第1話 廃屋の依頼人

文字数 1,972文字

万屋(よろずや)さん、ありがとうございます。おかげさまで、こうして家族と再会することができました」

 鼻をすすり、目を赤くしながら依頼人は万屋に頭を下げた。依頼人の腕の中では、同じように再会を喜ぶ妻と子が口々に万屋にお礼を伝えている。

「気にすることはないさ。これが私、

の仕事だからね」

 そう万屋が微笑むと、依頼人は一層深く頭を下げた。

「本当にありがとうございました。あなたに依頼してよかった。これでようやく、家族そろって旅立てます」

 パチッと電気を消すように、依頼人とその家族の姿が消えた。

 後に残るのは心霊スポットと噂される崩れた廃屋のみ。
 都市開発が進むこの地域で、一軒だけ取り残されたこの場所は異様だとネットの一部界隈でも噂されていた。

 しかし、怨霊だの何だのと囁かれていたが、ここにいたのはごく普通の人だった。ただ人生の終わりを見失って、ここに留まり続けてしまっていただけだ。

 十年前、この家に暮らしていた家族は旅行先で事故に巻き込まれた。遺品さえ満足に集められない程の悲惨な事故だった。

 依頼人は、自分を含め家族全員が亡くなったという記憶がないまま家に戻り、ずっと戻らない妻と子を待ち続けていた。あまりにも悲しい記憶だったから、死後にまで持ち越したくないと願ってしまったのだろう。

 しかし、依頼人と会った瞬間に万屋は理解した——依頼人の妻と子はずっと彼の傍にいて、一緒に天国へ行ける日を待ち続けている、と。

 依頼人は自分と家族が亡くなってしまったことを認めたくないが為に、幽霊になった二人を見つけられずにいるようだった。

 そんな彼から「自分の妻と子を探してください」と依頼をされた万屋は、苦難の末、依頼人に自分自身と家族の人生が終わってしまったことを自覚させ、家族そろって天国へ旅立つよう促した。


 仕事を終え、誰もいなくなった廃屋で万屋(よろずや)(さとり)は徐にネクタイを締め直し、ステッキの柄を持って一振りした。
 その途端ハンドルの装飾のカラスが翼を広げて舞い上がり、万屋の腕にとまった。

「依頼人と彼のご家族が無事に天国へ着けるように手助けをしてくれたまえ」

 カラスは一鳴きして万屋に応えると、崩れた天井から空に向かって飛んでいく。その姿が見えなくなると、万屋は先程まで依頼人とその家族がいた場所に向き直った。

「『あなたに依頼してよかった』か、そう言っていただけて、とても光栄だよ」
 万屋は一礼するとその場を後にした。

 廃墟のドアを開けると、そこは都市開発で騒がしい道ではなく、万屋の住む異界にある喫茶店に繋がっていた。不思議な力で廃墟のドアを行きつけの喫茶店のドアに繋げたようだ。

「あら、探偵さん。お仕事終わりましたの?」

 オッドアイの店員が出迎えると、奥からも騒々しい声が聞こえてきた。

「来たな探偵。あわい横丁と現世を行き来するなんて物好きだよな。よくやるよ」

「他に適任者がいないからねー。お疲れ様」

 カウンター席で兎に似た妖精と天井から上半身を生やした男が手招きしている。万屋は呆れ笑いしながら二人の間の席に座った。

「二人の内、どちらかが私の助手をしてくれても構わないんだがね。それか、この横丁の管理人の役を手伝ってくれても——」

「マスター、ナポリタンを探偵にやってよ。俺の奢りでいいから」
「飲み物はコーヒーでいい?」

 万屋の声を遮るように妖精がナポリタンを注文すると、逆さに生えた男も万屋が好むブレンドを注文した。

「なるほど。活動の支援はするが手は貸さないという意思表示だな、了解した」

 万屋が苦笑すると、カウンターの向こうからマスターがチラっと視線を寄越してきた。

「猫の手も借りたいほど忙しいのかね?」

「そういう訳ではないんだがね、やはり探偵には助手が付き物だろう」

 なぜ、と問われ、万屋は顎に指を添えて思案した。

「たまに思うんだ。時には共に頭を抱え、時には事件解決の喜びを分かち合う、そんな苦楽を共にする相棒がいたらどれほど素晴らしいか、と」

「探偵さん、もしかして寂しいんですか?」
 コーヒーを持ってきたオッドアイの店員に聞かれ、万屋はまた苦笑する。

「どうだろう。いなければいないで済む話だからね。しかし、もしそんな相手がいるなら、私のような

であることを祈るよ」

「あら、どうしてですの? 探偵さんは人間がお嫌いでしたっけ」

「そうじゃないさ。きっと出会ってしまったら、離れがたくなってしまうと思ったんだ」

「いいじゃありませんか」

 オッドアイの店員の返答に万屋は首を傾げたが、店員は構わず言葉を続けた。

「探偵さんが離れがたいと思えるほどの方に会えたその時は、きっとその方も万屋さんと離れがたいと思っているんじゃないかと、私は思いますわ」

 万屋は今日何度目かの苦笑をした。

「混ざり者の助手になりたいなんて、そんな物好きな人間いないさ」
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