記念日の夜 序章
文字数 1,190文字
夜景の綺麗なレストラン。
ウェイターは丁寧にお辞儀をすると、離れていった。
二人の間に緊張と居心地の悪さが混じった沈黙が流れる。
また少し沈黙が流れた。きっと彼女も緊張してるのかもしれない。
もしかしたら、もう気づいてるかも…。
僕は彼女の緊張をほぐそうと、ちょっとおどけて見せた。
いや、僕にかかったらこんな店の予約なんてすぐだよ。
ほんとは今日は別の予約で満席だったんだけど、僕が電話したら店の人は他の客を断って僕らの席をおさえてくれたんだ。
何て言ったって、今日は僕らの記念日だからね。最高の気分を味わってほしかったんだ。君に。
はぁ、と、また彼女はため息をついた。
ウェイターがやってきて、シャンパンの説明を始めた。
なんとなく、すごいのは分かったけど、今はそれどころじゃない。
俺は適当に相槌をうって、ウェイターの話に合わせていた。
せっかくの特別な日。誰にも不快な思いはしてほしくない。
彼女が短くため息をついた。わからないワインの話題になんとか話を合わせようと必死になりすぎた。
だめだだめだ、今日の主役は、僕と、彼女なんだ。
ウェイターが、僕らの声が届かないくらいまで離れてから、僕は謝った。
彼女のグラスが僕のグラスにあたってしまう前に、僕は聞いた。
なんせ、今日は特別な日だ。
キンと、僕らのシャンパングラスは高い音を立てて鳴った。
僕は自分の言葉に少し照れてしまって、俯いた。
今日こそ、言わなければ…。僕の緊張が、彼女に伝わった気がした。沈黙が、二人を包んでいた。
つづく。