第5話
文字数 1,589文字
5
どうやら、男は諦めてくれたみたいだ。
「花崎さん大丈夫? あっちに椅子があるから座ろうか」
エスカレーター近くの椅子に座らせ、すぐ隣の自動販売機で買ったお茶を花崎さんに渡す。
「ありがとうございます」
お茶を飲むうちに、早くなっていた花崎さんの呼吸も段々と落ち着いていった。
「それにしても酷いやつだったね。香水の匂いキツいし、しつこいし」
いい歳して中学生を遊びに誘うなんて、ろくなヤツじゃないよ。
「……ああいうヤツにはちゃんと言ってやったほうがいいよ」
「あ、あの」
「どうしたの?」
「なんで私の名前、知ってるんですか」
あ、やばい。
頭に血が昇ってすっかり忘れてたけど、この姿で会うのは初めてなんだ。それどころか、男の僕は花崎さんと喋ったことすらなかった。
ま、まさか、花崎さんとこんな近くで喋ることになるなんて。いまさら恥ずかしくなってきた……。
「えっと、それはですね」
「それは?」
なんと言い訳しよう……えっと、えっと。
そうだ! 花崎さんの家は「花丸パン」というパン屋を営んでいたんだ。
「花崎さん家のパンを買ってたから知ってたんだ」
「そうなんですか?」
「うん。学校の帰りによく立ち寄ってたんだよ」
「もしかして、同じ学校なんですか?」
「い、いや……学校は別だと思うけど、うん。制服違うし」
誤魔化せるか不安だったけど、花崎さんは理解してくれたみたいだ。
花崎さんはにっこりと笑った。
「そっか。うちのお客さんだったんですね」
眩しい。花崎さんの笑顔が眩しいよ。直視したら目がやられちゃいそうだ。
「さっきは本当にありがとうございました。助けてもらったうえにお茶までいただけちゃって」
「やりたくてやったことだから。花崎さんが無事でよかったよ」
これ以上ここにいたら、体が灰になっちゃう。姉ちゃん置いてきちゃったし、そろそろ帰らないと。
「じゃあ、僕はこのへんで_____」
「待ってください! お礼をさせてくれませんか!」
ガシッと手を掴まれる。
「これから家に帰るところなんです。よければ、一緒に来てくださいませんか」
なんでだろう。なんだか距離が近いような気がする。
「嬉しいけど、僕これから用があって」
「せめてお電話番号だけでも教えてください。もしくはお名前を!」
あれ、おかしいな。僕の知る花崎さんは、もっとふわふわとしていて、穏やかな印象の人だったんだけど。
「あの、花崎さん」
「あやかって呼んでください!」
無理むり! こうして話してるだけでも気絶してしまいそうなくらい嬉しいのに、名前呼びだなんてできないよ!
僕がのけぞると、花崎さんは立ち上がって僕に顔を寄せる。風邪を引いたときみたいに顔が熱くなった。ああ、頭がぼうっとしてくる……。
「お名前、教えていただけませんか?」
花崎さん、今日も可愛いな。いつもはふたつ括りにしている髪を、今日はひとつでくくって前に流している。ふわふわのスカートにブーツ。私服だと、いつもより大人っぽい。……って、こんなときに見惚れてる場合じゃないだろ、僕のバカ。
これが男のときだったら、どんなによかったか。「僕は二階堂蘭丸だ」と言ってしまいたい。今度こそ告白したい。でも、こんな姿じゃ言えない。
どうしよう。仲良くなるチャンスではあるけど……。
「あ、いた!」
花崎さんと見つめ合っていると、人混みの中から、姉ちゃんが駆け寄ってくる。
「いきなりいなくなったと思えば、なに女の子ナンパしてるのよ。らん_____」
姉ちゃんの口を慌てて塞ぐ。
「ごめんね花崎さん。僕、もう行かなくちゃいけないんだ。バイバイ、またね!」
姉ちゃんを引きずって、走る。花崎さんが追いかけてこないことを確認して、曲がり角で立ち止まった。
ほっと息を撫で下ろす。
「ありがとう姉ちゃん。助かったよ」
姉ちゃんは首をかしげた。
「……もしかして、あんたがあの子にナンパされてたの?」
