第1話

文字数 13,957文字


剣導水 弐
過去の清算

      登場人物



         凰鼎夷 信

         和樹

         亜緋人

         李

         死神

         拓巳

         エド

         みりあ

         鳴海































人生は、後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない。

           キルケゴール





































 第一盗【過去の清算】

























 「はあっはあっ・・・」

 信と和樹は、とにかく前だけを見て逃げていた。

 戦うことも出来たかもしれないが、逃げることが先決だと考えたのだ。

 「和樹、大丈夫か!?」

 「・・・ああ」

 いつもなら、自分よりも体力があって、どんどん前に行ってしまう和樹だが、今日は何か様子がおかしい。

 ひとまず、李たちから逃げ切れたようだと、信は呼吸を落ち着かせるため、その場に座り込んだ。

 「酸素が足りねえ・・・」

 ゼーゼーと肺にいっぱい空気を送り込んでいると、和樹の身体がふらっと揺れた。

 そして、視界に映った和樹は、急に地面に倒れ込んでしまった。

 「え!?和樹!?どうした!?」

 ピクリとも動かなくなってしまった和樹に触れて、力いっぱいに揺さぶってみるも、和樹が起きることはなかった。

 今の自分の体力で、自分よりも背の高い和樹を背負えるかと考えたが、信は腹を括った。

 「よい、しょ!」

 全く意識のない和樹を背負い、信はゆっくりだが、確実に森の奥へと歩く。

 どこか隠れられるよう場所があれば、そこで休もうとは考えていた。

 「も、無理!」

 それほど歩いたわけではなかったが、和樹を背負ったままでは、そこまで長距離を歩くことは出来なかった。

 ここまでくればなんとかなるだろう。

 そう思っていた信だったが、甘かった。

 「みーつけた」

 「!?」

 疲れていたからか、油断していたからか、近づいてくる気配に、全く気付くことが出来なかった。

 「こんなとこまで来やがって!」

 もう足はガクガクしているし、目の前の三人を相手には出来ないことは確実だった。

 信の前には、李たちがいた。

 よれよれの信と、横たわっている和樹を見つと、ニヤリと笑った。

 「そこの子、渡してくれる?」

 「!渡すかよ!亜緋人まで殺しやがって!」

 はあはあ、と息を荒くしながらも、信は腰に収めていた刀を抜く。

 「もしかして、その状態で俺と戦う心算?勝てると思ってる?」

 「うるせぇ。やるしかねえだろ」

 「わ、格好いいー」

 茶化すようにそう言う李だったが、何かに気付いたのか、目を見開いたあと、目を瞑って笑った。

 「君たちまで来たの?まさか、横取りしようなんて思ってないよね?」

 「?」

 信は何に対して言っているのか分からなかったが、その正体はすぐに分かった。

 ガサガサと音を立てながら、また別に三人組が現れたのだ。

 一人は髪の長い男、一人は短髪の男、そしてもう一人は女だった。

 李は三人を知っているようだが、仲良いわけではなさそうだ。

 「和樹はこちらで回収する」

 「・・・約束と違うと思うんだけど」

 「状況が変わったのよ、李。大人しく渡して頂戴」

 「ちょっとちょっと!和樹は渡さねえからな!なんだよお前ら!」

 何の話をしているかさっぱりの信は、後ずさって和樹を守ろうとする。

 だが、ふと背中にひんやりとした感覚を感じたかと思い振り向いてみると、そこには短髪の男がいた。

 「悪いな」

 にっこりと笑いながらそう言うと、男は和樹を簡単に担いでいってしまった。

 「和樹!」

 名前を呼んでも起きない和樹は、三人によって連れて行かれてしまった。

