第1話 聖夜の黒いイタズラ坊や
文字数 2,691文字
オイラの名前は、黒サンタ。
たぶん、黒いサンタクロースって意味だ。
なんでかって言うと、オイラの着ている服はサンタクロースの服にそっくりだから。
ボンボンの付いた
ただし、サンタクロースの服は赤いけれど、オイラの服は全部真っ黒。だから『黒サンタ』。
黒サンタはどこかの国では「悪い子を袋に入れて連れて行く」とか「袋の中のブタの内臓をバラまく」とか言われているらしい。
オイラ、そんな事はしないよ?
ブタの内臓なんて持ち歩くのはイヤだし、悪い子を袋に入れて、その後どうしろって言うのさ? どこかに捨てに行くのだって面倒くさいじゃないか。
だいいち、そんなの楽しくない。
オイラがするのは、ほんの可愛いイタズラさ。
例えばクリスマスケーキの上の苺を、ひとつ残らず食べちゃう。
シャンパンと、ジュースのラベルを、取りかえっこしちゃう。
それから……プレゼントのリボンを、全部固結びにしちゃう!
ツリーのかざりを、毛虫に変えちゃうのも面白かったな!
大人だからって安心するなよ?
オイラは大人も子供も、差別しないでイタズラするぞ!
いちゃいちゃカップルには、急にしゃっくりが止まらなくなる魔法をかけちゃえ!
酒場でさわいでいる兄ちゃんには、何度出しても
こんな日に残業してるおっちゃんには、会社中のボールペンを全部かくしちゃおう。
今日くらい、早く帰ってやれよ……!
ひとりの部屋でゲームやってる兄ちゃんには……。
一人用のクリスマスケーキかよ……。
元気出せよ……ほら、ケーキの苺ひとつ増やしといてやるからさ!
さーて、次はどんなイタズラをしようかな!
浮かれて
鈴の音に合わせて、足をぷらぷらと揺らす。
サンタの爺さんは
トナカイの……あのハナの赤いヤツ。あいつだけはオイラに気づいている。
「また来たよ!」って目つきで、チロリとオイラを見るくせに、爺さんに言いつけたりはしないんだよな。
なんでだろう?
もしかして爺さん、トナカイたちに嫌われてるんじゃないのか?
一晩で世界中の空を飛び回るなんて、疲れちゃうもんな。
文句のひとつも、言えばいいのに。
次の家で
あ、でもトナカイって何食うんだ?
月も星もない、真っ暗闇の空をソリはゆく。時間と空間が飴のように溶けて、柔らかくトロトロと流れている。
ソリはその上を、シャンシャンという鈴の音を響かせて、滑るように進むんだ。
サンタクロースのソリは金色の光に包まれていて、すごく暖かいんだぜ!
鈴の音がだんだんと小さくなると、街の灯りが見えてくる。
色とりどりの電飾で街全体がピカピカ光って、クリスマスツリーみたいだ。
今夜は快晴、風もない。おあつらえ向きのイタズラ日和だぜ!
静かにソリが止まる。
次にプレゼントを届けるのは、あの赤い屋根の小さな家かな?
煙突も小さいなぁ。でぶっちょのサンタの爺さん、入れんのか?
オイラが代わりに行って来てやろうかな?
いいや、お手伝いなんて、良い子のすることだ。黒サンタはそんなことしない。
プレゼントがもらえる良い子なんて、大嫌いだ。少しは困って泣けばいい。
へへへっ! この家ではくつ下に大きな穴を開けてやろうかな?
あ! いいこと考えた!
プレゼントが入らないように、くつ下をヒモでしばっちゃおう!
足音を忍ばせて、家の人にもサンタの爺さんにも、気づかれないように歩く。そおっと歩きながら、こども部屋を探していたら、ろうかのむこうから、小さなオルゴールの音が聞こえて来た。
バカだなぁ、夜更かししてる悪い子は、サンタクロースの爺さんにプレゼントもらえなくなっちゃうんだぞ!
ちょっと教えてきてやろう。まだ間に合うかも知れないからな。
オイラがこっそりドアを開けると、なんだか嗅いだことのあるにおいがふわりと漂った。
甘いミルクと、洗いたてのタオルのにおい。汗とよだれと、しめったかみの毛のにおい。
……赤ちゃんのにおいだ。
天井のオルゴールメリーが、最後の音をポロンと小さく奏でてから、ゆっくりと止まった。
ぶら下がった飛行機のかざりが、ゆらゆらとゆれる。
子供が夜ふかしして遊んでるんじゃなくて、赤ちゃんのためのオルゴールだったんだ。きっと……。可愛がられて、大切にされている赤ちゃんだ。
オイラはなるべく乱暴に歩いた。
寝ている赤ちゃんを気づかうなんて、黒サンタらしくないもんな!
ベビーベッドをのぞき込むと、ヒヨコもようの布団の中で、ちっちゃな赤ちゃんが寝ていた。オイラのはな息で、頭のうぶ毛がふよふよと、生き物みたいに動いてる。
あれ? ……何か思い出しそう。
ほっぺを、ツンツンとつついてみる。
ふかふかのパンケーキみたいに柔らかい。
なんだかお尻がムズムズする。
ぎゅーって抱きしめたい気持ちと、ほっぺを思い切りつねってやりたい気持ちが、オイラのお尻をムズムズさせる。
『怖いことや、悲しいことから守ってやりたい』『イジワルして、泣いている顔を見てみたい』
両方の気持ちがぶつかって、急にオイラは一歩も動けなくなった。
思い出したらダメだ。
オイラはイタズラ黒サンタ。
楽しいクリスマスの夜に、幸せな人たちを、ほんの少し困らせる。
すぐに笑い話になるような、小さなイタズラを振りまいて歩く。
それでいい。それがいいんだ!
思い出したくなんかない!
オイラが部屋から、逃げ出そうとしたその時……。赤ちゃんが目を開けて、オイラの顔をじっと見つめた。
そうして、小さな小さな手を伸ばしながら、ふにゃふにゃって笑ったんだ。
ああ……ミーナに似てる。
もう二度と会うことが出来ない、オイラのかわいいミーナに。
夜よりも、影よりも黒い気持ち。それがオイラを黒くした。
黒い服、黒いぼうし、黒いブーツ。
真っ黒い気持ちが詰まった、大きな大きな黒い袋。
パンパンに膨らんでしまった袋の口を、オイラは必死で握った。
袋から黒い気持ちがあふれたら、オイラはきっと……今よりもっと黒くなる。
真っ黒いバケモノになっちまう。
こんなところでバケモノになったら……。オイラはこの赤ちゃんを、傷つけてしまうかも知れない。
「いやだ! そんなの、いやだ! オイラは……オイラはミーナを守ろうと思ったんだ!!」