第18話 6-1
文字数 1,885文字
なぜだ? なぜ、奴には効かない……。
「僕の……師匠の技がなぜ、効かないんだ!」
焦っていた。
森の樹の下で影を潜めつつ、相手の動きを探る。
もう、夜が明けてしまった。
戦闘中に何度も、地面に転んだせいで顔は泥だらけ。手にも血がこびりついてとれない。
せっかく、師匠からもらった黒いスーツもボロボロ。
「満身創痍か……」
ドラムとの戦いは何時間も続いた。
奴には月花流の術が全く効かない。
僕は自分のことを、まだ未熟だと思っている。
少なくとも、自惚れてなどいないと思う。
でも、師匠の術は……自分で言うのもなんだが、数ある仙術の中では最強だ。
月花流は暗黒術。
化け物を退治するような仙術などは基本的に封印術が多いものだ。
だが、そのような正道と呼ばれる術とは違い、月花流は抹殺術が大半を占める。
抹殺術とはその名の通り、化け物を封印するなどという生半可ものではなく、終わらない。
その命を強制的にこの世から葬る技である。
つまり、化け物には一切の情けをかけないということだ。
僕は残り少ない符の中から三枚を取り出し、その符に長い針を一本ずつ刺した。
「先生、僕にお力をください……」
祈りながら、針の刺ささった符を、誰もいない森の闇へ放り投げた。
「双頭邪 ……吸震撃 !」
投げられた符は地面に落ち、針が土に突き刺さって震えた。
やがて、針がもぐらのように土の中へと潜り、「もこもこ」と音を立てると、二本の首を持った大きな蛇が地面から出てきた。
蛇は符と同じ数だけ、現れた。
僕はそっと足音をたてずに動いた。
しばらくすると、ある一点から強い邪気を感じた。
「そこか!」
僕は三匹の蛇をその邪気が感じられる場所に走らせた。
すると、木の影からドラムが現れた。
「蛇は嫌いだ……」
今だ!
軽く息を吸い込んで、唱える。
「ひゅう……爆!」
ドラムの体に、一斉に噛みついた蛇達が風船のように丸く膨らんで爆発した。
森が震え、燃えた木が地面に倒れる。
辺りに黒い煙が濛濛と立ち昇った。
「これじゃ、何も見えない……」
僕は目を覆って一歩、後退りした。
その時だった。ドラムが黒い煙からその大きな身体を見せた。
咄嗟に拳を突き出したが、遅かった。
僕の拳よりも先に、ドラムの光る腕が僕の胸を突き破った。
「ぐわああああああ!」
「今一度、問う。なぜ、そうまでして魔族を嫌う、憎むのだ?」
口からたくさんの血を吐きながらつぶやいた。
「お、お前に何が分かる……。ぼ、僕の妹はまだ、小さかったんだ。僕はあの日、妹を引き取った日、必ずこの子を立派な大人に育てようと誓ったんだ。僕に残された夢だったんだ。たった一つの生きがいだった。それを……お前は……お前らは!」
ドラムは自身の腕を空に掲げた。
それと同時に僕の足も宙に浮ぶ。
じっと、僕の目を不思議そうに見つめている。
「それは少し、おかしいぞ。お前はそういう風に考えていたかもしれんが、本人は違う考えを持っていたかもしれん。例え、短い時間でも、お前と一緒に同じ時を過ごしたというだけでも、幸福だったと……」
ドラムにそう言われて、僕は心のどこかで安心していた。
確かに、ホッとしていた自分がいた。
だが、僕はそう思ったことを許せなかった。
歯痒い気分でドラムを睨みつける。
「お前なんかに分かってたまるか!」
僕は残り全部の符を、自らの口の中に放り込んだ。そして、飲み込む。
「これで終わりだ!」
くるみ……すまない。兄ちゃん、途中で諦めてしまうけど、許してくれ。
術を唱え始めると、全身に経が浮び上がった。
絶対に使ってはならないと教えられた術……。
師匠との約束をこんなに早く破ってしまうとは思わなかった。
先生、ごめんなさい……。
僕は目をつぶった。
「止錠命 ……自砕 ……」
しかし、術は途中で、強制的に止められた。
目を開くと、大きなドラムの拳が僕の口の中に入っていた。
それが術を唱えるのを邪魔している。
「やめろ、自害など、無意味だ」
「ううう……じなぜでぐれ……ぼ、ぼがぁ、バガだっだんだ……」
気がつくと、僕は泣いていた。
一年ぶりの涙だった。
師匠と初めて会った日以来のことだ。
しかも、一番こんな情けない姿を見せたくない相手に……化け物に見られるなんて……。
ドラムは依然、無表情のままでいる。
しばらく、黙って僕の目を見つめたあと、こう言った。
「お前が弱いわけではない……お前の使う術が未完成なのだ」
僕は耳を疑った。
なぜ、ドラムがこの術のことを知っているかは分からない。