 李たちも和樹を取り戻そうとしたが、長髪の男が手を翳しただけで、物凄い光が目を覆い、一瞬、何も見えなくなってしまった。

 ようやく視界が戻ってきたころには、すでに和樹たちはいなくなっていた。

 「おい、李!どういうことだよ!説明しろよ!」

 「・・・・・・やれやれ」







 少し歩いたところに川があり、川沿いの砂利の部分で四人は腰掛ける。

 こうして李たちといるのは違和感があるが、李たちは特に信を襲おうとはしなかった。

 ちららちらと李たちを見てた信だが、いつもはピリピリしていた空気も、なんだか穏やかな感じだ。

 変な感じはするが、特有の殺気も何も感じない。

 「なんでお前等もあいつらも、和樹を捕まえようとしてたんだ?」

 まるで自分だけが知らなかったようだと、信はちょっと拗ねている。

 それを見て、李は頬杖をつきながら笑っていた。

 なぜか拓巳は釣りをしていて、拓巳が釣った魚を焼くための準備を死神がしている。

 こいつらサバイバル得意なのかな、なんてどうでもよいことを考えてしまった。

 というか、街や村で食料を調達していると思っていたが、こんなワイルドな食事をしていたとは。

 パチパチと火が点くと、拓巳が釣ってきた魚をどんどん焼いていく。

 なんて手際のよいことだろう。

 そう感心して見ていると、李が口を開いた。

 「あいつらと手を組んでた」

 「はあ!?」

 「そんなに怖い顔しないでくれる?俺達だって、裏切られて、腸煮えくり返ってるんだからさ」

 怒っているようには見えないが、どうやら李たちも怒っているようだ。

 胡坐をかきながら、信はまだ李を睨みつける。

 「髪の長い男はエド、短い男は鳴海、で、女はみりあって言うんだけど」

 李の話によると、和樹は何か大事なものを持っているようで、李たちはそれを欲しがっていたようだ。

 和樹を回収するために、和樹の様子を見ながら、回収しやすい時に捕まえようとしていたようだ。

 和樹を回収してあいつらに渡す時、和樹が持っているとされているその大事な何かの情報を貰う、そういう約束だったとか。

 「まあ、鼻からその気はなかったってことだよね。ああ、思い出しただけでもイライラしちゃうな」

 いまだに笑ってはいるが、李はご立腹のようだ。

 和樹が持っているものが何なのか、そしてどういう内容なのか、そんなに大事なものなのか、そこまでは聞くことが出来なかった。

 「なあ、もうこれ食える?」

 「お腹を壊してもいいなら」

 「じゃあもうちょっと待つよ」

 お腹を透かせた李が、目の前にある魚に手を伸ばそうとするが、どうやらそれはまだ焼けていないようだ。

 死神の言う事を素直に聞き入れ、大人しく待っているその姿は、まるで子供だ。

 しばらく待って、拓巳が信に魚を差し出してきた。

 「喰え」

 「あ、ありがと」

 ずっと見ていたが、毒などを盛った様子はなかった。

 ぱく、と口に入れてみると、程良い塩加減で、とても美味しかった。

 ふと隣に視線を向けると、李はもう二匹目に突入していた。

 「・・・・・・」

 李と死神と拓巳を眺めていると、こちらを見ていなかったはずなのに、李がこう言う。

 「まだ何か聞きたいことでもある?」

 「え?」

 「さっきからずっと俺達のこと見てるから。え、もしかして、そういう趣味なわけじゃないよね?ごめんね、俺は女が好きなんだ」

 「違ぇし!気持ち悪いこと言うな!」

 ならいいんだけど、と言って、李はまた唇をぺろっと舐めた。

 「いや、三人はさ、どんな関係なのかなー、って思って」

 「俺達のこと?」

 「うん」

 「信様」

 「うおおおおおおお!吃驚した!」

 その時、突如海埜也が姿を見せた。

 李たちは驚いていなかったのに、なぜか信が一番驚いていた。

 心臓部分に手を当てて、海埜也を睨みつける。

 「これはどういうことですか」

 確かに、おかしな状況だろう。

 どうして今まで敵だった相手と一緒にいるのかと、海埜也は今にも李たちに襲いかかりそうだ。