どうやら、男は諦めてくれたみたいだ。
「花崎さん大丈夫? あっちに椅子があるから座ろうか」
エスカレーター近くの椅子に座らせ、すぐ隣の自動販売機で買ったお茶を花崎さんに渡す。
「ありがとうございます」
お茶を飲むうちに、早くなっていた花崎さんの呼吸も段々と落ち着いていった。
「それにしても酷いやつだったね。香水の匂いキツいし、しつこいし」
いい歳して中学生を遊びに誘うなんて、ろくなヤツじゃないよ。
「……ああいうヤツにはちゃんと言ってやったほうがいいよ」
「あ、あの」
「どうしたの?」
「なんで私の名前、知ってるんですか」
あ、やばい。
頭に血が昇ってすっかり忘れてたけど、この姿で会うのは初めてなんだ。それどころか、男の僕は花崎さんと喋ったことすらなかった。
ま、まさか、花崎さんとこんな近くで喋ることになるなんて。いまさら恥ずかしくなってきた……。
「えっと、それはですね」
「それは?」
なんと言い訳しよう……えっと、えっと。
そうだ! 花崎さんの家は「花丸パン」というパン屋を営んでいたんだ。
「花崎さん家のパンを買ってたから知ってたんだ」
「そうなんですか?」
「うん。学校の帰りによく立ち寄ってたんだよ」
「もしかして、同じ学校なんですか?」
「い、いや……学校は別だと思うけど、うん。制服違うし」
誤魔化せるか不安だったけど、花崎さんは理解してくれたみたいだ。
花崎さんはにっこりと笑った。
「そっか。うちのお客さんだったんですね」
眩しい。花崎さんの笑顔が眩しいよ。直視したら目がやられちゃいそうだ。
「さっきは本当にありがとうございました。助けてもらったうえにお茶までいただけちゃって」
「やりたくてやったことだから。花崎さんが無事でよかったよ」
これ以上ここにいたら、体が灰になっちゃう。姉ちゃん置いてきちゃったし、そろそろ帰らないと。
「じゃあ、僕はこのへんで_____」
「待ってください! お礼をさせてくれませんか!」
ガシッと手を掴まれる。
「これから家に帰るところなんです。よければ、一緒に来てくださいませんか」
なんでだろう。なんだか距離が近いような気がする。
「嬉しいけど、僕これから用があって」
「せめてお電話番号だけでも教えてください。もしくはお名前を!」
あれ、おかしいな。僕の知る花崎さんは、もっとふわふわとしていて、穏やかな印象の人だったんだけど。
「あの、花崎さん」
「あやかって呼んでください!」
無理むり! こうして話してるだけでも気絶してしまいそうなくらい嬉しいのに、名前呼びだなんてできないよ!
僕がのけぞると、花崎さんは立ち上がって僕に顔を寄せる。風邪を引いたときみたいに顔が熱くなった。ああ、頭がぼうっとしてくる……。
「お名前、教えていただけませんか?」
花崎さん、今日も可愛いな。いつもはふたつ括りにしている髪を、今日はひとつでくくって前に流している。ふわふわのスカートにブーツ。私服だと、いつもより大人っぽい。……って、こんなときに見惚れてる場合じゃないだろ、僕のバカ。
これが男のときだったら、どんなによかったか。「僕は二階堂蘭丸だ」と言ってしまいたい。今度こそ告白したい。でも、こんな姿じゃ言えない。
どうしよう。仲良くなるチャンスではあるけど……。
「あ、いた!」
花崎さんと見つめ合っていると、人混みの中から、姉ちゃんが駆け寄ってくる。
「いきなりいなくなったと思えば、なに女の子ナンパしてるのよ。らん_____」
姉ちゃんの口を慌てて塞ぐ。
「ごめんね花崎さん。僕、もう行かなくちゃいけないんだ。バイバイ、またね!」
姉ちゃんを引きずって、走る。花崎さんが追いかけてこないことを確認して、曲がり角で立ち止まった。
ほっと息を撫で下ろす。
「ありがとう姉ちゃん。助かったよ」
姉ちゃんは首をかしげた。
「……もしかして、あんたがあの子にナンパされてたの?」