だが……確かに、彼は僕のことを気遣ってくれているように見えた。
「僕の……師匠の技がなぜ、効かないんだ!」
焦っていた。
森の樹の下で影を潜めつつ、相手の動きを探る。
もう、夜が明けてしまった。
戦闘中に何度も、地面に転んだせいで顔は泥だらけ。手にも血がこびりついてとれない。
せっかく、師匠からもらった黒いスーツもボロボロ。
「満身創痍か……」
ドラムとの戦いは何時間も続いた。
奴には月花流の術が全く効かない。
僕は自分のことを、まだ未熟だと思っている。
少なくとも、自惚れてなどいないと思う。
でも、師匠の術は……自分で言うのもなんだが、数ある仙術の中では最強だ。
月花流は暗黒術。
化け物を退治するような仙術などは基本的に封印術が多いものだ。
だが、そのような正道と呼ばれる術とは違い、月花流は抹殺術が大半を占める。
抹殺術とはその名の通り、化け物を封印するなどという生半可ものではなく、終わらない。
その命を強制的にこの世から葬る技である。
つまり、化け物には一切の情けをかけないということだ。
僕は残り少ない符の中から三枚を取り出し、その符に長い針を一本ずつ刺した。
「先生、僕にお力をください……」
祈りながら、針の刺ささった符を、誰もいない森の闇へ放り投げた。
「
投げられた符は地面に落ち、針が土に突き刺さって震えた。
やがて、針がもぐらのように土の中へと潜り、「もこもこ」と音を立てると、二本の首を持った大きな蛇が地面から出てきた。
蛇は符と同じ数だけ、現れた。
僕はそっと足音をたてずに動いた。
しばらくすると、ある一点から強い邪気を感じた。
「そこか!」
僕は三匹の蛇をその邪気が感じられる場所に走らせた。
すると、木の影からドラムが現れた。
「蛇は嫌いだ……」
今だ!
軽く息を吸い込んで、唱える。
「ひゅう……爆!」
ドラムの体に、一斉に噛みついた蛇達が風船のように丸く膨らんで爆発した。
森が震え、燃えた木が地面に倒れる。
辺りに黒い煙が濛濛と立ち昇った。
「これじゃ、何も見えない……」
僕は目を覆って一歩、後退りした。
その時だった。ドラムが黒い煙からその大きな身体を見せた。
咄嗟に拳を突き出したが、遅かった。
僕の拳よりも先に、ドラムの光る腕が僕の胸を突き破った。
「ぐわああああああ!」
「今一度、問う。なぜ、そうまでして魔族を嫌う、憎むのだ?」
口からたくさんの血を吐きながらつぶやいた。
「お、お前に何が分かる……。ぼ、僕の妹はまだ、小さかったんだ。僕はあの日、妹を引き取った日、必ずこの子を立派な大人に育てようと誓ったんだ。僕に残された夢だったんだ。たった一つの生きがいだった。それを……お前は……お前らは!」
ドラムは自身の腕を空に掲げた。
それと同時に僕の足も宙に浮ぶ。
じっと、僕の目を不思議そうに見つめている。
「それは少し、おかしいぞ。お前はそういう風に考えていたかもしれんが、本人は違う考えを持っていたかもしれん。例え、短い時間でも、お前と一緒に同じ時を過ごしたというだけでも、幸福だったと……」
ドラムにそう言われて、僕は心のどこかで安心していた。
確かに、ホッとしていた自分がいた。
だが、僕はそう思ったことを許せなかった。
歯痒い気分でドラムを睨みつける。
「お前なんかに分かってたまるか!」
僕は残り全部の符を、自らの口の中に放り込んだ。そして、飲み込む。
「これで終わりだ!」
くるみ……すまない。兄ちゃん、途中で諦めてしまうけど、許してくれ。
術を唱え始めると、全身に経が浮び上がった。
絶対に使ってはならないと教えられた術……。
師匠との約束をこんなに早く破ってしまうとは思わなかった。
先生、ごめんなさい……。
僕は目をつぶった。
「
しかし、術は途中で、強制的に止められた。
目を開くと、大きなドラムの拳が僕の口の中に入っていた。
それが術を唱えるのを邪魔している。
「やめろ、自害など、無意味だ」
「ううう……じなぜでぐれ……ぼ、ぼがぁ、バガだっだんだ……」
気がつくと、僕は泣いていた。
一年ぶりの涙だった。
師匠と初めて会った日以来のことだ。
しかも、一番こんな情けない姿を見せたくない相手に……化け物に見られるなんて……。
ドラムは依然、無表情のままでいる。
しばらく、黙って僕の目を見つめたあと、こう言った。
「お前が弱いわけではない……お前の使う術が未完成なのだ」
僕は耳を疑った。
なぜ、ドラムがこの術のことを知っているかは分からない。
だが……確かに、彼は僕のことを気遣ってくれているように見えた。