 「海埜也、実は・・・」

 簡単に説明をすると、海埜也はうーんと唸りながらも、李たちのことを信用したのか、何かあったら呼べとだけ信に言って、また姿を消してしまった。

 「・・・・・・海埜也?」

 「ああ、俺の、なんていうか、守護神みたいな?」

 「見たことある気がするんだよね。気のせいかもしれないけど」

 それよりも、と信は続ける。

 「お前等、普通の人間に見えないし」

 「失礼だね。俺達だってれっきとした人間だよ?まあ、多少変だけど」

 李の話によると、李たちはとある研究所で出会ったようだ。

 科学者だったのかと聞けば、そうではないらしく、実験台の方だったようだ。

 詳しいことは教えてもらえなかったが、きっと嫌な記憶でもあるんだろう。

 「じゃあ、あっちの三人とも、そこで?」

 「いや、あいつらは」

 エド、鳴海、みりあの三人と出会ったのは、研究所を逃げ出してからのことだとか。

 これからどうして行こうか話しているときに、三人が現れて、仕事を頼みたいと言ってきたようだ。

 頻繁に会う事はなかったし、会ったのは今日で二回目ということらしい。

 「あーあ、これからやることもなくなったし、俺達も和樹奪還でもしに行こうか」

 「え!一緒にいってくれるのか!?」

 「だって、あいつらの居場所も知らないし、正直、信一人だと到底無理だと思うよ」

 「・・・ああ、自覚してる」

 分かっていても、面と向かって言われると結構虚しいものだ。

 ついさっきまで敵だったし、亜緋人も殺した李たちを、心から許すことは出来なかった。

 それでも、今は和樹を助けるために、仲間が欲しいところだ。

 「頼りにしてるよ!」

 そう言うと、李は一瞬目をぱちくりさせ、その後、柔らかく笑った。







 「無事に和樹を回収できたな」

 「そうね。邪魔がいたけど」

 「まあいいじゃん。和樹は俺達の手の内にあるんだ。あいつらには渡さねぇよ」

 みりあ達に連れて来られた和樹は、まだ動かないまま。

 そんな和樹を、透明の大きな瓶に入れると、その中に液体を注ぎ込んだ。

 蓋をしっかり閉めて、中からは開けられないようにすると、三人はそれを眺める。

 「ま、これでしばらくもつかしら」

 「どうだろうね?随分とガタがきてんじゃないの?」

 そう言いながら、エドはみりあの肩に腕を回すが、抓られる。

 反射的に腕を放すと、今度はみりあからエドに近づいてきて、唇が触れるか触れないかのところで、囁いた。

 「まだ遂行中よ。ご褒美はその後」

 「お、気前いいな。今回はご褒美なんてもんがあるんだ」

 にしし、と歯を見せて笑ったエドを横目に、みりあは和樹の入った瓶に触れる。

 「・・・信、て言ってたかしら」

 「ああ、和樹と一緒にいた奴か」

 「あいつ、どうにかして始末しておきたいわ。面倒なことになりそうだから」

 「大丈夫じゃねえ?あいつ、へなちょこな感じするぜ?」

 「みりあの勘は当たる。軽く考えないことだ、エド」

 「へいへい」

 「しかし、信よりも厄介なのがいます」

 「そうね。一体一で勝てるとしたら、私たちの中で誰かしら?」

 静まり返ったとき、和樹が僅かに目を開けた。

 次の瞬間、目を大きく開けて、驚いたような表情をしている。

 ぶくぶく、と泡が沢山出てきて、和樹は苦しそうにしながらも、瓶から出ようと必死に叩いている。

 腰に隠していた銃を取り出そうとするも、それはすでにみりあによって奪い取られていた。

 どんどん、としばらくは抵抗をしていた和樹だが、酸素が吸えなくなったのか、徐々に大人しくなった。

 「・・・信という男について、調べて頂戴。それから、もう一人」

 みりあは和樹の入っている瓶の前に椅子を置くと、そこに座った。

 特に何をするわけでもなく、ただただ和樹を眺めているだけ。

 「おかえり、和樹」

 「あーあ。結局みりあは和樹だな」

 エドが拗ねたように、両腕を後頭部に置いて自室への道を歩いていた。

