寄り道 キムラ ブストーリー①

文字数 2,279文字

 6月下旬のある日曜日。木原は大型ショッピングモールに来ていた。
 本を買いにきていたのだ。
 最近、木原はある推理小説作家の本を読むようになり、その作家の新しい本が出たと知り、わざわざ本屋まで探しに来たのだ。
 しかし、木原には一つ悩みがあった。中学時代の知り合いとの再会である。それを避けるためにわざわざ地味な服を選び、少し遠い所まで電車に乗って向かい、足早に本屋に向かっているのだ。
「木原君!久しぶり!」
 彼の願いはショッピングモールに入って3分も経たずに打ち砕かれた。
 木原の正面に小柄な男子が立っている。その男子は青いTシャツにピンクの半ズボン、おそらく学校用に履いているのであろう黒い靴という変なコーディネートだ。
「お前、木村か!」
 木村 清太(きむら せいた)。彼は木原と同じ中学校の同級生で高校は別々になった。卒業まで木村は木原と仲良くしようとし、木原もなんやかんやで木村には心を開くようになった。
「何してるんだ、こんな所で?」
 木原が尋ねると、木村は満面の笑みで
「デートの準備だよ。」
と答えた。
「ああ、デートか。?デート!?」
 木原は驚いた。あの木村に彼女ができたとは。純粋でどこかずれている。それが木村という男だった。女に嫌われ、馬鹿にされはすれど、惚れられるようになるとは。
「そうか。彼女ができたのか。良かったな。」
 木原は笑顔でそう言うと、木村を避け、本屋へ向かおうと足を進めた。
「ちょっと待ってよ、木原君。」
 木原の悪い予感は的中した。
 中学時代から木村は木原を親友だと思っている。そして、何かあると木原をよく頼る。頼られる事が苦手な木原は、いつも苦い顔をしつつ木村と行動を共にする。
「木原君も手伝ってよ。デートの服選び、僕だけじゃ無理だよぉ。それに、ラブレターの事はもう怒ってないから。」
 その一言で木原は、木村の器の大きさを再確認した。
「わかった。わかった。服選びすれば良いんだろ。」
 木原は、木村に同行する事にした。
「ありがとう、木原君!木原君が偶然いてくれて良かった。僕一人じゃ、全然わからなくてさ。」
 木原は、木村が話している彼女とのつまらない馴れ初め話を右から左に流しながら、頭の中をフル回転させて、木村に似合う服を必死に考えていた。
 この日、二人の男は安くて有名なあのお店に足を運んだ。
 一人は、天性の優しさと運で彼女ができた男。
 もう一人は、天性の優しさと不器用さで彼女ができなかった男。
 二人ともファッションセンスはゼロである。
 逃げ道など無い。
 人生における難問の一つに、今、二人の男が、記憶と勘を頼りに立ち向かう。
 木村は、お店に入るとすぐ、コラボTシャツのコーナーに向かった。
「何のつもりだ?」
 木原が尋ねると、木村は
「好きなアニメのTシャツを着たら話もはずんで、楽しいかなぁと思って。」
と笑顔で答えた。
「彼女さんも、そのアニメ好きなのか?」
「わからない!」
と笑顔で答える木村に、木原は頭がクラクラした。
「それは危険だぞ木村。」
「どうして?」
 木原の言葉に、木村は不思議そうな顔で尋ねた。
「コラボ系のTシャツを着ると、ほとんどの奴はダサくなるんだ。ファッションセンスの無い奴は同系色の服とズボンと靴でコーディネートするのが無難だ。」
 木原は黒いズボンと黒いTシャツを持ってきて木村に渡した。
「試着してみろ。」
 試着した木村を見て、木原は満足そうな表情を浮かべた。
「やっぱり男は黒だな。」
「本当に大丈夫なの、木原君?このままだと僕は黒い服、黒いズボン、黒い靴でデートに行くんだよね?」
 木村は心配そうな顔で木原に尋ねる?
「靴下とマスクは白でも良いぜ。黒の方が良いと思うがな。」
 木原は自信ありげに答えた。
「これ、不審者みたいって思われないかな?お巡りさん、この人ですって言われそうな恰好じゃない?」
「木村、覚悟を決めろ!ダサいオタクと思われるか、不審者と思われるか、どっちがマシかは明らかだろう。」
「どっちも嫌だよ!」
 木村は今日一番の大声を出した。
「同系色の中でも黒が無難だ。黒以外の同系色で何が似合うと思う?」
 木原は落ち着いた態度で言った。
「同系色というか同色!全部同じ色だよ。黒一色になってるよ!僕に選ばせて。」
「やめとけ。お前、今日の私服のセンスゼロだぞ。」
「不審者になるのは嫌なの。」
 そう言って木村が試着室で着替え直そうとした時、
「木原じゃん!ヤッホー!!」
という声がした。
 声がした方を見ると、そこには、猛野と、猛野より少し背の高い男がいた。
「先輩、お疲れ様です。」
 木原は頭を下げる。
「オツ!それより、その子の服、木原が選んだの?」
 猛野は木村の方を見て質問した。
「はい。こいつがデートに行くっていうんで。」
「これじゃ、不審者コーデ。刑務所入り待ったなしだよ。ヒサヒサ、選んであげて。」
 最後の言葉は猛野が隣の男へ向けて言ったものである。猛野の彼氏であった。
 その後、猛野の彼氏の指導により、服選びは順調に進み、購入まで終わった。
「今日は、ありがとうございました。」
 二人は猛野とその彼氏に頭を下げる。
「良いよ!デート頑張って!」
 猛野とその彼氏は去っていった。
「木原君も、今日はありがとう!」
 木村は木原に頭を下げた。
「気にするな。」
 木原は、その場を去ろうと歩きだす。
「櫻田さんの事だけど、」
 木村が話そうとするのを木原は手で遮り、
「もう良いよ。それより、デート頑張れ。」
と言って、そのまま去っていった。
 
しばらくの間、一人で歩き続け、木原は、ふと疑問に思う。
「今日、何しに来たんだっけ?」
 
 
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