第43話 繋がりし土地
文字数 2,725文字
目の前に広がるのは荒れ果てた土地だった。
安住の地を求め流浪を重ね、ようやくこの土地にたどり着いた者達は、一様に暗い顔をしていた。
どの村にも属さず、誰の手も入っていない手つかずの地があると聞き、一縷の望みを託して長い道のりを旅してきた。
飢饉や戦や疫病などにより、慣れ親しんだ土地を離れるしかなく、それでも生きていくために耕せる土地を求めさすらっていた者達が、やがて一つの集団になり、必死にたどり着いた土地はしかし、みなが想像していた以上に荒れ果てて、とても耕せるように見えなかった。
希望を抱き旅をしていたからこそ、その失望は大きくて、みなその場に座り込んで身動きすら出来ない有様だった。
「守藤の……これはどうしたものか」
集団を率いる側の者達、そのうちの一人の男が口を開いた。
年は26歳で飢饉により家族を失い、年貢を納めることが出来ないために逃げ出して流浪していたと語っていた。
佐加野村 の嘉兵衞 と名乗る男で、この集団の主導者に選ばれた守藤清次 にそれなりの信任を得て居て、その片腕となって働いている男である。
守藤清次は他の者達とは違う何処か農民らしくない雰囲気を持った男であった。
本人は地主であったと称していたが、その本当の所を知るものは誰もいない。
なぜなら守藤は最初から一人で行動しており、彼の過去と経緯を知るものが一人も居ないからだ。
だが博識であり、弁も立つため流民集団の中で、みなに頼られることも多く、いつの間にか主導者として認められて、みな彼の意見に従うようになっていた。
「守藤殿、嘉兵衞の言うように、ここは耕作に向いた土地じゃねぇ。聞いた話じゃ亡者の土地とか呼ばれているらしいじゃねぇか。もっと別の場所を探すべきじゃねぇか」
「そうじゃそうじゃ、なんだか妙な気配がするし俺もここはあまり好きじゃねぇ」
各々が思ったことを口にするが。清次はそれらを聞いているのかいないのか、黙って目を閉じたまま立っている。
あまりにも清次が何も言わないため、再びみなが口を開こうとした時に、清次は突然目を開いた。
「この土地は確かに不浄の土地、根の国に通じておる。だが我が一族に伝わる破邪の法を使い土地を浄化することは可能だ。そうすればここも他の土地とは変わらぬ様になる。わしに任せてはくれんか。」
「だが……本当にそれだけでなんとかなるのか?」
「守藤どのはその破邪とかいうのが出来るのか」
清次の発言に、不安そうで居て何処かうさんくさいモノを見るような目を向ける。
だが守藤は大丈夫だと一言いい、自分の元に嘉兵衞を呼びつけ、その耳元に何かをささやいた。
嘉兵衞は清次の言葉を聞きながら、何度か頷くと了解したとだけ良い、その場を離れていく。
「大丈夫だ、俺を信じてくれ。この先あるかどうかも解らん土地を目指して彷徨うより、このやり方の法が確実だ。だから俺に任せてほしい」
皆はそれぞれ不安の方が勝っており、完全な安堵を得ることは出来ていなかったが、これまでも何度も窮地を救い、そして見事な統制で導いてくれた清次の言うことなので、それに従おうと思った。
(呪法も必要ではあるが、それは封じるためのモノではない。むしろ味方にするためのもの)
皆の不安そうな視線を受け止めながら、清次は思案していた。
この土地と黄泉路……いや根の国を繋ぐ回廊の存在。
その回廊を封じることは不可能であるが、盟約を結ぶことが出来れば、一時的にとはいえその影響を抑えることは出来る。
影響を抑えることが出来れば、この土地に人の手を入れることは可能であり、理想としてはその盟約を定期的に延長できることが望ましい。
そのためにも、先ずは交渉に値する存在が誰かを調べ上げ、そのものに盟約を持ちかけねばならない。
根の国ならば恐らく、最も手強く最も与しやすいあの者が主であろう。
清次には相手のおおよその見当がついていた。
かつては高天原の頂点を極め、祖神 から生まれた、3の貴子 であり、武と力を司りしものであり、それ故に粗暴さを抑えきれず母が身の元へと去って行った猛き男神。
