第1話 クリスマスの予定は?

文字数 2,351文字

 決戦の日は十二月二十四日。

 つまりはあと二十三日後である。

 いや、すでに今日は十二月二日なのだから二十二日後というべきか。

 中野恋歌(なかの・れんか)二十四歳はいつものように会社の女子トイレの洗面台にて鏡に映る自分とにらめっこしながらそう思った。

 鏡の向こうの自分は控えめに見てもかなり可愛い。

 太めな眉もきつい印象のある目も形の良い鼻や小さめの口も、尖り気味な耳もそれぞれがあるべき場所にあるという感じで結果「可愛らしい顔」を作り上げている。

 さすがミス風見大学(になるはずだった女)。

 返す返すも最終年度のミスコンに出られなかったことが悔やまれる。つまらない男と付き合っていたせいで出場を見送ってしまわなければ間違いなくグランプリを獲っていたはずなのに……。

 結果、最終順位は五位(エントリー三回目の時)。

 恋歌はセミロングにした黒髪に触れた。

 癖っ毛のせいで毛先ははねている。数万円を払えば毛髪矯正できるそうだが三ヶ月から半年しか持たないという時間制限つきの髪に一体何の意味があるのか。

 自分はそんなものを必要としない。

 このままでも十分戦える。

 彼女はぐっと拳を握った。

 絶対に、絶対に作戦を遂行してみせる。

 村田修(むらた・おさむ)とイブを過ごしてみせる。

「私、負けませんよ」

 独りごち、恋歌は眼前にいる自分に微笑んだ。

*

「負けませんよって、誰に?」

 不意に声をかけられ恋歌はどきりとする。

 振り向いた先に社内でも五本の指に入る美女がいた。

 同じ総務部の先輩で今年二十九歳になる山内ひとみ(やまうち・ひとみ)だ。

 身長は158センチの恋歌よりもずっと高い。長い黒髪は艶やかでさらさら。目鼻立ちは整っていて特に左目の傍にある泣きぼくろは彼女の色っぽさを強調しているようで何だか羨ましい。

 スタイルだって抜群だ。

 この人が同じ時期にミスコンに出ていたら勝てなかったかもしれない。

 でも、この人、自分に自信がないというか男に積極的じゃないんだよね。

 性格もいいと思うのにもったいない。

 ついじっと見つめてしまい、恋歌はひとみにきょとんとされてしまう。

「ん? なぁに?」
「いえ、何でもないです」

 慌てて首を振った。

「それで、誰に負けないの?」

 繰り返された質問に恋歌は内心ため息をつく。

 放っておいてくれないかな。

「ええっと、先輩はクリスマスの予定とかって決まってるんですか」
「え? 私?」

 目に見えてわかるくらいひとみが動揺した。

 あ、この人予定ないな。

 きっと自宅でぼっちなクリスマスを過ごすのだろう。

 可哀想に。

 表には出さずに憐れんでいるとひとみが言った。

「も、もちろんあるわよ。あるに決まってるじゃない」
「……」

 先輩、嘘がバレバレです。

「イブはね彼の部屋で二人っきりのクリスマスパーティーをするの。で、クリスマス当日はお互いのプレゼントを買いに行くの」
「……」

 そっか、そんなクリスマスがしたいんだ。

 けど、彼氏がいなければそれも無理だよね。

 恋歌はにこりと微笑んだ。

「わぁ、さすが先輩。素敵なクリスマスになりそうで羨ましいです」

 ホント、そんなクリスマスなら良かったのに。

 まあ、来年に期待ってことで。

 ひとみが聞いてくる。

「あなたこそどうなのよ。予定はあるの?」

 痛いところを突いてくる。

 予定なんてある訳ない。

 村田への作戦のために誘いは全て断っているのだ。

 そう、村田のために……。

 私がその気になればクリスマスの予定なんて分単位で埋まってしまうのに。

 そこを彼はわかっているのだろうか。

 ……わかっていないからこっちは苦労しているんだっけ。

 恋歌は答えを見つけようと中空に目を泳がせた。

「えっとですね」

 ここで予定がないなんて口が裂けても言えない。

 ひとみに憐れまれるなんて御免だった。

 どうにかして切り抜けようと恋歌は頭をフル回転させる。仕事中でもこんなに考えたりしないのだがこういうときは仕方ない。

 恋歌が答えずにいると「あ、そうよね」とひとみが一人で納得した。

「中野さんには村田さんがいるものね」
「……」

 先輩、それ地雷です。

 一番踏んじゃダメなところを踏んでます。

 無言のアピールもむなしくうんうんとひとみが首肯を繰り返す。

 ……この人、わざと私を苛つかせてるんじゃないよね?

 恋歌はつい嫌な想像をしてしまう。

 そんな想像をしてしまう自分が嫌になってきた。

 ああもう、これも村田のせいだ。

「あのー先輩」

 やむなく恋歌は否定する。

「村田さんとの予定はまだないです」
「まだ?」

 いらんことにひとみが食いつく。

 本当に放っておいてくれないかな。

「これから誘うんです。もしくはこれから誘われるんです」

 自分で予定がないのを認めてしまった。

 口が裂けそう。

 裂けたら村田に責任をとってもらわないと。

「うーん」

 ひとみが軽く腕を組み、首を傾げた。首のラインがとってもきれいだ。

 あ、この仕草はちょっと色っぽい。

 私も村田の前で真似しよう。

「村田さんから誘ってくるっていうのはないかなぁ」

 がーん!

 わかっていたけど他人から指摘されるとダメージでかい!

 恋歌は内心でショックを抑え込み、ともすれば表情に出てしまいそうな動揺を必至に笑みで覆い隠す。

「えーっ、どうしてそんなこと言うんですか? 後輩いじめだったら怒りますよ」
「だって、村田さんだし」

 うーん、とひとみが目をつぶって嘆息する。

「あなたが毎日のように営業部に通って『好き好きビーム』を浴びせているのに全く聞いていない村田さんよ」
「……」

 先輩、泣いてもいいですか?

 あと、わかっているならどうして「中野さんには村田さんがいるものね」なんて言うんですか。

 やっぱりいじめ?

 自分がクリぼっち確定だからってひがんでいるの?
 
 
 
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