第2話 恋ではなく復讐したいだけ
文字数 2,369文字
とりあえず先に誤解を解いておこう。
恋歌はそう思い、ひとみに伝える。
「あの先輩、もしかしたら何か思い違いをしていませんか」
「思い違い?」
ひとみが不思議そうな顔をする。
予想通りの反応に恋歌は深くため息をついた。
これはちゃんとはっきりさせないと。
「あのですね、私、別に村田さんのこと好きって訳じゃありませんよ」
「はい?」
目をぱちぱちさせるひとみ。
わぉ、何この絵に描いたような驚きっぷり。
てか私、ずーっと誤解されていたみたい。
「先輩、私があんな男を本当に好きになると思ってるんですか?」
「だって、あんなに『好き好きビーム』を放っていたじゃない」
「そんなビーム撃てませんよ。撃てたらとっくの昔にもっとましな男を捕まえていますって」
うん。
そしたらこんな会社も辞めているはず。
ああでも、ここって結構お給料いいんだよね。
休みもちゃんととれるし。
……やっぱ仕事は辞めなくていいや。
ひとみがややうろたえ気味にたずねた。
「好きじゃないならどうして村田さんにつきまとっているの?」
「つきまとうって……」
思わず恋歌は苦笑いしてしまう。
そんなふうにまわりから見られていたんだ。
*
恋歌は勤務するみつり出版に入社した当初から男性社員にちやほやされていた。
それはもちろん恋歌が若くて可愛くて綺麗だからというのもあるし恋歌自身が相応に好かれる努力をしてきたからである。
だが、ただ一人、恋歌にそっけない態度をとった男がいた。
村田修(むらた・おさむ)。
会社の飲み会で初めて会ったとき、恋歌は村田に愛想良くしてあげたというのにつれない態度で返されてしまった。
元風見大学ミスコン優勝者(になるはずだった女)を冷たくあしらったのだ。
恋歌が何か悪いことをした訳でもないし怒らせるような真似をした訳でもない。
それなのにそっけなく扱われたのである。
その辺の平均値レベルの女ならともかく、こんなに可愛い私にあんな目に遭わせるなんて……。
許せない!
恋歌は誓った。
村田を振り向かせてやる。
絶対に振り向かせてやる。
私に夢中にさせて、その上で振ってやる!
これは戦い。
あのそっけない男の心を掴んで握り潰してしまわない限り終わることのない戦い。
恋歌の根底にあるもの。
それは恋ではなく復讐だった。
*
「……本当に復讐したいの?」
恋歌の説明を聞いてもひとみは信じられないといったふうであった。それどころか心なしか残念そうにも思える。
「はい」
恋歌は即答する。
自分の本心を言うのは正直必要ではなかったかもしれないがおかしな誤解をされるよりはましだろうと判じた。
ひとみが少々戸惑ったまま質問する。
「中野さんって、前にもこういうことしたことあるの?」
「やだなぁ、ある訳ないじゃないですか」
そもそも恋歌にそっけなくした男はいなかった。
恋歌にとって男はちやほやしてくれる存在なのだ。
恋歌は言う。
「村田さんみたいなのは初めてですね」
「……」
はあ、とひとみがため息をつく。
ものすごく困ったような顔をされた。
「ねえ、中野さん」
「何ですか」
「そんな理由で村田さんに近づくのはやめなさい」
「やめませんよ」
「村田さんのことそんなに嫌い?」
「うーん」
ここで恋歌は即答できなくなる。
嫌いかと問われてもイエスとはならなかった。
村田にもいいところはある。
そっけないけれどたまに見せる優しさがたまらなく心地よいのだ。
……嫌いならそんなふうに思えないよね。
「えっと、別に嫌いとかじゃないんです。そうですね、復讐というのは強すぎる言い方だったかもしれません。リベンジってところでしょうか」
「どっちも変わらないんだけど」
「うーん」
恋歌としてはソフトな言い回しなのだがひとみにはお気に召さないらしい。
*
恋歌の職場は総務部。
