1年目4月   

文字数 2,244文字

 高校生活の序盤に起こるイベント、部活動勧誘。木原にとって、苦手なイベントだ。
 誰かが自分の悪い噂を広めたのか、それとも危険人物っぽいオーラが出ているのか、人相が悪いのか、木原にはわからない。ただ、自分がクラスで浮いているらしいという事は自覚していた。
 悪い噂が広まっているとすれば、過去の自分の行いに原因があるのだろうと思う。だとしたら当然自分が悪い。しかし、それを確かめる気力は木原には無かった。
 人も集団で行動する。普段の言動に関わらず、全ての人は、独りという状態を実は怖がっている。より多くと繋がることで自分を護りたがる生き物だ。木原は、それをよく理解している。だからこそ、諦めていた。
 自分の世界に浸ろう。部活動なんて俺にはいらない。
 木原は部活動とは無縁の人生の歩む事に決めた。
 その決定が覆るのに、一週間もかからなかった。
 担任の先生から部活動に入らないのかと問われたからだ。その時になって、自分の担任が剣道部の顧問だと知った。剣道部に人が少ない事は周知の事実。木原は中学時代、剣道部だった。
 勧誘される。
 最悪の事態が脳裏に浮かぶ。
「気になっている部活があるので、今日行ってみるつもりです。」
 咄嗟に言葉が出たものだから、どの部活動に興味があるのかを一瞬で考える必要があった。先生を納得させるためにも、沈黙の時間を作るわけにはいかない。
「何部だ?」
と問われ、
「読書倶楽部です。部室棟の場所を迷っていたので昨日まで行けてませんでした。」
と答えた。咄嗟にしてはよく話せている。しかし、
「言い訳まで考えるとは進学コースの生徒は頭が良いんだなぁ。」
という言葉によって、木原は自分の失敗に気づいた。
 どこの部活かを質問されたのであって、理由は問われていなかった。そのため、理由まで答えてしまった自分は、剣道部への勧誘を避けるまたは断ろうとしているのだと担任にバレてしまったのである。
 しかし、担任は笑いながら木原を解放した。木原は読書倶楽部へ向かうことにした。
 担任が剣道部の部員に自分の事を漏らす可能性を恐れたためである。
 人の少ない部活動の勧誘は断りにくいし、粘り強い。中学時代、剣道部だった木原はよく知っている。
 部室棟は体育館などの他の建物に比べると古いように見える。すぐ近くの図書館と比べると天と地の差だった。
 図書館は去年新しくなったらしく、他の建物より一段と綺麗に見えた。
 図書館から部室棟へと目を戻す。そこは、新聞部や茶道部などの文化部の部室が集まっているらしく、読書倶楽部は、二階の一番端にある。部室の前まで来た木原はドアを叩く。
「どうぞ。」
という女子の声がする。ドアを開けると、そこには声の主であると思われる女子生徒が立っていた。
「靴脱いで入って。靴はそっちの下駄箱に入れてくれて良いから。」
 入って右側に白い下駄箱があった。靴を入れた木原は、その女子に案内され、部室に入る。部屋にはタイルが敷いてあり、そこには女子二人と男子一人が座っていた。
「新入生さん?」
と、座っていた一人の女子が、案内してきた女子に声をかける。
「うん。じゃ、自己紹介するね。私が3年生で進学コースの副部長!猛野 馬騎(たけの まき)だよ。よろしく!」
と木原を案内した女子が言った。
 進学コースは地方の国公立大学を目指すコースである。
 猛野は、身長が木原と同じ160と少しくらいで、健康的な肌の色である。とても文化部のイメージとは離れていた。
「私が部長の牙 菜採(きば なつみ)です。よろしくね。」
と、座っている女子の一人が言う。
 牙は眼鏡をかけた優しそうな女性で、漫画などでいそうな文化部の女性っぽい、ゆったりとした話し方、余裕のある動き、柔らかい笑顔が感じられ、癒し系な人だと木原は思った。ただ、身長は高く、170はあるだろうと思われる。
「新入生だろ?お前の方から自己紹介しろ。」
と座っていた男子が声をかけてきた。
「失礼しました。木原 優間です。よろしくお願いします。」
 木原は頭を下げる。木原にとっては、部活に入りたくない理由を具現化した物が、そこにいるように感じられた。帰ろうという選択肢が頭を過ぎる。しかし、行動には移さなかった。初対面の男に喧嘩を売るほどの勢いは木原には無かったのである。
「面白くねぇ挨拶だなぁ。俺は岬 勇(みさき ゆう)。二人と同じ三年生だ。よろしく。」
 あと一年待てば、この男は消えるのだと思うと、木原は安堵した。そして、それが顔に出ないよう努めた。
「よろしくお願いします。」
と木原は頭を下げた。少しして頭を上げると、岬という男は、フンと顔を背けてはいるが、満足しているようだ。その顔はいかにも偉そうで、ニキビが勲章のように並べられている。木原よりは背が高く、牙よりは低い。
「私は、破魔矢 先(はまや さき)。多分、君と同じ1年生だよ。よろしく~」
 破魔矢という強そうな文字のイメージとは違い、こちらもまた、優しそうな女子だった。しかし、その目の輝きと話し方から、どことなく頭が良さそうだと木原は感じた。
「私、ちょっと購買に行ってきます。」
 破魔矢が席を立つ。
「一緒に行こうや。」
と言って、岬も席を立った。
「ごめんね、岬君がびっくりさせてしまって。」
と牙が頭を下げる。
「こちらこそ、すみませんでした。」
 木原も頭を下げる。
「まあ、岬の言葉は気にしなくてオッケー!!新入生は他にもいるから、また紹介するね。」
と猛野が言う。

 幽霊部員になろう。
 木原は思った。


 
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