 先程まで一緒にいた鳴海は、みりあに言われた通りに、信たちのことを調べていた。







 一方、一夜を無事に過ごした信たちは、翌日から和樹奪還のため、一緒に目的地まで行くことになった。

 のだが・・・

 「あ!とんぼー!」

 「見てみて!テントウ虫だよ」

 「あー!あれなんの虫だろー。待ってー!」

 「ごろごろするには良い天気だねー」

 「あ、やばい寝ちゃいそう」

 「おい、李」

 「何?」

 「お前どんだけ寄り道すんの好きなんだよ!さっきから全然進んでねえんだけど!」

 「だってー、自然が俺を呼んでるんだもん」

 先程から、李が自由に走り回っているのだ。

 くるくると、夢見る少女かと言いたくなるほどに、自由奔放に、気ままに、マイペースに、それはもう楽しそうにしている。

 「おい・・・!」

 いつまで経っても歩く気配のない李に、信はもう一度叫ぼうとするが、死神が肩に手を置いてきた。

 「諦めろ。あの人の自分勝手さは、想像以上だ」

 「そ。あの人が飽きるまで、時間つぶししてるしかないよ」

 「・・・お前等、苦労してんだな」

 死神と拓巳は、李が呑気にしている間、周りを気にしながら休んでいた。

 当の本人はと言えば、まだ虫か何かを追いかけている。

 あ、転んだ。

 いつもはふようよと浮いて移動しているくせに、今はちゃんと足を使っている。

 しかも裸足だから、泥まみれになっている。

 これじゃあまるで、本当にただの子供だ。

 信は死神たちの近くに座ると、腕組をしながら聞いてみた。

 「よく李についていこうなんて思ったな」

 見る限り、誰かの上に立つような人物のようには思わないが。

 だが、信がそう聞くと、意外な言葉が返ってきた。

 「あの人が一番、辛い思いしたと思う」

 「え?」

 死神も拓巳も、とても真面目な顔をしていた。

 過去に何かあったことは明らかだが、李はそんな風には見えない。

 李たちは、感情的になることがほとんどないように思う。

 それと関係があるのかは分からないが、きっとそれに近い状態なのだろう。

 すると、死神がまた口を開く。

 「俺達のいた研究所では、人体実験が主なものだった」

 「人体実験?」

 「争いを減らす為なのか、それとも圧倒的な力を見せつける為なのか、俺達は孤児だったから余計だろうけど、実験材料として選ばれたんだ」

 「孤児・・・」

 「政府は俺達を兵器として世に送り出す為に、人体実験を続けていた。多分、もうかれこれ五十年以上はやってると思う」

 「そんなに?誰か、止める人とかはいなかったのか!?」

 ふう、と息を吐きだすと、死神は信の方を向いてきた。

 「いると思うか?刃向かえば、自分たちだって危うくなるんだぞ」

 「?」

 死神によると、最初の頃は当然反対する人もいたという。

 だが、そう言う人は、人体実験にされるか、もしくは殺傷能力を確かめるための的になっていたとか。

 あまりにも理不尽な出来事だが、この世界のどこかで、まだそういったことが未だにあるというのか。

 「どんなこと、されたんだ?」

 聞き難いことであったし、答えたくないかもしれない。

 きっと思い出すのも嫌であろうことは分かっていたが、それでも、事実としてどんなことがあったのか、信は知りたかった。

 視線をどこかに向けたかと思うと、そこには、寝転んだまま空を見ている李がいた。

 拓巳は目を瞑っていて、寝ているのかもしれない。

 「薬飲まされてたから、よくは覚えてない。けど、痛かったのは覚えてる。身体のあちこちで何か試されてて、試薬だったり痛覚だったり、とにかく人道的ではなかった」

 優しく吹く風さえも、今は身体に纏わりついて落ち着かない。

 「俺と拓巳はあんまりステージ二までだったけど、李はステージ五まで進んでた」

 「ステージって?」

 「実験段階だ。五段階まであって、一はちょっとして薬実験がメインで、二は痛覚と伝習実験。五は手術されて、身体の中を調べられて、臓器移植されることもあれば、臓器に直接試薬を混ぜたり、痛覚の確認をすることもある」

