぞ」
 乗車するまえに佐倉が言った。【中川酒屋】なら市バスのルートで行ったほうがいいのではないか、と思ったが、阿久津がそれを口にするまえに佐倉はそっと耳打ちしてきた。
「京都らしい乗り物っつったらこれだろ。UFOのお返しにな」
 火星人たちは小さいながらもレトロな造りに興奮した。阿久津は人差し指を立てて「しーっ」と注意すると、おとなしくトーンダウンした。それでもわくわくは止まらないようだ。阿久津が先導して乗った。五人横並びで座る。中継点ということもあってか、地元の人間と観光客の割合は同じくらいに思えた。
 ゆっくりと走りだす。火星人たちは声を上げそうになるのを必死でこらえていた。UFOに比べれば桁違いの鈍さで時間もかかるのに。阿久津は不思議な気持ちで車窓からの景色をながめた。
 大きな寺があったり、車と並行して道路を走ったり。小さなことだが火星人たちにとっては大発見のようだ。うれしそうに窓に顔を近づける。ゆったりと流れる風景そのものが、彼らには新鮮なのだろう。途中、古ぼけた楽器屋の看板を見つけ「お」と阿久津も身を乗りだした。
 ――便利だけどね、愉快ではないよ。
 その楽器屋はギター教室もやっているようだ。なんとなく頭の中にメモしておく。
 こういうことか、と阿久津は一人うなずいた。終点が近づいてくると、乗車人数も多くなる。あと一駅だが、買い物帰りのおばあちゃん集団が乗りこんできたので、阿久津は席を譲った。火星人たちもそれに倣うと、大げさに礼を言われた。佐倉はしれっと座ったまま、おばあちゃん集団と談笑しはじめた。
 電車は【四条大宮】駅へと吸いこまれる。にぎやかな空気が街を占めている。
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