第1話
文字数 2,068文字
4月11日
全ての始まりはSNSからだった。
仕事から帰り、SNSを眺めながらいつものようにコンビニ弁当の一人メシを食い、ゲームをして(金がないので、課金はしない)。ふと気がつけば2時間くらい経っていて、午前1時を回っている。
しょうがねえ、寝るかと、立ち上がりかけたその時だった。
俺が信頼を置いているブロガーの「先生」から、ダイレクトメッセージが来たのだ。
「え? 何?」
そんなことはこれまでに一度もなかった。だから俺は急いでアプリを開いた。
メッセージは短かった。
「拙いことになっている。木崎首相の映像を、よく見てみろ。ここ数日で入れ替わった。奴らだ、奴らが首相に成り代わっている。」
それだけだ。
まさか。木崎首相が入れ替わっているって、そんなアニメみたいな。
でも俺は、先生を信用している。
俺はテレビニュースを見ないし、新聞も読まない。フェイクばかりだからだ。俺の情報源はSNS。初めは多くのユーチューバーやブロガーをフォローして、それらを注意深く比べながら、誰が本当の真実を告げているかを見極めた。それで情報源を4人に絞り、ダイレクトメッセージも出して繋がった。その4人の中でも、一番、信頼を置いているのが、ハンドルネーム「先生」なのだ。
これまで先生は、俺の目にこびりついたウロコを、何度も繰り返し落としてくれた。テレビも新聞も、伝統的な既存メディアは、世界中で起きている事件を、それぞれ個別の点としてしか報じない。しかも、事実を歪めてしか、伝えない。さらに、本当に重要な事件を(故意に?)見落としたりしている。だが、先生は違う。先生は、そうした個々の点をすべて繋げて見せてくれる。真実を教えてくれる。
それに、外国でもトップの政治家が別人になっている、みたいな話は聞いたことがある。同じようなことが日本で起きないとは言えないのではないか。
だから俺は、先生の切羽詰まったメールを信じることにした。
それで、すぐにネットサーフして、首相の映像を最近のものと、少し前のもの、それぞれいくつか拾った。
映像を拡大し、パソコンの画面に顔を近づけて、細かいところまで凝視する。それを、目が痛くなるくらい、続けた。
うーん、正直、よく分からない。
違うといえば、違うように見えたし、同一人物といえば、そのようにも見える。
いやいや、やはり首相は入れ替わっているのだろう。おそらく先生は、その証拠、あるいは証言を握っているのだ。
でも、そうすると不思議なことがある。
何で、俺なんだ――?
この情報は、フォロワーに広く流すいつものSNSじゃない。ダイレクトメッセージだ。俺は、先生とはリアルで会ったこともないし、先生が何者なのかも知らない。ダイレクトメッセージだって今回が初めてだ。それなのに、なんで俺なんかに、こんなに重大情報を送りつけてきたんだ?
何度も眺めた首相の動画がまた勝手に再生されていて、でももう疲れて目の焦点は合わず、それに俺はもう何が何だか分からなくなり、――そうしているうちに、新たなダイレクトメッセージが来る。
先生だ。
「気づいているのは私の外はほんの数名。だが、みんな奴らに捕まった。もう私もダメだろう。後はきみたち3人に託す。世界を救ってく」
そこでメッセージは切れていた。
奴らって、何だ?
きみたち3人って、あとの2人はどこの誰だ? メールのようにあとの2人が同じ宛先に入って送られてきているわけじゃない。ダイレクトメッセージは1人1人別々に送られている。
そして、託すとか、世界を救うって、何のことだ?
俺は、先生からの次のメッセージを待った。時計の秒針が進む音が妙に響く。1分経つのがおそろしく長い。
だが、メッセージは来ない。
もう午前2時を大きく回っている。明日、仕事がつらくなる。
仕事?
どうせ、俺の仕事なんて、たいしたもんじゃない。俺が行かなくたって、周りの奴らが忙しくなるけど、それだけの話だ。
それよりも、こっちだ。
俺から先生に返信すべきか。いや、それで俺のことが「奴ら」に知られたら、俺もやばいんじゃないのか? っていうか、先生が俺にダイレクトメッセージした時点でもう、「奴ら」は俺の存在を知ってしまっているのではないのか。
なんてこった。
何が何だか分からないけれど、なんてこった。
俺は、背筋に寒さを覚え、980円で買ったパーカーを羽織った。
ガタン、と上の階で音がする。
反射的に天上を見上げた。
音は、ごそごそと続いている。
もう、か?
もう来たのか?
「奴ら」、が?
いや、あの音はいつもの住人の物音だろう。考えすぎだ。
考えすぎ――?
もし「奴ら」が来たら?
東京の片隅、密集したビル、アパート、家々。その中の古ぼけたアパートの一室では、何かあったとしても、圧倒的に無防備だ。
じゃあ、どうすればいいのだ。
警察に行くか?