 「痛そう・・・」

 「最高ステージは確か、八だったかな。今の科学では、進んでも五までだろうって言われてる」

 「じゃあ、李は、身体に何かされたってことか?」

 頷くことはなかったが、無言が肯定であることは分かった。

 「俺と拓巳は、李みたいな力はないだろ?」

 「ああ、確かに」

 そう言われてみれば、戦うとき、死神は鎌を使っていたし、拓巳も銃だった。

 宙に浮いたり、変な力を持っているのは、李だけ。

 「一番痛い思いをして、一番辛い思いをした李があんななのに、俺達が嘆くわけにはいかないだろ」

 「・・・そっか」

 だから死神も拓巳も、李についてきているのかと、今初めて理解した。

 そうでなければ、失礼かもしれないが、李についてこうとする人はいないだろう。

 「でも」

 「でも?」

 「ちょっと寝過ぎだな」

 「え?ああ、本当だ。寝てたんだ」

 いつの間にか、李はぐっすり寝ていた。

 死神が身体を起こして李を起こしに行くと、拓巳ももう起きていて、首根っこを掴まれながら、李は信の方に来た。

 そして、再び歩き出した。







 どのくらい歩いただろうか。

 もう二時間は歩きっぱなしだ。

 近くには街も村もなく、信たちは喉も乾いていて、そろそろ休みたかった。

 「あー、李ずるくね?」

 「なんでー?」

 「お前だけ浮いてるから」

 「仕方ないじゃん。足が疲れてきたんだから。省エネでしょ」

 珍しく足を使ったため、李はもう浮きながら移動している。

 筋肉痛なのか、信ももう限界だった。

 「そろそろ、なんか街とかねーかな」

 「誰か来る」

 「え」

 こんな疲れ切ったときに、敵か?と思った信たちだが、そうではないらしい。

 向こうからやってくるのは、男三人組なのだが、みりあ達ではないようだ。

 真ん中を歩いているのは、緑の短い髪をした男だ。

 「あれ?」

 それに見覚えのあった信は、目を細めて相手の顔を確認する。

 すると、向こうも信に気付いたのか、大きく手を振りだした。

 「おーい!信じゃねえか!」

 「お!やっぱり!謙也か!久しぶりだな!」

 「知り合い?」

 浮いていた李は、多少高度を低くして、信たちに近づく。

 「知り合いも知り合い!元気だったか!?」

 「おうよ!信が王位を放棄して、城を飛びだしたって聞いたときには驚いたけどな!俺も兄貴がいるし、ちっと旅でもしようかと思ってよ!」

 「まじか!うっわ!変わってねえな!」

 「え?城ってなに?王位?」

 横で李が何か言っているが、信は謙也に会えたことが嬉しいのか、全く聞こえていない。

 謙也の両脇にいた男たちも、軽く会釈をしたところで、紹介を始めた。

 信達はささっとして、それから謙也たち。

 「こっちは薫!こっちは義則!」

 簡単に挨拶をした後、謙也に近くの街まで案内してもらった。

 そこで、信と謙也はとても盛り上がっていた。

 「しっかし、あんだけ人見知りだった謙也が、仲間連れて旅してるなんてな」

 「それはこっちの台詞だ。式典の日に放棄するって宣言したんだろ?マジでビビったよ。俺の両親も式典に出席してたからさ、帰ってきて聞いたときには、ほんと、どうなるのかと思ったけど、元気そうで良かったよ」

 「へへ。悪い悪い。謙也まで旅してるなんて思ってなかった。だって、兄貴って、あの超怖い人だよな?」

 「そうそう。怖い。俺が城を出るって言ったときだって、両親以上に怒られてし。この歳で泣くかと思った」

 「俺だって怒られたよ」

 「あ、海埜也に?」

 「分かる?」

 「分かるよ。海埜也以外に、信を怒る奴なんていないだろ?」

 「やっぱりそうか。ま、信頼してるんだけどな」

 わははは、と笑いながら、信と謙也は酒を飲み干している。

 その隣の席で、それ以外のメンバーが集められ、なんとも言えない奇妙な空気を漂わせていた。

 「ねえねえ」

 最初に口を開いたのは、李だ。

 自分の正面に座っていた、謙也の仲間の義則に声をかける。

 「なんですか?」

 「君んとこの謙也くんと、うちの信と、どういう関係なの?」

 「さあ、俺達も、信さんと会うのは初めてですし。謙也からそういったことを聞いたこともないので」

 「城とか王位とか言ってたけどさ、まさかだよね?」

 「・・・少なくとも、謙也にそういう雰囲気はないかと」

 「だよね。信だってそんな感じじゃないもんね。そんな馬鹿な話ないよね」

 こそこそと、信と謙也について話をしている李たちだが、御互いに何も知らないようだ。

 薫と義則が謙也に出会ったときも、謙也が道の真ん中で飢え死にしそうになっていたのを、店に連れていったのがきっかけだとか。

 謙也は自分のことをあまり話さないし、聞こうともしていなかった。

 すると、今度はパエリアを食べていた薫が口を開いた。

 「謙也は基本的に何も考えてないから」

 それを聞くと、なぜか李は納得していた。

 肉料理が好きなのか、肉自体が好きなのか、野菜が嫌いなのか、とにかく、李は運ばれてくる肉料理のみに手をつけていた。

 口の周りについたソースは、舌でぺろりと舐めとる。

 「君ら二人の関係は?」

 口に沢山詰め込みながら李が聞くと、同じくガツガツ食べている義則と、静かにコーヒーを飲んでいた薫が李の方を見る。

 そして互いに顔を見合わせると、義則が話始めた。

 「四年くらい前に初めてあって、その時は殺し合いをして、決着がつかないからとりあえずお互いを監視ってことで、一緒に旅を始めた」

 「何それ」

 「俺が生まれた村では、十歳になると一人旅をさせられるんだ。金も食料も持たせてもらえないから、自分でなんとかするしかなくて。で、何年か経ったころに賞金がかかった薫を見つけて、狙ったってわけ」

