第1話 鳥の話

文字数 999文字

 家にはハーピーがいました。

 ハーピーというのは、ギリシャ神話に出てくる怪物。顔が女で体が鳥、意地汚く食い漁っては、その上に汚物をまき散らすという化け物です。


 ハーピーは鳥頭(とりあたま)のくせに、教育熱心でした。

 お兄ちゃんは小さい頃から勉強ができたので、ハーピーのお気に入りです。
ただ……教育熱心とはいえ、しょせん鳥頭、ハーピーは教育の「き」の字もわかりません。
頭の上からキーキー鳴いたり、ウロウロしたり、くちばしを(とが)らせて(つつ)いたりして、お兄ちゃんの邪魔ばかりをしていました。


 お兄ちゃんの試験の日には、ハーピーはお兄ちゃんの好物を仕込みました。
バターチキンカレー、チキン南蛮、鶏のクリーム煮など手の込んだ料理を。共食いみたいですね。
ですがお兄ちゃんは徐々に、ハーピーにとって予想外の行動をとるようになりました。
ハーピーが気合いを入れて料理を作る日には、わざと友だちとハンバーガーを食べて帰ったり。
「どうして成績が下がったの」とハーピーがお兄ちゃんを(つつ)くと、ある日を境に言い訳をやめ、無視するようになったり。

 そう、お兄ちゃんはハーピーを無視するようになりました。

 ハーピーが、パサパサの()せた髪を振り乱し、青筋立てて(さえず)り、ときには向こう三軒両隣までとどろく金切(かなきり)声を発しても、それを無視することができるお兄ちゃんは、悟りを開いたのか、はたまたなにか大事な神経を遮断もしくは麻痺させているのか。
(かたく)なにそっぽを向き続けるお兄ちゃんにも、くちばしが見えるようでした。

 お兄ちゃんの好物が並んだ、お兄ちゃん不在の食卓で、雁首(がんくび)揃えて座る私とお父さん。
ハーピーは私たちには、これっぽちも興味がありません。私たちが人間だからでしょう。
「あんたらに食わせるために手間暇かけて作ったんじゃないんだよ」という苛立(いらだ)ちを受けながら、もそもそ早食いする私とお父さん。いくら手が込んだ料理でも、それは「エサ」です。
水で流し込みながら、ああ、私はハーピーに気に入られなくてよかった、あんまり勉強が得意じゃなくてよかった、そんな風に思ったものです。


 どうやら、お兄ちゃんも鳥類だったようです。しかも帰省本能の壊れた。
お兄ちゃんは僻地(へきち)の大学を選んで、そのまま飛んでいって戻らなくなりましたから。

 そのあとのお話しですが、お腹をすかせたハーピーは夜に徘徊するようになりました。
同じ鳥類の男と(つが)ったのかもしれません、どこかへ飛んでいきましたとさ。



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