第八章 武甲山と地底湖の謎

文字数 2,163文字

埼玉の地学HP 武甲山いまむかし6 (2018年)より
 石灰石採掘によって、武甲山(1304メートル)は、約4億トンの石灰石や山頂、野生動植物など多くのものを失った。しかし、新たに得たものもある。「武甲山に大鍾乳洞や大地底湖がある――らしい」というロマンだ。

 きっかけは水だった。1974年ごろ、武甲山西側の石灰石鉱区で坑道から水が噴き出し、ほぼ同時に、約500メートル離れた所にわき出ていた日量1万トンの地下水が止まった。
 地元に言い伝えがあった。「武甲山東側の穴にニワトリを入れたら、約5キロ離れた西側の穴から出てきた」「どんな大雨でも、この地下水は濁らない」「目が退化した魚が地下水の流れ出る水路にいた」
 これらを推理し、ロマンを誕生させたのが、75年から秩父市議を2期務め、4年前に亡くなった熊崎三郎さんだ。「武甲山の東から西に流れる大地下水脈があり、それを坑道掘削で切った。石灰石の山に大水脈があれば、大鍾乳洞もある。濁らない水と目の退化した魚は、大地底湖の存在を示している」 だが、その後、この話は一歩も進んでいない。
 今年2月25日付の埼玉新聞のコラムが、ロマンを再び浮上させた。「武甲山の地下には、橋立鍾乳洞とは比べ物にならない、大きな鍾乳洞と地下湖があるんだよ」。75年ごろ、中学生だったコラムの筆者にそう話したのは、「恐らく当時の秩父セメント職員」と書かれていた。
 熊崎さんの遺品には、「セメント鉱山」OBの証言メモがあった。「熊崎さんが言う鍾乳洞の中で作業をした」「実にきれいな鍾乳洞」「人が生活したらしい跡も」……


秩父のシンボル、議論百出 朝日新聞2010年6 月26 日号等
 武甲山(1304メートル)の今後をめぐり、様々な提案が出ている。前回取り上げた「大鍾乳洞や地底湖を新たな観光資源に」も、その一つだ。いくつかを紹介する。
 ピラミッド、スフィンクス、マヤ神殿……。階段状のあちこちに世界の遺跡が20近く点在し、山頂は土盛りして破壊前の1336メートルに――。秩父市の工務店主・山中隆太郎さん(故人)が20年近く前に原画を描いた、武甲山を「世界の霊場巡りの場」として再生させる案だ。山中さんは「秩父のシンボルをなくすな」が口癖だったという。
 昨春、「未来の横瀬町」を描いた同町の小中学生の絵の中では、武甲山で大観覧車が回り、ジェットコースターが疾走していた。加藤嘉郎町長は「将来の話」として、「神の山にふさわしいモニュメントの制作」を思い描く。
 「緑」を求める提案も多い。国の「石灰石採掘跡地緑化技術指針」などで採掘会社は緑化を進めているが、むき出しの岩肌が「道半ば」と感じさせるらしい。さいたま市在住で広告企画会社を経営する里王(さとおー)さん(46)は昨秋、自費出版した絵本「チチブの武甲さん」で訴える。
 「身を削って秩父を助けてくれた武甲さんに、木を植えよう」
 武甲山のふもとに、兵庫県立淡路景観園芸学校のような教育研究施設を誘致し、修景の研究と緑化の実践を――。秩父市の秩父神社宮司の薗田稔さん(74)の提案だ。採掘には「地元が潤うなら」と沈黙したが、10年前から発言を始めた。神の山・武甲山を「地域再生のシンボル」として、「全体的修景を」と説く。
 久喜邦康市長も緑化に意欲を見せる。「採掘会社の緑化の進み具合を見ながら、薗田宮司提唱の研究施設の学問の力に加え、市民の力も借りて取り組みたい」
 「まず、採掘の中止を」という提案もある。武甲山植物群保護対策推進協議会長の浅見豊さん
(76)だ。秩父夜祭の屋台町会顧問でもあり、「自然」と「夜祭の山」保護の立場から主張する。「まだ残る緑が削られていくのを黙視できない。それに、夜祭が世界無形文化遺産登録を目指すなら、夜祭と不可分の武甲山の、これ以上の破壊をやめさせたいと願うのは当然のこと」
 近畿大学の岡田昌彰准教授(景観工学)は「このまま、残しては」と書いている。「この地にセメント工業が立地し、神山の開発とともに一大産業都市の繁栄があったという史実を表す記号として、現景観を尊重することも(この山容を後世に残す)有効な方法の一つ……ではないか」(2008年、『土木技術』)

オサキの首傾げ
 秩父今宮神社のHPに<水分(みくまり)神事は、秩父神社でおこなわれる御田植神事に先立ち、武甲山からの水源をなす龍神池の水神を迎え、授与する神事>とある。
 武甲山にある地底湖から続く水路が竜神の水脈であり、秩父今宮神社の龍神池に通じている。武甲山の地底湖に棲む竜神をお迎えする神事である。ちなみに秩父夜祭はお帰りになる竜神を武甲山へお送りする神事である。
 おそらく市内のどこでも井戸を掘れば水は出る。が、竜神の水脈に通じていなければ神事には使えない。京都でも、よい水に当たらなければ、良い酒も、良い豆腐もできないのと通じる部分がある。

 武甲山は昔から秩父にとっては、なくてはならない御山である。前述のようにみんなが大切に守ろうと様々な活動をしている。その山を切り崩していいわけがない。地域の経済活動や国の方針であっても、ここでストップしないと秩父が衰退という負のスパイラルから抜け出せなくなるような気がする。秩父は守るべき地であり、守られている地である。
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