 「・・・賞金がかかってたって何?」

 今はスパゲッティを食べている李は、口から数本の麺が顔をのぞかせていた。

 しらっとしている薫に視線を向けるが、特に気にしてないようだ。

 義則の言葉に、死神も拓巳も、思わず聞き耳を立ててしまう。

 そして、義則も自分から言ってよいのか迷っていて、薫の方を見やると、薫はそれに気付いてため息を吐く。

 「別に悪いことはしてないよ。ただ、お偉いさんが引き連れてた猫が、俺のズボンにマーキングしやがったから、ちょっと放り投げただけ」

 「マーキングされる人間って、そうはいねえと思うよな。俺、それ聞いたときはマジで大笑いしたし」

 「義則、殺すよ」

 「すんません」

 「賞金かかってたってことは、こいつ以外にも狙ってきた人はいたんじゃないの?」

 そう言って、李は義則のことを指さす。

 「確かにいたよ。それも結構良い金額だったし。けど、俺面倒なこと嫌いだし。そもそも喧嘩もしたことないのに、どうやって戦えって感じだった」

 その時のことを思い出したのか、薫の眉間には深くシワが寄っていた。

 会う人会う人に、人違いです、と言い張っていたそうだ。

 それもそれですごい根性してると思うが、義則はそれを聞くことなく襲いかかっていったようだ。

 「じゃあ、二人の戦いが長引いたっていうのは、どういうこと?」

 「それは・・・」

 二人とも、特に戦術を持っているわけではなさそうな話だ。

 李の質問に、口の中のものを一旦飲みこんだ義則が答える。

 「薫と会ったときには、多分互いに強くなってたとは思う。低レベルかもしれないけどね。まあ、俺も人を殺すなんて初めてだったし、思い切りってのは出来なかったけど」

 「へー、まあいいや」

 自分から聞いておいて、李はもう興味がないのか、また食事に戻っていた。

 その日は、謙也たちと適当な場所で野宿をし、翌日には別行動を取ることになった。







 「次はいつ会えるか分かんねえけど、元気でな」

 「謙也もな。元気そうで良かったよ」

 「いつか城には戻るつもりなんだろ?」

 「んー、まあ、戻る心算ではいるけど。実際はどうなるか分かんないかな」

 「親父さんたち、心配してるだろ。文くらい書いたらどうなんだ?」

 「そういうお前は書いてるのか?」

 「へへ。書いてねぇ。けど俺んとこの場合、城に残ってるのは兄貴だしな。きっと立派に国をまとめてくれてるよ」

 「誰かに乗っ取られてるかもしれねぇぞ」

 「まあ、それならそれで仕方ねぇよ。いつかは滅ぶもんなんだよ。時代の権力者なんてさ。永遠じゃない」

 「・・・ああ、そうだな」

 フッ、と小さく笑うと、謙也が手を伸ばしてきた。

 その手を少し見たあと、信もパンッ、と謙也の手を掴んだ。

 「またな」

 「ああ、またな」

 ゆっくりと手を放すと、謙也たちは信たちとは別の方向へと歩いて行った。

 その後ろ姿を眺めて、ノスタルジックになっていた信だったが、にゅるっと首に何かが巻きついてきた。

 びくっと身体を強張らせたあと、首のところを見てみると、それは人の腕であることが分かった。

 「なんだよ」

 不機嫌そうな顔で、腕を巻き付けてきた張本人の方を見ずに話しかける。

 「ちょーっと聞きたい事があるんだけどなー」

 「なんだよ李、いつもよりなんかねちっこいぞ」

 自分の首にある李の腕を払いのけようとしたが、李の力は思ったよりも強く、なかなか動かせなかった。

 グググ、と信も結構な力を込めているのだが、李の腕を解けない。

 ふう、と諦めた信は、後ろから李が抱きついている状態のまま、歩き始める。

 「重いから放れろ」

 「俺浮いてるんだから、重いわけないでしょ?それよりさ、俺達に言ってないことあるでしょ?」

 「はあ?」

 「ズルイよねー。俺たちのことは聞いておいて、自分のことは話さないんだ?」

 信の耳元に口を近づけて、コソッと言っているつもりなのだろうが、きっと後ろを歩いている死神と拓巳にも聞こえているだろう。

 ネチネチと言ってくる李を無視していた信だが、さすがに長時間は耐えられなかった。

 「あーもーうるせえな!」

 「じゃあちゃんと説明してくれる?」

 ガバッと後ろを振り向くと、その拍子に李はひょいっと放れていった。

 にこにこと余裕そうに微笑む李に、苛立っていた信は、諦めのため息を吐いた。

 「何から話せば良いのか」

 「とりあえず最初から?」

 「最初ってどこ」