【建速須佐之男命 】
軻遇突智 もしくは火之迦具土 を産んだ際にその女陰 に火傷を負い、それが元で病死したという伊弉冉尊 を慕っており、成長して後に根の国に居る母に会いたいと切望し、高天原の主神となっていた姉の天照大御神 の命を拒んだため、騒動を起こすことになり、それが原因で高天原を追放されたとも語られている存在でもある。
文献により語られる内容に差異があり、どれが定かであるかは不明であるが、根の国に降りて母と共に根の国を治める地位に就いたという説もある。
おそらくは伊弉冉尊もしくは建速須佐之男命が盟約の相手となるであろう。
自分の知識と照らし合わせて、清次はそのような推論を立てた。
そして彼らを相手に、どのように交渉を行うかを思案する。
伊弉冉尊は黄泉比良坂 で夫である伊弉諾尊 と相別になった時にその恨みからか1日に1000の人間を殺すと宣言した。
ならば彼女の恨みを抑えるには生け贄を捧げる必要があるかもしれない。
建速須佐之男命は高天原に恨みを抱き、そしてその力を畏れる一部の神々に中津国を支配するように唆されているとも言う。
なれば高天原に対する恨みを煽るか、中津国の支配を協力すると申し出るのが良いかもしれない。
ここが正念場だと覚悟を決める。
◇◇◇◇◇◇◇◇
根の国との交渉は、やはり素戔嗚が出てきた。
そして、偶然とも言うべき行幸が訪れたことにより、交渉は予想外に上手くまとまった。
村に黄泉比良坂に因んだ名をつける事。
50年に1度、【とある血族】の血を受け継いだ者を贄として捧げること。
そのための儀式を正当化する理由を作ること。
儀式の本質を知らせることは許さないこと。
盟約が守られる限りは、根の国からの瘴気をこの地から出さぬ事。
これらの決まりが交わされて、ただの荒れ地でしかなかった土地は、比良山村となった。
そしてあれほどに荒れていた土地も、皆の努力で見違えるほどに開墾されていきそれなりに裕福な村と発展していった。
それらの功績により、守藤清次は村長 に推戴されることになり、その力は世襲されることになっていった。
そして儀式の際に尽力した嘉兵衞は、村の高台に建立された社を任される身分になり、高台にある宮を護るものとして【高野宮】の姓を与えられる事になり、やがて宮司の一族として村で力を持つことになる。
そして両家にだけしか知らされていない、秘密もまた深く闇に溶け込んでいくことになる。
それは何世代にも渡り受け継がれる、絡み合いすぎて解けぬ因縁の鎖となっていくのだった。
安住の地を求め流浪を重ね、ようやくこの土地にたどり着いた者達は、一様に暗い顔をしていた。
どの村にも属さず、誰の手も入っていない手つかずの地があると聞き、一縷の望みを託して長い道のりを旅してきた。
飢饉や戦や疫病などにより、慣れ親しんだ土地を離れるしかなく、それでも生きていくために耕せる土地を求めさすらっていた者達が、やがて一つの集団になり、必死にたどり着いた土地はしかし、みなが想像していた以上に荒れ果てて、とても耕せるように見えなかった。
希望を抱き旅をしていたからこそ、その失望は大きくて、みなその場に座り込んで身動きすら出来ない有様だった。
「守藤の……これはどうしたものか」
集団を率いる側の者達、そのうちの一人の男が口を開いた。
年は26歳で飢饉により家族を失い、年貢を納めることが出来ないために逃げ出して流浪していたと語っていた。
守藤清次は他の者達とは違う何処か農民らしくない雰囲気を持った男であった。
本人は地主であったと称していたが、その本当の所を知るものは誰もいない。
なぜなら守藤は最初から一人で行動しており、彼の過去と経緯を知るものが一人も居ないからだ。
だが博識であり、弁も立つため流民集団の中で、みなに頼られることも多く、いつの間にか主導者として認められて、みな彼の意見に従うようになっていた。
「守藤殿、嘉兵衞の言うように、ここは耕作に向いた土地じゃねぇ。聞いた話じゃ亡者の土地とか呼ばれているらしいじゃねぇか。もっと別の場所を探すべきじゃねぇか」
