第8話
文字数 1,512文字
ついにやってきたぞ、花崎パン。花崎さんはいつもお店の手伝いをしているというから、おそらく店内にいるはずだ。
この扉の向こうに花崎さんがいるんだ。うぅ、緊張して、手が震えてきた……。
勇気を出せ、二階堂蘭丸。君は男だろ。告白のひとつやふたつ、スマートにこなすべきだ。緊張してることがバレてはいけない。決めたんだろ。今日こそ僕は、花崎さんに告白をするんだって。
明日の宿題も終わらせてきた。服もちゃんと着替えてきた。僕を邪魔するものはもうない。あとは、ほんの少しの勇気を出すだけ。
分かってるのに、怖くて扉を開けることができない。
さっきから僕はずっと、告白をしない言い訳ばかり探している。
お仕事中に話しかけるのは迷惑かも。他にお客さんがいるかも。アポイントメントなしにいきなり訪れるのは迷惑か……いや、僕もお客さんなんだから、そこは問題ないか。
あ、このパンすごく姉ちゃんが好きそうなやつだ。お土産に買って帰ったら喜ぶかな。
「カレーパンかクロワッサン……両方買ってどっちかを僕が食べるか_____」
「蘭丸?」
突然肩を叩かれる。
「ひぇっ……ゆっきー!?」
「何してんだよ、こんなとこで」
「ゆっきーこそ、なんでここにいるの?」
綾小路幸人〈あやのこうじゆきと〉。クラスメイトで僕の友達だ。
「晩飯だけじゃ足りないと思ってさ、買いにきた」
ここ、コンビニより近いから。ゆっきーはそう言って、何食わぬ顔で店の扉を開ける。
「お前も買いにきたんだろ」
「うん」
「早くしないと売り切れちまうぞ」
ゆっきーは僕の手を引いた。
「待って、まだ心の準備が_____」
「いいからはやく!」
店内に引きずり込まれる。
「し、失礼します……」
僕の鼻に飛び込んでくる、パンの美味しい香り。そして。
「いらっしゃいませ!」
パタパタと靴音を鳴らしてやってきた、花崎さんの笑顔。
か、かわいい……。
花崎さんが着てるの、たぶんお店の制服だよね。エプロンの胸元にニコニコ笑顔の花丸のマークが描かれてる。まるで、花崎さんの笑顔みたいだ。
「よ、花崎。買いにきたぞ」
ゆっきーは花崎さんに向けて軽く手を上げた。そっか。たぶんここに来るのは初めてじゃないから、花崎さんとも顔見知りなんだ。
「いらっしゃいませ、綾小路くん。えっと、それから……」
「二階堂蘭丸。俺のダチだ」
「いらっしゃいませ、二階堂くん」
ああ、花崎さんが僕の名前を呼んでくれるなんて……嬉しすぎて涙が出てきちゃった。夢みたいだ。
「この時間はあまりお客様もこないから、ゆっくりしていってね」
花崎さんはぺこりと頭を下げると、キッチンの方に戻っていった。
やっぱり花崎さんはかわいいな。全てがかわいい。
「花崎って可愛いよな」
僕の心を読んだみたいに、ゆっきーが言う。
「うん……」
「なんか、ふわっとしてるっつうか。いつもニコニコ笑ってるし、見てるこっちが元気出てくるっつうかさ」
「……うん」
「……お前さ、花崎のこと好きなんだろ」
ドキッ。僕の胸が大きく音を立てた。
「な、なんで?」
「分かりやすすぎるって。廊下歩いてたらいつも花崎のいる教室見るし、体育の授業の時とか、ずっとグラウンドのほう見てるし」
「いつからバレてたの?」
「クラス同じになったのは今年が初めてだから、四月から?」
知り合ってすぐにバレてるじゃん。僕、そんなに分かりやすいのかなぁ。
ゆっきーが、内緒話をするみたいに僕の肩を抱く。
「早く告白しろ! って言いたくなるくらい焦れったかったけど、ようやくお前もやる気になったんだな。ま、あんな話聞いたら、のんびりしてもられないよな」
「話って?」
「知らないのか? 花崎に好きなやつがいるって話だよ」
……え?