いつものように会社宛に届いた郵便物を選別し、その中から営業部宛てのものを確保する。これを持っていくことで営業部に顔を出す大義名分ができた。
ジトメで見つめるひとみの視線を背中に感じつつ恋歌は総務部を後にした。
「むっらったさーん♪」
これまでで一番の笑顔と声で恋歌は村田のデスクに駆け寄る。正確にはスキップをしながらなのだが細かいことは抜きだ。
「おっはよーございまーすっ!」
「うん、おはよ」
ノートパソコンのモニターから目を離すことなく村田が短く応じる。
ああ、相変わらずそっけない。
村田は浅黒い肌の持ち主だ。
高校と大学でラグビーをやっていたとかで身体はがっしりとしている。着ているダークグレイのスーツがよく似合っていた。ネクタイは紺地に銀色の水玉模様。センスはあまり良い方ではない。白いワイシャツには皺があってどうやら着替えてこなかったようだと推察できた。
黒髪を短く切り揃えており、首の上だけなら清潔感はそれなりだ。
薄い眉をしかめ猫のような目でモニターを睨んでいる。時折ちょい大きな鼻の頭を手の甲で触れるのは彼の癖だ。血色のいい唇をむっとしたように歪めていて、カチャカチャと入力しては少し考え、また入力を繰り返していた。
無意識だとは思うがたまに丸みのある耳がぴくぴく動いて可愛いというか面白い。
そんな村田を見ながら恋歌は心の中でつぶやく。
この人は私のこと嫌いなのかな?
ちくり。
微かに感じる胸の痛み。
あれ?
恋歌は自分の小さな異変に気づく。
何だろう、この痛み。
村田さんは私が嫌い。
声に出さずにつぶやいてみる。
ちくり。
うっ、痛い。
どうしてこんなふうに痛むのだろう。
恋歌は自分の心に慌てた。
これって何?
こんなのはおかしい。
おかしい……。
村田がキーボードを叩く手を止める。
顔を向けた。
「中野さん?」
その声に恋歌ははっとする。
村田が少しだけ首を傾けてまたブラインドタッチをし始めた。
恋歌はそう思い、ひとみに伝える。
「あの先輩、もしかしたら何か思い違いをしていませんか」
「思い違い?」
ひとみが不思議そうな顔をする。
予想通りの反応に恋歌は深くため息をついた。
これはちゃんとはっきりさせないと。
「あのですね、私、別に村田さんのこと好きって訳じゃありませんよ」
「はい?」
目をぱちぱちさせるひとみ。
わぉ、何この絵に描いたような驚きっぷり。
てか私、ずーっと誤解されていたみたい。
「先輩、私があんな男を本当に好きになると思ってるんですか?」
「だって、あんなに『好き好きビーム』を放っていたじゃない」
「そんなビーム撃てませんよ。撃てたらとっくの昔にもっとましな男を捕まえていますって」
うん。
そしたらこんな会社も辞めているはず。
ああでも、ここって結構お給料いいんだよね。
休みもちゃんととれるし。
……やっぱ仕事は辞めなくていいや。
ひとみがややうろたえ気味にたずねた。
「好きじゃないならどうして村田さんにつきまとっているの?」
「つきまとうって……」
思わず恋歌は苦笑いしてしまう。
そんなふうにまわりから見られていたんだ。
*
恋歌は勤務するみつり出版に入社した当初から男性社員にちやほやされていた。
それはもちろん恋歌が若くて可愛くて綺麗だからというのもあるし恋歌自身が相応に好かれる努力をしてきたからである。
だが、ただ一人、恋歌にそっけない態度をとった男がいた。
村田修(むらた・おさむ)。
会社の飲み会で初めて会ったとき、恋歌は村田に愛想良くしてあげたというのにつれない態度で返されてしまった。
元風見大学ミスコン優勝者(になるはずだった女)を冷たくあしらったのだ。
恋歌が何か悪いことをした訳でもないし怒らせるような真似をした訳でもない。
それなのにそっけなく扱われたのである。
その辺の平均値レベルの女ならともかく、こんなに可愛い私にあんな目に遭わせるなんて……。
許せない!
