とある会社員の偏愛事情(※微G注意)

文字数 2,183文字

※グロというほどではありませんが、血などの近い表現があります。
 苦手な方はご注意ください。



 終電を待つ駅のホーム。そこに設置されたベンチの一つに腰かけ、がっくりと肩を落とした。

『あなたが好きなのって、私じゃなくて私の足じゃない』

 先程、彼女に言われた言葉が頭を巡る。
 確かにそうだ。俺が好きになったのは彼女の綺麗な白く細い足であって、彼女ではなかった。
 何も言い返せなかった俺の目の前で、玄関の扉を無情にもバタリと閉じた。そうして、俺と彼女の仲は終わりを告げた。それが、つい数時間前のこと。
「……彼女の足、結構本気で好みだったんだけどなぁ……。やっぱり、『足が好き』だけじゃ、恋愛は無理か……」
 思わずため息が零れる。
 もう、わかっていると思うが俺は足フェチの人間だ。顔より先に足へ目が行く。好きか嫌いかも、足でほぼ決めていると言っていい。性別なんて関係ない。けれど、しいて言えば白くほっそりとした足ばかり目で追っている自覚はある。
 俺のこの足への執着は幼い頃起きた、姉の失踪事件に端を発している。俺の姉は、ある日の朝、布団の中に両足だけを残して消えてしまったのだ。血の気を失い青白くほっそりとした姉の足は、まるでビスクドールのようだった。白いシーツの上に広がる朱色の中に、その飛沫を纏って静かに横たわるそれを、幼心に感じてしまったのだ。『美しい』と。
 もうそれからは、どんな人に出会をうとも恋慕の執着を抱くのは“足の美しい人”で。足しか興味が行かなくなっていた。
「はあ…。美しい足だけを、永久に俺の恋人にできたらなぁ……」
 そんなできるはずもないことをぼやいて、ただ目の前の電車を待つ人々を無感動に眺める。それでも無意識に視線は足元へと滑り、こんな心情でもついつい自分好みの足を探してしまう俺は、本当に重症だ。
 自嘲気味に笑みを浮かべた時、それを見つけてピタリと視線を止めた。
 ほっそりとした輪郭、でも筋肉もしっかりとついたすらりとしたふくらはぎ。ストッキングに包まれていて、その肌の色は分からないが、それ以外は俺好みの足がそこにあった。黒くなんの飾り気もないローヒールのパンプスにも好感が持てる。時刻は午後十時を回っていた。仕事帰りだろうか。
 ホームに快速列車が通過する旨を告げるアナウンスが流れる。条件反射でベンチから腰が浮いた。次の電車まではまだ数十分はあるのに、あの足を逃すのが惜しくて無意識の内にフラフラと歩み寄っていた。
 線路がゴトゴトと音をたて、駅横の踏切がカンカンと閉まったのを耳で知る。
 俺の視線は目の前の意中の足に釘付けで、気づくのが遅れた。
「……あ?おいっ!!!!」
 誰かの焦った声が近くで聞こえた。
 それと同時に、目の前の足がふわりと線路へ向かって飛んだ。
(――待って。)
 思わず伸ばした手の先で、足の持ち主が落ちて行く。音も何も聞こえない。まるでスローモーションのように長く感じた一瞬を、無機質な車両が猛スピードで引き裂いた。

 キキキキキキッッッ!!!!

 凄まじいブレーキ音に、鼓膜がキンと痛んだ。耳を塞ぐ間もなく、伸ばしていた腕と顔に生温い飛沫物がかかる。同時に、どさりと目の前の点字ブロックの上に何かが落ちてきた。つられるように視線で追いかけると、それは先程まで俺が熱心に眺めていた彼女の片足だった。
 黒いパンプスにところどころ破れたストッキング。覗く肌は透き通るように白い。断面から零れる朱い液体に、あの日の姉さんの足がフラッシュバックする。
(――ああ、なんて美しい……。)
 思わず弧を描いた口元を両手で覆って隠す。その際、ぬるりと滑った感触で、頬に飛んだ液体が彼女の血液だと知った。
 口元を覆って固まる自分を何ととったのか、「大丈夫ですか!」という言葉と共に俺の体は駆け付けた駅員に引きずられ彼女の片足から遠ざけられてしまった。
 引き離された悲しさ半分、良い可能性に気づかされた嬉しさ半分。視線は片足に固定したまま、笑い出しそうな自分を押し止めるのに精一杯だった。
――ああすれば、俺の理想の足が永遠に手に入るじゃないか。
 今日は何て、良い日なのだろう。


『――ニュースをお伝えします。昨日、○○駅近くの踏切で、女性が列車に轢かれ死亡しました。事件が起きたのは、昨日午後11時45分頃。亡くなられたのは、○○区にお住いの××××さん26歳。××さんは帰宅途中、この踏切を通ったとみられ、目撃証言から閉まる寸前の踏切によろけて倒れ込んだ所へ、列車が通過したとのことです。××さんは即死。未だに両足が見つかっておらず、警察は事故と自殺の両面から捜索を続けているようです。では、次のニュースです――』

 リモコンを手に取り、テレビの電源を切った。ソファーの背にかけておいた上着を羽織ると、黒い鞄を手に取り玄関へと足を向けた。が、ふと思い出して足を止め、踵を返して寝室のドアを開けた。
 ベッド横のチェストの上に置かれた、円筒形の硝子の筒へ視線を向けてにっこりと微笑む。
「行ってくるね、××」
 とろりとした海に浮ぶ白く美しい両足が、「いってらしゃい」と俺に微笑み返してくれている様な気がした。
 やっと手に入れた俺だけの永遠に美しい君。
「今日は絶対、早く帰るからね」
 そう言って手を振り、そっと寝室のドアを閉めた。
 もう二度と、離さない。

  END

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