「そうじゃそうじゃ、なんだか妙な気配がするし俺もここはあまり好きじゃねぇ」
各々が思ったことを口にするが。清次はそれらを聞いているのかいないのか、黙って目を閉じたまま立っている。
あまりにも清次が何も言わないため、再びみなが口を開こうとした時に、清次は突然目を開いた。
「この土地は確かに不浄の土地、根の国に通じておる。だが我が一族に伝わる破邪の法を使い土地を浄化することは可能だ。そうすればここも他の土地とは変わらぬ様になる。わしに任せてはくれんか。」
「だが……本当にそれだけでなんとかなるのか?」
「守藤どのはその破邪とかいうのが出来るのか」
清次の発言に、不安そうで居て何処かうさんくさいモノを見るような目を向ける。
だが守藤は大丈夫だと一言いい、自分の元に嘉兵衞を呼びつけ、その耳元に何かをささやいた。
嘉兵衞は清次の言葉を聞きながら、何度か頷くと了解したとだけ良い、その場を離れていく。
「大丈夫だ、俺を信じてくれ。この先あるかどうかも解らん土地を目指して彷徨うより、このやり方の法が確実だ。だから俺に任せてほしい」
皆はそれぞれ不安の方が勝っており、完全な安堵を得ることは出来ていなかったが、これまでも何度も窮地を救い、そして見事な統制で導いてくれた清次の言うことなので、それに従おうと思った。
(呪法も必要ではあるが、それは封じるためのモノではない。むしろ味方にするためのもの)
皆の不安そうな視線を受け止めながら、清次は思案していた。
この土地と黄泉路……いや根の国を繋ぐ回廊の存在。
その回廊を封じることは不可能であるが、盟約を結ぶことが出来れば、一時的にとはいえその影響を抑えることは出来る。
影響を抑えることが出来れば、この土地に人の手を入れることは可能であり、理想としてはその盟約を定期的に延長できることが望ましい。
そのためにも、先ずは交渉に値する存在が誰かを調べ上げ、そのものに盟約を持ちかけねばならない。
根の国ならば恐らく、最も手強く最も与しやすいあの者が主であろう。
清次には相手のおおよその見当がついていた。
かつては高天原の頂点を極め、
【
文献により語られる内容に差異があり、どれが定かであるかは不明であるが、根の国に降りて母と共に根の国を治める地位に就いたという説もある。
おそらくは伊弉冉尊もしくは建速須佐之男命が盟約の相手となるであろう。
自分の知識と照らし合わせて、清次はそのような推論を立てた。
そして彼らを相手に、どのように交渉を行うかを思案する。
伊弉冉尊は
ならば彼女の恨みを抑えるには生け贄を捧げる必要があるかもしれない。
建速須佐之男命は高天原に恨みを抱き、そしてその力を畏れる一部の神々に中津国を支配するように唆されているとも言う。
なれば高天原に対する恨みを煽るか、中津国の支配を協力すると申し出るのが良いかもしれない。
ここが正念場だと覚悟を決める。
◇◇◇◇◇◇◇◇
根の国との交渉は、やはり素戔嗚が出てきた。
そして、偶然とも言うべき行幸が訪れたことにより、交渉は予想外に上手くまとまった。
村に黄泉比良坂に因んだ名をつける事。
50年に1度、【とある血族】の血を受け継いだ者を贄として捧げること。
そのための儀式を正当化する理由を作ること。
儀式の本質を知らせることは許さないこと。
盟約が守られる限りは、根の国からの瘴気をこの地から出さぬ事。
これらの決まりが交わされて、ただの荒れ地でしかなかった土地は、比良山村となった。
そしてあれほどに荒れていた土地も、皆の努力で見違えるほどに開墾されていきそれなりに裕福な村と発展していった。
それらの功績により、守藤清次は
そして儀式の際に尽力した嘉兵衞は、村の高台に建立された社を任される身分になり、高台にある宮を護るものとして【高野宮】の姓を与えられる事になり、やがて宮司の一族として村で力を持つことになる。
そして両家にだけしか知らされていない、秘密もまた深く闇に溶け込んでいくことになる。
それは何世代にも渡り受け継がれる、絡み合いすぎて解けぬ因縁の鎖となっていくのだった。