第2話 人間の話

文字数 703文字

 お父さん、ただいま。

 今日の夕飯は、鶏もも肉と大根、ねぎ、しいたけのおかずスープだよ。
酒と鶏ガラスープとニンニクで、火にかけて放っておくだけ、面倒なことなんてなにもない、手間かけなくても素材の旨味で勝手に美味しくなってくれるよね。
このまえの蓮根と鶏手羽に酢を加えて簡単に煮たものも、さっぱりしてお肉がほろほろして美味しかったね。

 はいどうぞ、お父さん。透明なスープがきれいだよ。

 あのねお父さん、今日はね、すごいニュースがあるんだよ。落ち着いて聞いてね。
昼間、ボランティアで炊き出しのお手伝いをしたんだけど、お兄ちゃんがいたんだよ、配給の列の中に。
白髪まじりの貧相なおじさんになっていた、私もこんな小太りおばさんになったから、人のことはとやかく言えないけど。相続のときに電話で話はしたけど、実際に会うのは三十年ぶり? でもお互いすぐにわかったよ。

 お兄ちゃん、いつこっちに戻って来ていたんだろう。連絡ぐらいくれたらいいのに、まったくもう。
いまだにお母さんが怖いのかな、どこかで生きていたとしても、もう八十近くの婆さんなのにね。

 お兄ちゃんも独身だったよ。元気そうだった。
お兄ちゃんね、非正規で暮らしは楽じゃないけど、趣味で歴史小説を書いて投稿しているんだって。「静かないい暮らしだよ」って笑っていた。
うん、人間の顔していたよ、お兄ちゃん。
安心した。やっぱりちゃんと顔を見ないとね。お父さんも安心して。


 それでね、来週の土曜日、お兄ちゃんがお線香をあげにくるよ。
とっておきの鴨肉を解凍して、ネギとゴボウとシメジでスープをこしらえようと思って。
お父さんが好きだったスープ、きっとお兄ちゃんも好きだと思うんだ。



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