後輩君の恋愛事情

文字数 1,944文字

「聞いて下さいよ!先輩!!」
 ご機嫌に俺の背を叩き、幸せいっぱいな蕩けた笑みを振りまく後輩。
「どうした?えらくご機嫌じゃねぇか。三日前までは彼女に振られて死にそうな顔してたくせに」
 苦笑を浮かべながら言えば、カウンターにドンと持っていた焼酎入りのグラスを置く。
「もう!前の話は止して下さいよ!今の俺は、幸せいっぱい胸いっぱいなんですから!!」
 御猪口に口をつけながら「そうかい」と返す。
 三日前、この後輩は半年付き合っていた彼女に振られていた。原因はこいつの変わった趣味嗜好のせいだ。なんでも昔、布団からはみ出した姉の足の美しさに目覚めて以来の足フェチで、彼女に選ぶ人もとっかかりは“足の綺麗な人”だとか。健康的で筋肉質な足よりも、病的に青白い方が好みで、かと言って細すぎもダメ。色白でほっそりとしているけれども筋肉もしっかりついているのがベスト。と、とにかく理想が高い。
 彼の熱心な視線(足に対して)に気づいて意識し、最後はめでたくお付き合いとなる。の、だが、一緒に過ごしてみるとこいつが自分の足にしか興味がない事がまるわかりで、一気に恋心も覚めてしまうのだとは何人目の元カノ談だったか。
 そうやって何十回めかの失恋で、ついこの間までこの世の終わり(主に足を愛でられない事について)のような顔で仕事していた。しかし、今朝会社へ出勤してきたやつは、顔いっぱいに『幸せです(足的な意味で)』と書かれた満面の笑みを浮かべていた。
 仕事中は何を聞いても的を得ない、脳内お花畑状態の会話しか成り立たなかった。それ故、仕事終わりに居酒屋へと連行したわけだ。
「で?新しい彼女は、そんなに好みの足だったのか?」
 そう聞けば「あ、分かります?」と、ふにゃりと笑った。
 そうして語り出したのだった。彼女との馴れ初めを。

――その日俺は、彼女に振られて仕事に没頭し、三日目の深夜残業明けでした。駅ホームのベンチでがっくりと項垂れ、眠気で頭を揺らしながら始発電車を待っていました。
 人も疎らで、いつもならできる好みの足観察もできない。
 もう、誰でもいいから俺の目の前に今すぐ足を持って来てくれないかなと、回らない頭で理不尽なことを考える程参っていたんです。と、不意にヒールを履いた足音が右から聞こえて来ました。内心、「来た!来た!来た!」とお祭り騒ぎでしたが、そんなものはおくびにも出さずじっとその足音の(ぬし)が目の前を通り過ぎるのを待ちました。

 コツ、コツ、コツ、コツ

 視界の端に、黒いローヒールのパンプスを履いた足が映りました。スラリと伸びた程よい筋肉のついたふくらはぎを、ストッキングが綺麗に包んでいる。はっきり言って俺の好みドストライクの美しい足でした。
 それが右から左へ歩いて行くのを、食い入るようにじっと見つめました。きっと睡眠不足で目は血走り、凄まじい形相だったと今なら自分でも思います。でも、本当に三日ぶりの美しい足に巡り合って、足フェチとしては心のアルバムに焼き付たい一心だったんです。携帯カメラなんて向けたら、警察呼ばれちゃいますからね……。
 そしたら、その足がピタリと俺の目の前で止まったんですよ。驚きましたね、色んな意味で。ジッと変態的に見つめていたのがバレて、公衆の場で断罪されると思って血の気が引きましたよ。俺は覚悟して体を硬くしていたんですけど、いつまでたっても何も言われない。不思議に思ってそっと視線を足に沿って上げたんです。そしたら……

 そこで一旦息をつき、後輩は持っていた焼酎をぐびっと飲む。そうして喉を潤すと、再び話し出した。

――そしたらなんと、全身真っ赤に血で染めた長い黒髪の女性がこちらを見下ろしていたんですよ。濁った黒目に、土気色の顔。……まあ、生きている女性ではなかったんですよね。怖いとか恐ろしいとか思うには思ったんですけど、徹夜明けのテンションって言うんですかね?あと、理想の足に漸く巡り合えた喜びで興奮していて。幽霊=消えるっていう訳の分からない図式の思い込みから、思わず目の前の足をガシッと両手で掴んでいました。
 すり抜けると思っていた手は白く弾力のある太ももをしっかり掴み、その程よい感触もまた理想的で俺の興奮は最高潮に達していました。それで思わず、
「素晴らしい!正に俺の理想の足!お願いします!付き合ってください!!」
って、口からポロッと出てたんですよね。

「期待してなかったんですけど、彼女も照れながらOK出してくれて~。俺の家で今、同棲してるんです」
 と、幸せそうに惚気る奴の言葉に、含んでいた日本酒が口からこぼれ落ちる程、俺が青ざめ固まったのは仕方ないと思うんだ。

 END

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