第5話 駐車場で大騒ぎ

文字数 2,414文字

 電動アシスト機能付き自転車は少しペダルを踏み込むだけでグングンとスピードを上げていく。大五郎(だいごろう)こと有刺鉄線ぐるぐる巻き金属バットを右手に持ちながら、左手でハンドルを握るミチオ。片手でブレーキは難しいので何かあったら即死亡確定だ。

 動くものに反応するタイプのゾンビたちがミチオに向かって来る。片足を引き()っていたり、四つん()いで移動したり、腕の力だけで移動したりと腐敗の進行度合は個体によって異なるが、いずれにしろその動きは緩慢だ。
 ガーデニング売り場に居るゾンビたちを引きつけようにも、動きの遅い奴等(ヤツら)の誘導は根気の()る作業となるだろう。

 ミチオは駐車場の(すみ)でゆっくりとスピードを落とし自転車を停めた。振り返ってホームセンター側を見やると、ほとんどのゾンビが追いかけるのを諦めてその場でウロウロし始めていた。

「意味ないじゃん……」

 もっとこう、なんか、砂浜にいるカップルの「ウフフ、こっちだよーん」「待ってよ、ミチオー」みたいな感じでゾンビが追って来ると思っていただけに、彼の失意は半端(ハンパ)なかった。むしろ絶望といっても過言ではない。

 そして遂にミチオの中で何かが(はじ)ける。それは睡眠不足が招いたものか、さっきのしょうもない例えのせいかは分からない。とにかく彼はキレちまったんだ。

「ウラァァ嗚呼(ああ)ぁあ!!」

 アッパースイングした金属バットで吹っ飛ばした自転車はいったん空中に放り出され、地面に激しく叩きつけられる。静かな駐車場にガシャンと硬いもの同士がぶつかる音が響く。その音とミチオの上げた咆哮(ほうこう)で、音に敏感なゾンビたちが一気に動き出した。

 鬼のような形相(ぎょうそう)のミチオはバットを手首の動きだけでグルグルと大きく回転させながら、のっしのっし歩いて行く。
 腐敗が進み倒れて歩けないゾンビの頭を蹴り飛ばして粉砕する。緑色の粘液や血液が飛び散り顔やシャツやサイクリング用パンツに付着しても気にも留めない。ただただまっすぐ前を向いて、表情を崩さずに進み続ける。

 駐車場内は、にわかに戦場と()す。
 ノロい動きで迫り来るゾンビたちを、ミチオの振るう大五郎が破壊していく。あ、何度もすいませんが大五郎ってのは金属バットのニックネームです。

 ミチオは巧みなバットコントロールとその凶悪なる腕力によって、ひと振りで複数の敵を弾き飛ばし、あるいは首を()ね、あるいは身体を引き裂いて破壊の限りを尽くす。
 何度も叫び、地面に落ちたゾンビの一部分を踏みつけ、後ろに接近したゾンビを回転しながら振り払い、蹴り飛ばし、振りかぶり上からバットを叩きつけまた一体、また一体と奴等(ヤツら)の動きを止め、粉砕していく。

 ホームセンターの2階の窓が(ひら)かれた。

「キング、目的忘れてますぜ! ガーデニング売り場からアイツらを遠ざけてください!」
「ウガアァァアアァア!!」

 ミチオが言葉を認識していない。目を真っ赤に充血させ、歯を()き出しにしてヨシハルを(にら)みつける。

「あ、こりゃダメだ」

 ヨシハルは無線でリキに報告と依頼をする。

「あの日以来だけど、またキングがご乱心だ。なんとかしてくれ」
『マジかよ……。もう鎮静剤は無いぞ。どうしろって言うんだ』
「仕方ない。倒してくれ」
『えっ、俺が?』
「他に誰がいるんだ。僕が音を出して注意を逸らすから、その隙に……、えーと、なんとかしてくれ」

 リキはクソデカ溜息を()いて、勝手口の扉を()け、バリケードとして立て掛けてあった鉄板や木の柵、本棚、冷蔵庫などを退()かした。ゾンビは(みな)、ミチオのご乱心会場へ行ってしまった様子。

 ヨシハルが2階の窓から身を乗り出し、金盥(かなだらい)をカンカンと鳴らすと、ゾンビとミチオが音に反応してその方向へ歩いて行く。ミチオ……。

 こうなったら覚悟を決めて一撃に賭けるしかない。失敗したらミチオに殺されるだろう。ゾンビに構っている暇などない。
 ズリズリと何故かゾンビみたいに歩くミチオの後ろを取ると、リキは警棒をしっかりと握る。相手の動きに呼吸を合わせ、狙いは一点。

 リキは警棒を振り抜いた。

 バチンという打撃音が拡散しゾンビたちが振り向く。

()って! 何すんだよ!」

 ミチオは怒りの表情でうなじを(さす)りつつ振り返るとリキを(にら)みつけた。さっきまでと打って変わって人間味のある顔だ。

「お、戻った」

 だが周りはゾンビだらけ。さあ、どうする?!

「ミチオ、このままゾンビを引き連れて遠くに行ってくれ!」
「分かった! ……ん?」

 状況を理解していないミチオは、首を(ひね)りながらゾンビを薙ぎ払い逃げ出す。リキはなるべく目立たないようにそろりそろりと後ろへ歩き、ガーデニング売り場へ向かう。既にヨシハルがショッピングカートを2台用意して園芸用の培養土(ばいようど)()せ始めていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 夜の(とばり)が下りる。

 ミチオとリキはホームセンターの屋上で炎を眺めていた。

「しばらくラーメン禁止だってさ。ヨシハルは厳しいなぁ」
「だからちゃんと寝とけって言っただろ。キレやすい若者かよ」
「前後不覚、曖昧模糊、茫然自失……。なんて言うんだろうな、こういうの」

 しょぼくれるミチオに、リキはふっと笑みをこぼす。

「明日はここに畑を作るぞ。適当に枠を作って、土を盛るんだ。お前も手伝えよ」
「お、おう。オイラ野菜はあんまり好きじゃないけど、働くのは好きだぞ」
「よし。じゃあ、今日はちゃんと中で寝よう。マットレスが余ってたはずだからな」

 リキは懐中電灯(ハンドライト)()ける。燃え盛る炎に大きな金盥(かなだらい)を被せて火を消すと、立ち上がったミチオと肩を組み屋上を(あと)に……。

 後方から赤い光が広がり、辺りを照らした。

 ふたりが驚いて同時に振り向くと、遠くで赤色光(せきしょくこう)が放物線を描き、消えていった。

信号弾(フレアガン)?! ……人間が……、いるのか?」

 そう(つぶや)いたリキの頬をギュッと思い切り(つね)って、ミチオも声を上げる。

「今、光ったよな。あっちの(ほう)だ」

 呆然とその方向を見つめるふたり。そしてリキの右の頬は、赤く()れあがっていくのであった。
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