第3話惡夢

文字数 1,062文字

 私の視界が、フローリングに落ち、乱雑に脱ぎ捨てられた落ち着いた色のフレアワンピースを捉えていた。
 自室の開け放たれた扉の側に落ちている上里のフレアワンピースから瞳が離せないで、私は放心したままにベッドの側に立ち尽くしていた。

 乱雑に脱ぎ捨てられたそのフレアワンピースが上里の衣類だと瞬時に理解した訳は、私が普段着ない代物で色合いだったから。
 一時期の上里から着るように懇願されて、数回ではあるが渋々着てみたことはある。
 しかし、私は想像通りに似合っていないことを実感して、上里の要求をそれ以降拒否した。
 上里は私に着てもらえずに膨れっ面で唇を尖らせ、フレアワンピースを着ていた。
 何着かある内のフレアワンピースの中の一着がそれだった。

 自室に漂う上里梨緒の(ぬけがら)がいたるところにある。
 衣類が収納された低めのチェストの上で壁に支えられたように置かれたコルクボードの女性二人のツーショットの写真。
 上里の空のコンタクトレンズケース。
 上里が嵌めていた金のシンプルなブレスレット。
 シワの寄ったシーツのベッドの上に載った上里の刺繍が施された色気を感じる黒色のショーツ。
 ウン十万はする高価なシルバーの指輪が、ディスクの上に置かれている。
 自室を見渡せば、このように上里梨緒の(ぬけがら)が残っていた。

 どのような経緯で上里梨緒を失ってしまったのか、私は理解できずにいた。

 此処で、上里梨緒が日常を過ごしていた痕跡は存在しているのに。


 私は……私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は——ワタシは梨緒をっっ!



 ア、あれ……さっき、私は——。

 重たい上瞼を持ち上げると、瞳には自室の見慣れた天井が映った。
 先程までいた空間ではなかった。
 現在(いま)は実家で暮らしているし、実家の一部屋をあてがわれ、日常を過ごしているのだ。
 学生の身で、ウン十万の指輪を購入できる訳がない。
 あれは……将来(みらい)の私に降りかかる不幸なのだろうか。

 フローリングに脱ぎ捨てられたあのフレアワンピースに触れてはいなかったが、現在(いま)の私の身体ではブカブカでひと回りふた回りはサイズが大きいはずだ。

 それに現在はコルクボードに留められた写真のような想い出を上里と造っていない。
 彼女がコンタクトレンズを使用していることも知らない。

「沙穂ー、起きなさーいっ!朝食食べにきなさーいっ!」
「起きてるー!食べにいくからー!」
 階下のリビングから母親の声が聞こえ、返事してベッドから降り、自室を出る私。
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