 「んー、出生のところからでも、俺はちゃんと聞くよ?」

 何処まで遡らせる気なんだとも思ったが、確かにそこから話さないと、きっと何も進まない。

 「俺が生まれたのは、とある城だった」







 信は、ゆっくりと語り始める。

 「産まれたときから、いずれは国王になることが決まってて、小さい頃から色んなマナーとか習い事とか、させられてた。けど、どれもこれもつまらなくて、すぐに辞めた」

 ポケットに手を突っ込みながら歩く信の後ろを、李たちも続く。

 「俺の城には、昔から暗殺部隊があって、影で国を守ってた。けど、分家の奴らが徐々に力をつけ始めて、本家である俺たちを殺そうとしたんだ」

 どうやら、信はどこかの国の次期国王として産まれ、そして育った。

 また、暗殺部隊を結成しており、強い力を持っていた本家を、分家は快く思っていなかった。

 そのうち、次第に分家も力をつけてきて、本家を潰そうと考えたようだ。

 「俺は分家の城に呼ばれ、向かった。当然、そこでは俺を殺すための準備をしていた。もっというと、俺の城の方にも、暗殺部隊が入れ換わりに向かっていたんだ」

 一人で来てくれと頼まれたため、信は一人で乗り込もうとしたが、そんなこと、両親が許すはずがない。

 そこで、信の代わりとして暗殺者の一人が送られた。

 もう一人、援護として別の男も身を潜めて後を着いていっていた。

 「けど、俺が狙われてるのに、他の奴を危ない目に遭わせるわけにはいかない。俺は、俺の代わりとして行く予定だったそいつに頼んで、本物の俺が行くことにした」

 正直言って、危ない賭けだった。

 信が狙われているということは、援護が一人しかいなくなってしまうということだった。

 だが、それでも信は自分が行くときかず、代わりに行く予定だった人物は、城に残って城を守ることになった。

 「それってすごく危険じゃない?よく無事だったね」

 「自慢じゃないけど、俺のとこには、優秀な奴しかいなかったから」

 そう話す信の表情は、なんとなく浮かないものだった。

 「城の方も無事に守れて、俺も生きて帰ることが出来た。けど、親に叱られて、何カ月か小さい部屋に押し込められたよ」

 「当然だね」

 「俺は国が嫌いじゃなかった。けど、ずっと国にいるなんて、退屈だと思ったんだ。そんな狭いところにいたんじゃ、何も見えないだろ?俺はもっと世界を見てみたかったんだ」

 その時のことを思い出したのか、信の瞳はキラキラ輝いていた。

 だが、すぐに目を伏せてしまった。

 「城を出る時、聞かされたんだ」

 「・・・・・・」

 「あの時の俺の我儘で、一人の大事な仲間が死んだ」

 信の言うあの時というのは、きっと信が狙われていると知りながらも、城に向かったときのことだろう。

 自分以外の人を危険な目に遭わせられないから、というのは、実に信らしい。

 「あ」

 「ん?どうした?」

 急に、何か思い出したように、拓巳が口を開いた。

 「聞いたことがある。暗殺に長けていた城があるって。今は知らないけど。確か、名前は・・・」

 「凰鼎夷」

 「そう、それ」

 思い出せそうになかった拓巳に、信が名前を言うと、こくこくと頷いた。

 すると、次に驚いたような顔をしたのは、李と死神だった。

 「凰鼎夷家って、あの?」

 「え?何?有名なの?」

 みんなが凰鼎夷家のことを知っているようだが、信はなぜみんな知っているんだろうと、首を傾げた。

 「有名も有名でしょ。世界有数の資産を持っている由緒正しき家だよ」

 「あー、そうなんだ」

 「なんで本人が知らないワケ?」

 「いやー、俺あんまり興味なくて。てか、歴史とかも苦手だし。勉強もまともにしなかったから・・・」

 ハハハ、と苦笑いしながら、信は後頭部をかいた。

 李たちが言うには、信の産まれた凰鼎夷家というのは、とても有名な城のようだ。

 だからといって、悪い噂もなく、戦争も好まない平和な国とされているようだ。

 確かに戦争などというものとは縁もなく、暗殺部隊がいるのが不思議なくらいだとか。

 「じゃあ、さっきの謙也も、どこかの城の人間ってこと?」

 「うん。謙也んとこは、龍彪家って言ったかな」

 「そこもなかなかの名門だね。なのに城を出るなんて、もったいないな」

 「そうかな?窮屈だと思うんだけどな」

 立場が違うからだろうか、信はちっとももったいないなんて思わない。

 衣食住が揃っていて、何不自由なかったのだから、きっと幸せだったのかもしれない。