恋歌は誓った。
村田を振り向かせてやる。
絶対に振り向かせてやる。
私に夢中にさせて、その上で振ってやる!
これは戦い。
あのそっけない男の心を掴んで握り潰してしまわない限り終わることのない戦い。
恋歌の根底にあるもの。
それは恋ではなく復讐だった。
*
「……本当に復讐したいの?」
恋歌の説明を聞いてもひとみは信じられないといったふうであった。それどころか心なしか残念そうにも思える。
「はい」
恋歌は即答する。
自分の本心を言うのは正直必要ではなかったかもしれないがおかしな誤解をされるよりはましだろうと判じた。
ひとみが少々戸惑ったまま質問する。
「中野さんって、前にもこういうことしたことあるの?」
「やだなぁ、ある訳ないじゃないですか」
そもそも恋歌にそっけなくした男はいなかった。
恋歌にとって男はちやほやしてくれる存在なのだ。
恋歌は言う。
「村田さんみたいなのは初めてですね」
「……」
はあ、とひとみがため息をつく。
ものすごく困ったような顔をされた。
「ねえ、中野さん」
「何ですか」
「そんな理由で村田さんに近づくのはやめなさい」
「やめませんよ」
「村田さんのことそんなに嫌い?」
「うーん」
ここで恋歌は即答できなくなる。
嫌いかと問われてもイエスとはならなかった。
村田にもいいところはある。
そっけないけれどたまに見せる優しさがたまらなく心地よいのだ。
……嫌いならそんなふうに思えないよね。
「えっと、別に嫌いとかじゃないんです。そうですね、復讐というのは強すぎる言い方だったかもしれません。リベンジってところでしょうか」
「どっちも変わらないんだけど」
「うーん」
恋歌としてはソフトな言い回しなのだがひとみにはお気に召さないらしい。
*
恋歌の職場は総務部。
いつものように会社宛に届いた郵便物を選別し、その中から営業部宛てのものを確保する。これを持っていくことで営業部に顔を出す大義名分ができた。
ジトメで見つめるひとみの視線を背中に感じつつ恋歌は総務部を後にした。
「むっらったさーん♪」
これまでで一番の笑顔と声で恋歌は村田のデスクに駆け寄る。正確にはスキップをしながらなのだが細かいことは抜きだ。
「おっはよーございまーすっ!」
「うん、おはよ」
ノートパソコンのモニターから目を離すことなく村田が短く応じる。
ああ、相変わらずそっけない。
村田は浅黒い肌の持ち主だ。
高校と大学でラグビーをやっていたとかで身体はがっしりとしている。着ているダークグレイのスーツがよく似合っていた。ネクタイは紺地に銀色の水玉模様。センスはあまり良い方ではない。白いワイシャツには皺があってどうやら着替えてこなかったようだと推察できた。
黒髪を短く切り揃えており、首の上だけなら清潔感はそれなりだ。
薄い眉をしかめ猫のような目でモニターを睨んでいる。時折ちょい大きな鼻の頭を手の甲で触れるのは彼の癖だ。血色のいい唇をむっとしたように歪めていて、カチャカチャと入力しては少し考え、また入力を繰り返していた。
無意識だとは思うがたまに丸みのある耳がぴくぴく動いて可愛いというか面白い。
そんな村田を見ながら恋歌は心の中でつぶやく。
この人は私のこと嫌いなのかな?
ちくり。
微かに感じる胸の痛み。
あれ?
恋歌は自分の小さな異変に気づく。
何だろう、この痛み。
村田さんは私が嫌い。
声に出さずにつぶやいてみる。
ちくり。
うっ、痛い。
どうしてこんなふうに痛むのだろう。
恋歌は自分の心に慌てた。
これって何?
こんなのはおかしい。
おかしい……。
村田がキーボードを叩く手を止める。
顔を向けた。
「中野さん?」
その声に恋歌ははっとする。
村田が少しだけ首を傾けてまたブラインドタッチをし始めた。