取り合ってくれるはずもない。
どうする。
どうすれば。
マウスにかけたままの人差し指が、だんだんにかじかんでくる。秒針の音だけが俺の部屋に響く。
全ての始まりはSNSからだった。
仕事から帰り、SNSを眺めながらいつものようにコンビニ弁当の一人メシを食い、ゲームをして(金がないので、課金はしない)。ふと気がつけば2時間くらい経っていて、午前1時を回っている。
しょうがねえ、寝るかと、立ち上がりかけたその時だった。
俺が信頼を置いているブロガーの「先生」から、ダイレクトメッセージが来たのだ。
「え? 何?」
そんなことはこれまでに一度もなかった。だから俺は急いでアプリを開いた。
メッセージは短かった。
「拙いことになっている。木崎首相の映像を、よく見てみろ。ここ数日で入れ替わった。奴らだ、奴らが首相に成り代わっている。」
それだけだ。
まさか。木崎首相が入れ替わっているって、そんなアニメみたいな。
でも俺は、先生を信用している。
俺はテレビニュースを見ないし、新聞も読まない。フェイクばかりだからだ。俺の情報源はSNS。初めは多くのユーチューバーやブロガーをフォローして、それらを注意深く比べながら、誰が本当の真実を告げているかを見極めた。それで情報源を4人に絞り、ダイレクトメッセージも出して繋がった。その4人の中でも、一番、信頼を置いているのが、ハンドルネーム「先生」なのだ。
これまで先生は、俺の目にこびりついたウロコを、何度も繰り返し落としてくれた。テレビも新聞も、伝統的な既存メディアは、世界中で起きている事件を、それぞれ個別の点としてしか報じない。しかも、事実を歪めてしか、伝えない。さらに、本当に重要な事件を(故意に?)見落としたりしている。だが、先生は違う。先生は、そうした個々の点をすべて繋げて見せてくれる。真実を教えてくれる。
それに、外国でもトップの政治家が別人になっている、みたいな話は聞いたことがある。同じようなことが日本で起きないとは言えないのではないか。
だから俺は、先生の切羽詰まったメールを信じることにした。
それで、すぐにネットサーフして、首相の映像を最近のものと、少し前のもの、それぞれいくつか拾った。
映像を拡大し、パソコンの画面に顔を近づけて、細かいところまで凝視する。それを、目が痛くなるくらい、続けた。
うーん、正直、よく分からない。
違うといえば、違うように見えたし、同一人物といえば、そのようにも見える。
いやいや、やはり首相は入れ替わっているのだろう。おそらく先生は、その証拠、あるいは証言を握っているのだ。
でも、そうすると不思議なことがある。
何で、俺なんだ――?
この情報は、フォロワーに広く流すいつものSNSじゃない。ダイレクトメッセージだ。俺は、先生とはリアルで会ったこともないし、先生が何者なのかも知らない。ダイレクトメッセージだって今回が初めてだ。それなのに、なんで俺なんかに、こんなに重大情報を送りつけてきたんだ?
何度も眺めた首相の動画がまた勝手に再生されていて、でももう疲れて目の焦点は合わず、それに俺はもう何が何だか分からなくなり、――そうしているうちに、新たなダイレクトメッセージが来る。
先生だ。
「気づいているのは私の外はほんの数名。だが、みんな奴らに捕まった。もう私もダメだろう。後はきみたち3人に託す。世界を救ってく」
そこでメッセージは切れていた。
奴らって、何だ?
きみたち3人って、あとの2人はどこの誰だ? メールのようにあとの2人が同じ宛先に入って送られてきているわけじゃない。ダイレクトメッセージは1人1人別々に送られている。
そして、託すとか、世界を救うって、何のことだ?
俺は、先生からの次のメッセージを待った。時計の秒針が進む音が妙に響く。1分経つのがおそろしく長い。
だが、メッセージは来ない。
もう午前2時を大きく回っている。明日、仕事がつらくなる。
仕事?
どうせ、俺の仕事なんて、たいしたもんじゃない。俺が行かなくたって、周りの奴らが忙しくなるけど、それだけの話だ。
それよりも、こっちだ。
俺から先生に返信すべきか。いや、それで俺のことが「奴ら」に知られたら、俺もやばいんじゃないのか? っていうか、先生が俺にダイレクトメッセージした時点でもう、「奴ら」は俺の存在を知ってしまっているのではないのか。
なんてこった。
何が何だか分からないけれど、なんてこった。
俺は、背筋に寒さを覚え、980円で買ったパーカーを羽織った。
ガタン、と上の階で音がする。
反射的に天上を見上げた。
音は、ごそごそと続いている。
もう、か?
もう来たのか?
「奴ら」、が?
いや、あの音はいつもの住人の物音だろう。考えすぎだ。
考えすぎ――?
もし「奴ら」が来たら?
東京の片隅、密集したビル、アパート、家々。その中の古ぼけたアパートの一室では、何かあったとしても、圧倒的に無防備だ。
じゃあ、どうすればいいのだ。
警察に行くか?
取り合ってくれるはずもない。
どうする。
どうすれば。
マウスにかけたままの人差し指が、だんだんにかじかんでくる。秒針の音だけが俺の部屋に響く。