 それでも、信にとっては自由こそ全てで、決められた生活など、つまらないだけだった。

 「じゃあ、あいつは?」

 そう言って、李が親指を立ててくいっと示した先から、人影が現れた。

 「海埜也!」

 「そうそう、珍しい名前だよね。どっかで聞いたような気もするんだけど。この海埜也ってのは、凰鼎夷家と関係あるの?」

 急に、李と海埜也の間に、ピリピリとした空気が漂う。

 それに気付いてるのか気付いていないのか、信は平然と説明をする。

 「海埜也は凰鼎夷家のときに世話になった、暗殺部隊の部隊長なんだ。今は凖ってのが代わりになってるはず、だよな?」

 確認するように海埜也の方を見ると、海埜也は小さく上下に首を動かした。

 顔の半分が火傷をしている海埜也は、なんとなく威圧感がある。

 「確か、紅頭とかって、呼ばれてたよな?」

 「紅頭、ね。どうりで聞いたことがあるわけだよ」

 「え?」

 信の口からその単語を聞いた途端、李が鼻で笑った。

 だが、いつものようにヘラヘラとは笑わず、目を細めて海埜也を見ている。

 李と海埜也が正面を向いて睨みあっているのを、信はただ茫然と見ていた。

 「紅頭ねえ。どこかの城が雇った、冷酷非道で有能な暗殺者だって聞いたよ」

 「それはどうも」

 「けど、ある日忽然と姿を消して、一部では死んだとか噂もあったけど、まさか護衛を続けていたとはね」

 「・・・・・・」

 あんなふうに、他人に突っかかって行く李を見たのは初めてで、信は死神にこそっと聞いてみた。

 「なんかあったの?」

 「・・・多分、関心があるんだろうね。人間離れした自分よりも強いであろう相手だし、紅頭って言えば、裏社会では知らない奴はいないだろうから」

 「そうなの?海埜也って、そんなにすごいやつなの?」

 「お前は知らないかもしれないけど、凰鼎夷家に仕えていた暗殺部隊はレベルが違うとされてる。だからこそ、人数で対抗するしかないって考えてる連中もいる」

 「へー、そうなんだ。凵畄迩海埜也とか、変な名前だなーって思ってたけど」

 だからといって、どうして李があんなに海埜也に喧嘩を吹っ掛けるようなことをしているのだろう。

 「お前は誰だ」

 「俺は李。いずれは紅頭と勝負がしたいなって思ってたんだ」

 「俺は無益な戦いはしない」

 「そんなこと言わないでよ。じゃあ、俺が信を殺しちゃってもいいわけ?」

 そう李が言った瞬間、海埜也の目つきは一気に変わり、殺気が籠る。

 それを見ると、李は嬉しそうに笑った。

 「冗談冗談。君を一目見たいと思ってたんだ」

 「?」

 「俺は小さい頃親に捨てられて、道端に落ちてる物を拾ってなんとか食いつないでいた。孤児なんかに係わりたくない大人たちは、俺を見て見ぬふりしてた。けど、ある日俺の国で何だかの祝い事があってな。そんとき、どっかの国の国王が、俺を見てこう言ったんだ。『君は大きくなったら何になりたいんだ?』

って。だからこう言ってやった。『大人になんかなりたくない』。笑ってたよ、そいつ。確かに、薄汚れた大人になんかならない方が良いかもしれないって言って、式典に行ったけどね。その国王が確か、凰鼎夷信の親父だ」

 「じゃあ、もしかして産まれた国というのは・・・」

 「ああ。史上最悪最低の国だ」

 自嘲気味に笑うと、李はまたすぐにいつもの表情に戻った。

 「さてと、信のことも分かったことだし、そろそろ進もうか」

 「全く。お前がしつこく聞いてくるから、こんなことになったんだろ」

 「そうだっけ?忘れちゃったよ、そんな昔のことは」

 「海埜也も一緒に行くんだろ?」

 「私は影でお守りする役目ですので。ご安心ください」

 「おう」

 李が海埜也と何を話していたのか、正直気になってはいたが、追究はしないことにした。

 誰にでも、言いたくないことがあるだろう。

 「で、こっちでいいのか?」

 方向を確かめるため、信が指をさすと、李は首を傾げた。

 その代わりに、拓巳が地図を広げて確認をしていた。

 「そっちであってる」

 「じゃあ、行くか」

 「なんか眠くなってきちゃった」

 「勝手に寝てろ。置いてくから」

 「聞いた?信があんなこと言ってる」

 「はいはい」

 「え?死神までそんな感じ?酷くない?ねえ?拓巳」

 「はいはい」

 「・・・・・・」


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